第150話 告白(前半)

せっかく二日連続投稿となるので、今回も例によって前半と後半に分けています。

まず前半では本作でとても重要な告白が聞けます。いやはや、ここまでくるのがとても長かった……



―――――



「いやあ、こうしてスーシーと一緒に『初心者の森』に真正面から入るのは本当に久しぶりだよなあ」


 あちらこちらで無駄に戦火が上がろうとしていたとき、肝心のリンム・ゼロガードはというと、義娘のスーシー・フォーサイトと一緒に入口広場に向かっていた。


 色々と切迫した状況ではあったものの、リンムはいつも通りでいたって平然そのものだ。


 実際に、リンムからすれば、今回の仕事は第七聖女ことティナ・セプタオラクルを説得して連れ帰るだけの他愛のないものとみなしていた。


 これまでだってティナは何だかんだでリンムの言うことを素直に聞いてくれたから、さして問題なかろう、と。


 もちろん、このときリンムは第三聖女サンスリイの苛烈さと、ティナに植え付けた心傷トラウマをまだよく知らない……


 また、ここらへんは森の中とは言っても、木々に囲まれたキャンプ場といった雰囲気で、駆け出し冒険者たちが踏み慣らした道なので危険な野獣もいない。


 そもそも、季節が巡って暖かい時季――森林浴が盛んになってくると、この道や入口広場には街の人々によって出店が設けられるくらいで、リンムも警戒すらしていなかった。


 一方で、スーシーはというと、リンムの言葉に「うん」とだけ短く答えた。


 こちらは「ごくり」と喉を鳴らして、むしろ緊張の面持ちだ。それもそうだろう。聖女ではなく、狩人・・としてのティナならば、こんな隙だらけの機会は見逃さないはずだ。


 たとえリンムが相手だとしても……いや、リンムだからこそか、凶悪な設置罠にて速攻で捕縛して、「おじ様をついに捕らえましたわ!」からの「げへへ」と好き勝手にやりかねない……


「…………」


 スーシーはギュッと下唇を噛みしめた。


 リンムがわりとのほほんとしているからこそ、自分が気を引き締めなければいけない。


 今、リンムを失ったら、それこそ詰んだも同然だ。ともあれ、そんなふうに緊張ばかりして、リンムに余計なプレッシャーをかけてもいけないので、スーシーは言葉を選んだ。


「ねえ、義父とうさん?」

「どうした?」

「義父さんは結局……守護騎士の任命を受けるの?」


 リンムはやや押し黙った。


 その様子にスーシーは「あれ?」と首を傾げた。


 スーシーからすれば、イナカーンの街でずっと活動してきたリンムならば「守護騎士の件は断るよ」と即答すると思っていた。


 これはかえって質問を間違えたかなとスーシーが感づいたところで、リンムは「すう」と息を吸って、しっかりと入口広場に歩みつつも、スーシーの方に顔を向けて答えた――


「ああ。受けるよ」


 スーシーはついぽかんとした表情になった。


「そう……なんだ」

「うん。このままじゃあのは危なっかしいからね」

「そんな理由なの?」

「孤児院の子供たちと一緒さ。大人がきちんと叱ってやらないといけないと思うんだ。そうやってスーシーも、アルトゥも、シイディだって育ってきたわけだろう?」

「それじゃあ、孤児院の子たちはどうするの?」

「今はパイも目をかけてくれるし、何なら鍛冶屋にはカージも戻って来ている。それにアルトゥたちだって、これまでは便りもろくに寄越さなかったのに、わざわざ帰省してくれた」

「義父さんは……守護騎士になって、本当にいいの?」

「それも人生というやつさ。転機ってのは、こうして急にやって来るものなんだと思う」


 リンムはため息交じりにそうこぼした。


 後悔しているのかなとスーシーが上目遣いでちらりと視線をやると、リンムはむしろどこか誇らしげな表情だった。そんなリンムが胸を張って話を続ける。


「実のところ、柄にもなくわくわくしてもいるんだ」

「どういうこと?」

「俺の冒険者としての人生はこの森での薬草採取や簡単な野獣の討伐ぐらいで、子供たちや街の人々に囲まれて、勝手知ったる田舎を出ずに過ごして、あとはゆっくりと年を取っていくだけだと思っていた」

「うん」

「それはそれでとても楽しくやってきたわけだが……何かが足りなかった。どこか不完全燃焼でもあったんだ」

「義父さんはそれで十分に満足しているんだと思っていたわ」

「そう思い込むようにしていたんだよ。それこそが俺の人生だとね。正直に言えば――ずっと嫉妬してきたんだ」

「嫉妬? 何に?」

「よりにもよって子供たちにね。巣立って羽ばたいていく子供たちに――自分のありえたかもしれない人生を重ねてきたんだ。スーシーの成功はうれしかったけど、俺だってスーシーみたいに立身出世して、王都で活躍したいと幾度も焦がれたものだよ」

「立身出世だなんて……そんなに大層なものではないわ」

「大層なものさ。どれだけ街の人たちがスーシーを誇りに思っていることか。あと百年くらいは語り継がれるんじゃないかな」

「義父さんにそこまで言われると……むずかゆいというか……何だか照れ臭いね」


 スーシーはそう言ってはにかんだ。


 その様子にリンムも微笑を浮かべて、また「すう」と小さく息を吸ってから告げた。


「何にせよ、俺は孤児院の子供たちと共にいることを理由にして、新たな一歩を踏み出せずにいた。そんな俺に聖女様は騎士としての新たな人生を示してくれた。だから、今度は俺も羽ばたいてもいいんじゃないかなと考えたんだ。どのみち独り身で、大した財産もない。人生の後半に一度だけ、挑戦してみるのも悪くはない」


 すると、スーシーはリンムのすぐ後ろに立って、「えいっ」と押した。


「ど、どうしたんだ? いきなり?」

「背中を押してあげたのよ。こういうのってきっとパイ姉さんの役割だと思うんだけど、今はここにいないからね」

「ふふ。ありがとう。俺はしっかり者の義娘を持てて幸せ者だよ」

「じゃあ、そんな義父さんに別の道を示してくれた危なっかしい聖女様をしっかりと叱りにいかないとね」

「そうだな。俺が守護騎士になってすぐに聖女の職を解かれたんじゃ目も当てられないからな」

「それはそれでイナカーンの街どころか大陸で百年以上は語り継がれるわよ」

「勘弁してくれ」


 リンムは頬をぽりぽりと掻いて、肩をすくめてみせた。


 こうして二人は――意外なことに設置罠に出くわすこともなく、『初心者の森』の入口広場までやって来た。二人の前には両腕を縛られて樹に吊るされている領主チャカと、そのすぐ背後では仁王立ちしている聖女ティナが突っ立っていたのだった。



―――――



というわけで、前半は主人公リンムの告白でした。ということは、後半は……

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