第148話 認めない

今話で初めて第一聖女の名前が登場します。ついでに老騎士ローヤルの過去もちょぴっと。



―――――



 老騎士ローヤル・リミッツブレイキンの登場に、第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムは大きく目を見開いた。


 同時に、ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ、と。


 幾筋もの稲光が落ちたが――その全ては避雷針、もとい守護騎士たるライトニング・エレクタル・スウィートデスのもとに収束していった。


「ふ、ぬ、おおおおおっ!」


 そのとき、守護騎士ライトニングはついにあれ・・なる絶頂を迎えた。


 地に崩れ、さながら陸に打ち上げられた魚の如く、しばらくの間、口をぱくぱくと動かすだけだ。それだけ第三聖女サンスリイの驚きが凄まじかった証左とも言える。


 というか、守護騎士なのに倒してしまっていいものなのかと、ギルマスのウーゴ・フィフライアーも含めて様子を見ていた者たち全員が戸惑ったことだろう。


 とはいえ、当のライトニングはダメージを受けているのかいないのか、いずれにせよ無様に横たわったまま恍惚の表情を浮かべている。


「あ、ああ……あふう……」


 若い男性の騎士ではあるものの、一見すると馬のたてがみのように美しい金髪と、凛とした女性みたいな麗しい顔つきとあって、その変態的な格好に目をつぶれば、何だかやけになまめかしい……


 一方でサンスリイはというと、片頬をひくひくと引きらせながら老騎士ローヤルを罵った。


「まさか! この地で第一聖女アン・ソロゴス様の守護騎士任命を無下に断った無礼者にまみえようとは!」

「おや、まあ、懐かしい名前じゃな。仕方あるまい。そのときわしはすでに近衛騎士じゃった」

「たかだか王族に仕える騎士と、神の子に侍る騎士――どちらが重要なのかは一目瞭然でしょうに!」

「信仰の違いじゃろうて。そもそも、神罰なぞと称してイナカーンの街の民に攻撃しかけようとする聖女とは――それほどに立派なものかね?」


 老騎士ローヤルは顎鬚に片手をやって、ちらりとギルマスのウーゴに視線をやった。


 いかにも売り言葉に買い言葉で時間稼ぎを受け持ってやるから、その間に少しは態勢を整えておけといったところか。


 これにはウーゴも感謝しきりだった。早速、こっそりとBランク冒険者アデ=ランス・アルシンドのそばに寄って、「とりあえず、万が一を考慮して、街の人々の避難をお願いします」と耳打ちした。


 アデからすれば第三聖女サンスリイと守護騎士ライトニングの力を見定めたかったところだが……さすがに現地のギルマスの指示ならば仕方あるまい。「場合によっては戦闘を陰ながら支援してください」とまで言われたので、アデは「はあ」とため息をつかざるを得なかった。


 さて、ローヤルはそんなやり取りに耳をそばたてつつも、悠然とサンスリイに向かった。


「当時、聖女見習いとして第一聖女にちょこまかと付いていた者が、今では第三聖女とはのう。時代の流れの速さを感じるものよ」

「ふん。貴方は老けましたね。何なら、ここで人生の引導を渡して差し上げてもいいですわ」

「わしにお主と戦う理由なぞないよ……ところで、第七聖女様を探しとるようじゃな?」

「……そうです。知っているなら、居場所をさっさと吐きなさい」

「それならば、まだ領主チャカ殿と一緒にいるはずじゃよ」


 一瞬、そばで聞いていたギルマスのウーゴは「はっ」と眉をひそめた。


 まさか素直に領主チャカをさらったと白状するつもりかと懸念したわけだ。もっとも、老騎士ローヤルはというと、チャカの方がティナをかどわかしたのではないかと誤認していたわけで――ここはあえて話を濁して、素直に『初心者の森』を指差した。


「二人ともそこの森にまだおる。理由は……まあ、ここで大声にて話すことでもなかろうよ」


 これまた老騎士ローヤルもウーゴ同様に魔獣の調査を匂わせた。


 当然のことながら、ティナは彼女にとっての魔物サンスリイを討伐する為に森に居座っているので、ブラフにも程があるのだが――何にせよローヤルはしたり顔で話を続ける。


「もう暗くなってきたし、ぞろぞろと戻ってくる頃合いじゃろうて。さっきからこのウーゴがお前さんに街内で待てとしつこく言っているのは、暗くなる一方の森に案内人も用意せずに勝手に入られても困るからじゃ。少しは己の立場をわきまえよ」


 もっとも、第三聖女サンスリイは毅然と言い返した。


「信用出来ません」

「つれないのう。王国と法国は友好関係にあるはずじゃ。わしらの言葉はそんなに軽いか?」

「貴方の言葉が、です。アンお姉様・・・を袖に振った者の話なぞ、どう信用せよと言うのですか? それこそ、私がここで貴方の言葉を袖にしても文句は言えない立場でしょう?」

「かーっ。頭の固い女子おなごじゃの。当時のことをまだ蒸し返すか。そもそも、仕方なかろうて。たしかにわしはあのとき近衛の長たる地位を後進に譲ったばかりじゃった」

「ええ。王国の近衛から法国の守護に転身するのにちょうど良いタイミングでした」

「じゃが、第一聖女に就任した旨を伝えに来た場で、初対面にもかかわらず、わしにいきなり、おじ様! と目を爛々らんらんきらめかせて迫られてもどうしようもないわい」

「嗚呼、お可哀想に……アンお姉様。こんな包容力のない男に入れ込むなど……やはり年上の男はダメですね。ろくな者がいない」


 第三聖女サンスリイはきっぱりと言い切って、再度、ぴかっ、と――


 地を這っていた守護騎士ライトニングに『電撃』を当てた。「あばば」とライトニングは白目を剥くも、「ご褒美です」と微笑を浮かべる。


「やはり守護騎士は若い男に限ります。おっさんなぞ、論外!」

「…………」


 何だか話の風向きが変わったなと、老騎士ローヤルは肌で感じつつも、逆にここらへんを突けば良い時間稼ぎになるなと考えた。


「そういえば、第七聖女様の守護騎士もずいぶんと年上だったような……」

「認めません! 認めるわけがありません! 天地がひっくり返ろうと、そんな契約は破棄させます!」

「可愛い一人娘を手放したくない毒親じゃあるまいし……そんなんだから第七聖女様はぐれるのじゃ」

「ぐれたのならば、また正せばよいのです。それでも駄目ならば、私がこの手で直接――」

「いやはや、聖女のくせして物騒じゃのう。おぬしの嫁の貰い手がなくなるぞ」

「――――っ!」


 直後、ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ、と。


 守護騎士ライトニングに収束したときの倍以上の稲光が老騎士ローヤルを直接襲った。


 だが、ローヤルは「ふん」と数条の雷をまたたく間に避けた。近くで見ていたウーゴもほれぼれするほどの鮮やかさだ。


 さらに、ローヤルは第三聖女サンスリイの目と鼻の先までやって来ると、


「なるほど。ここまで寄れば雷は落とせないということか。意外なことにお主自身は耐性はあっても、無効までは持ち合わせていないようじゃの」

「ライトニング!」


 サンスリイが声を張り上げた瞬間、守護騎士ライトニングは「うおおおお!」と立ち上がって吠えた。


 麗しい見目に反して、上半身の筋肉が膨張してまさに肉塊のようになる。どうやら騎士という職業のわりには戦闘スタイルは拳闘士らしい。その左手に稲光を象った拳武器が形成されていく。


「ウーゴ!」


 同時に老騎士ローヤルも声をかけた。


 ギルマスのウーゴは即座にローヤルの横に滑り込んで、守護騎士ライトニングによる攻撃を片手剣でいなした。


つうっ!」


 ただ、ライトニングはあまりに雷に打たれ過ぎたせいか、拳武器にもその属性が付与されているらしい。


 ウーゴは剣身を通じて伝わってきた『麻痺』の効果に顔をしかめた。とはいえ、ウーゴとて近衛騎士次席の実力者だ。王族を守る者として各種の高い耐性を有している。


 すると、老騎士ローヤルは「やれやれ」と肩をすくめてみせた。


「結局はこうなるのか。老人より気が短いとはほとほと勘弁してほしいものじゃな」

「決めました。貴方たち二人に首輪でも付けて、犬のように這わせて深夜の森を案内させます」

「おお、怖い怖い」


 こうしてイナカーンの街の門前では、法国最強の第三聖女とその守護騎士、及び王の近衛たる騎士たちとの戦いが始まろうとしていた。



―――――



ちょっと長めのあとがきをば。


作中で出てきたように、第一聖女アン→第三聖女サンスリイ→第七聖女ティナは姉妹スールになります。

もちろん、それぞれに血縁関係はなく、姉が後進を妹のように可愛がる方の姉妹です。「何じゃそれ?」という方は『マリア様がみてる』をお読みください。

とはいえ、ティナのおじ様好きはアンから継いだわけではありません。


ちなみに、アンはフランス語で「一」。ソロは「単独」でロゴスは「神の子」の意があるので、このように名付けています。作中で実際に登場するかどうかは未定です。


以前に老騎士ローヤルが第一聖女アンをもってして、「聖女の中ではまとも」と話したことがありますが……初対面でいきなり告白してきた少女を「まとも」と評するあたり、他の聖女がどれだけひどいかよく分かるというものです。


次話は戦闘回――と思いきや、リンムたちに話が戻ります。より正確にはアルトゥたちですが。

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