第147話 挑発する

「あの娘の大罪を問いただすのです。よくて法国にて監禁――場合によっては、この場で、この手で、殺してしまうやもしれません」


 法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムがそう宣言すると、イナカーンの街の門前はぴしゃりと水を打ったかのように静かになった。


 幕舎設営をしていた冒険者たちは「え?」と手を止めたし、神聖騎士たちは「は?」と法術の詠唱を途切れさせ、また門内でサンスリイを歓待しようと突っ立っていた老人たちも顔色を失った。


 さらには死屍累々となっていた騎士たちは「嘘だろ」と死んだふりを止め、そこらへんの芋虫たちまであまりの衝撃で蛹に脱皮しようと服を脱ぎ始めた……


 それだけ、全くもって聖女に見えない、あの破天荒な第七聖女ティナは皆に受け入れられつつあったわけだが――


「さあ、さっさとあの娘を連れてきなさい」


 第三聖女サンスリイがそう言い放つと、門前はお通夜みたいになった。


 冒険者も、騎士も、衛士も、街の長老たちも、全員が「どうすんだ、これ」と、冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーに訝しげな視線をやった。


 とはいえ、さすがはウーゴ――近衛騎士次席だけあってサンスリイの威圧にも一切怯まなかった。


「今、第七聖女ティナ様はお務めに出ております。こちらにはいらっしゃいません」

「務め? いったいどこへ?」

「すぐに戻って来られるはずです。ですから、今はどうか街の歓待をお受け下さいませ」

「もう一度聞きます。あの娘はどこへ?」

「ここでは言えません。それは第三聖女サンスリイ様もよく分かっていらっしゃることでしょう? そのことをお話しする為にも、しっかりと街内の施設に逗留なさってください」


 ギルマスのウーゴはじろりとサンスリイを睨みつけた。中々の貫禄である。


 要は、魔獣や魔族残党の討伐に赴いているからここにはいない――そもそも、魔に連なる眷族に関する情報は秘匿すべきものなのでこんな大勢の前では明言は出来ないと、ウーゴはうそぶいてみせたわけだ。


 もちろん、肝心のティナはそんな任務で出ていったわけではない。いや、ある意味で第三聖女討伐も兼ねて『初心者の森』の入口広場で待ち構えているのだから、あながちウーゴの言も間違ってはいないか……


 とはいえ、さすがにサンスリイもすぐには納得しかねた。


 直後だ。


「うわっ」


 と、ギルマスのウーゴは即座に後退した。


 ぱちん、と。小さな雷光が眼前にて弾けたのだ。もっとも、サンスリイは明確な意思でもって攻撃したわけではなかった。


 そもそも、サンスリイは感情の起伏が激しく、そのときの気分次第で勝手に『雷撃ライトニング』が撒き散らされる体質だ。


 おかげで状況判断の為の思考を有しない、絶対的な防御と圧倒的な攻撃を瞬時に展開する聖女となった――法国最強と謳われる所以ゆえんだ。


 ただ、ウーゴの軽やかな身のこなしには、サンスリイも「ほう?」と顎を上げてみせる。


 同時に、乗っていた守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデスから初めて降りて、ウーゴの方へと一歩だけ踏み込んだ。


「これ以上、私を怒らせないことです。次は貴方だけではありません。この街の者にも被害が出るやもしれませんよ」


 サンスリイはそう言って、ウーゴをさらに脅しつけた。


 もちろん、そんなことをしたら王国と法国は戦争になる。ただ、ブラフを言っているようには見えなかった。それだけの苛烈な性格だということは、このやり取りだけでウーゴも理解出来た。


「はてさて、どうしますかね」


 ウーゴはそう呟いて、再度、Bランク冒険者のアデ=ランス・アルシンドに視線をやった。


 何とか助け船を出してほしいと願ったわけだが……残念ながら、アデにはその思いは届いていないようだ。


 もっとも、これまた仕方のないことだろう。ウーゴとアデは今回が初顔合わせだ。アデが王都の冒険者ギルドの裏仕事を担っていたときにはウーゴは近衛に属していた。それにウーゴは冒険者に転身して、すぐにイナカーンの街にやって来た。


 そもそも、王都の冒険者ギルドのギルマスことビスマルクとて、ここまでイナカーンが混迷を極めるとは想定していなかったので、アデには単純な依頼しか出していなかった……


 おかげで、当のアデはというと、


「ふむん。ギルマスのウーゴ殿と第三聖女サンスリィ様が戦うのであれば、彼女の実力もよく分かるかもしれないな」


 そう呟き、もしやこの頻繁に送ってくるウーゴの視線はそれをしっかりと見定めよという合図かと勘違いしてしまった。


 そんなこんなで、ウーゴはたった一人きりで、第三聖女サンスリイとその守護騎士ライトニングに対峙せざるを得なかった。


 当然のことながら、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツは被害にあわないようにと、神聖騎士たちに近衛騎士のイヤデスを引き渡そうとそそくさと距離を取っている。


 すると、サンスリイは底冷えする声音で言い放った――


「もう一度だけ言います。これが最後通告です。私に歓待は必要ありません。街に寄るつもりもありません。あの娘をすぐにここに連れてきなさい。もしくは私を案内なさい」


 ウーゴは腰に帯びていた片手剣の柄に手を伸ばした。


 ただ、それを手にしたら本当にしまいだとも理解していた。第七聖女ティナも大概だったが、この第三聖女サンスリイもどこか頭のネジが一本抜けている性質タイプだ。


 本当にイナカーンの街に被害を出しかねない……


 それにサンスリイはともかく、守護騎士のライトニングの実力が未知数だ。


 この街の教会に派遣された女司祭マリア・プリエステスも相当な強者だというのに、もし彼女を越えてリンム・ゼロガード並みの力を有していたなら――


 さすがのウーゴもその考えはぞっとしなかった。


 いっそ素直に『初心者の森』の入口広場に案内すべきかどうか、苦渋の決断を迫られた……


 とはいえ、幾らリンムとてまだティナを手懐けてはいないだろう。むしろ、今、連れて行ったら、かえって現場は混乱するだけか。


「本当に……仕方がありませんね。せめて一刻ほどでも、ここに押しとどめさせていただきましょうか」


 ウーゴはそう強がって、ついに剣の柄に手をかけた。


「やれやれ。仕方がありませんは私の台詞です。では、容赦なく、無差別に殲滅いたします。これは神罰です。貴方が死してその罪をあがないなさい」


 第三聖女サンスリイはそう淡々と言って、聖杖を出現させた。


 直後だ。ウーゴの背後から、こつ、こつ、と。寄ってくる足音がした――


「いかにも物騒なことじゃな。最近の若者はいがみ合うことしか知らんのか」


 このときほど、ウーゴが「ほっ」と安堵の息をついたことはなかっただろう。そう。近衛の老騎士ローヤル・リミッツブレイキンが加勢してくれたのだ。

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