第145話 すれ違う
法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム一行がイナカーンの街の門前に着く直前のことだ――
リンム・ゼロガードと義娘たちはリンムの家の裏側までやって来ていた。
「この細道を進んでいけば、途中に分岐があるはずだから、そこを左手に行くと入口広場に出られるよ」
「おいおい、親父よー。これじゃあ、ほとんど獣道じゃねえか」
「そろそろ、暗くなってきましたし、お姉様がたのゴリラ的な野性の勘だけじゃ、進めるかどうかとても心配ですわ」
詐術士シイティ・オンズコンマンがそう言うと、現役最強の冒険者アルトゥ・ダブルシーカーも「そうだそうだ」と素直に肯いた。
さすがにゴリラ的云々は気になったものの、どうやらシイティの企みにアルトゥもすぐに気づいたようだ――やっぱり、リンムにも付いてきてほしい、と。
そもそも、二人とも王国を代表する冒険者とはいえ、どちらも探索で名を上げたわけではなく、魔族討伐で功績を積み上げてきた。
特に、シイティについては、魔術学校を乗っ取って、そこでの研究成果と
そういう意味では、森や洞窟の探索については前Aランク冒険者のオーラ・コンナーどころか、並みのBランク冒険者に劣るかもしれない……
だが、リンムは断固として頭を横に振ってみせた。
「獣道とは言うが、俺によって何年も踏み慣らされた道だ。明かりを付けていけば問題ないよ」
「でもよお」「けれどっ」
「それにアルトゥは昔、俺に付いてきて、ここから森に入ったことが幾度かあっただろう?」
「何年前の話だよ。とっくに忘れちまったぜ」
「そうですわ。お
「…………」
そろそろ、
何にせよ、「はー」と拳に息を吹きかけていたアルトゥをリンムは「まあまあ」と、いったん
「樹の枝に白い布を一定間隔で巻いているから、たとえ夜になっても分かるようにはしてある。明かりでかえって野獣たちが寄ってくることもあるやもしれないが、この森の獣たちならば――子供の頃ならいざ知らず、今の二人の実力があれば全く問題なかろう」
リンムがそう断言すると、かえって二人は「えへへ」と照れた。
これで二人ともリンムに甘えることが出来なくなったわけだが……ここまでずっと無言を貫いてきた次女のスーシー・フォーサイトが気にかかったので、リンムは声をかけた。
「さっきから黙り込んでどうしたんだ? 夜の森に慣れていないのか?」
「いいえ。そういうわけじゃないわ。斥候などの探索任務は騎士になったばかりの頃に散々やって来たもの。このぐらい、何てことはないわ」
「ふむん。では、二人をしっかりと支えてやってくれ」
すると、スーシーは先ほどのリンムのように頭を横に振った。
「いいえ。私は
「あ! 糞姉、ずっりい!」
「そうですわ! 抜けがけなんて許しませんわよ!」
アルトゥとシイティがこのときばかりは見事な連携で口撃してくる。
ところが、スーシーはさすがに次女の貫禄か――おそらく王都でも慣れたものなのだろう、義妹たちの非難なぞ、どこ吹く風といったふうにきっぱりと無視してからリンムに伝えた。
「私にティナを止める方法があるの。最悪でも、領主チャカ殿を無傷で返してもらうことが出来ると思う」
「それは……いったい、どういった策なのだね?」
リンムがそう尋ねるも、スーシーはわずかに
「義父さんにも……今は、まだ言えないわ」
とはいえ、リンムをじっと見つめ返すその表情は真剣そのものだった。だから、リンムは「分かった」とだけ口にした。
「えー! じゃあ、この夜の森を行くのはあたいたちだけかよー」
「せっかく二匹のゴリラを闇討ちできる良い機会だったのに……一匹だけじゃ意味がありませんわ」
「…………」
またもや「はああー」と拳に息を吹きかけるスーシーとアルトゥを「まあまあ」と、リンムは
「ここはスーシーを信じようじゃないか。とにかく、二人には奇襲を任せたい。この道から先行して、入口広場の木陰に隠れ潜んでいてくれないか」
「ちぇー。分かったよ」
「仕方ありませんわ。でも、スーシーお姉様。これは貸しですわよ」
そんなこんなでリンムとスーシーは細道に入っていく義娘たちの背中を見送ってから、すぐさま
さて、その門前では、冒険者ギルドで伝え聞いていた通りに死屍累々と、蛆虫たちを法術で治そうとする神聖騎士たち、さらには新たな幕舎の設営で力仕事に駆り出された駆け出し冒険者たちでごった返していた。
リンムとスーシーはそんな惨状に「あちゃー」と呆れつつ、すぐにギルマスのウーゴ・フィフライアーを見つけることが出来た。
どうやら第三聖女サンスリイを迎え撃つ、もとい歓待する準備は出来ているようだ。門のすごそばには街の重鎮たちまで揃っている。
「やあ、ギルマス。門前に出てくるとは、精が出るな」
「こんばんは、リンムさん。サンスリイ様が急遽、到着したときに備えて、宵のうちはここで待機しようと考えました」
「その聖女様に付いている冒険者の伝書鳩は新たに何も知らせてくれなかったのかね?」
「先ほど飛ばしたものの、まだ帰って来ていませんね。ということは、移動している可能性が高いです」
「強行軍か。やはり明朝ではなく、今晩中に着くのやもしれないな」
「とりあえず、先ほどもお話しした通り、昼過ぎに畑の野営地を超えたことだけは分かっています。ただ、そこでちょっとしたトラブルがあったらしく――」
「トラブル?」
「はい。詳しい報告は街に着いてからということで……結局のところ、僕もその詳細は分かっていませんが」
もちろん、そのトラブルは捕縛したはずの近衛騎士イヤデス・ドクマワールが第三聖女サンスリイ一行に襲い掛かったことなのだが――リンムは「ふうん」と相槌を打つにとどめた。
「そのおかげで、到着が遅れてくれるのならば助かるが……何にしても、俺は急いでティナを説得しに行くよ」
「はい。リンムさんも、スーシー殿も、お気をつけて」
「じゃあ、行ってくるよ」
リンムはそこで片手を振ってウーゴと別れた。
そして、再度、新設された幕舎、まだ地を這っている芋虫たち、それに死屍累々から、改めて畑へと続く一本道に視線をやった。
すでに暗くなりかけていた道の先にうっすらと人影があるように見える――
……
…………
……………………
馬に乗っているのは……貴族子女だろうか?
いや、あれは馬ではないな……ロバか? 違う。人だ。女性が人の背に乗っているのだ。
やれやれ。こんなタイミングでどこぞの頭の可笑しな貴婦人がお供を引き連れてやって来たのかと、リンムは「はあ」とため息をついた。
このとき、まさか第三聖女サンスリイが守護騎士ライトニングの背中に乗って、案内人の冒険者アデやスグデス、はたまた首に縄を付けて近衛騎士イヤデスまで連れているとは、さすがにリンムも考えが及ばなかったことだろう。
逆に言えば、イヤデスの一件がなければ、リンムやスーシーと第三聖女一行は門前でちょうど出くわしていた可能性があったわけだ。
何にせよ、リンムはスーシーに告げた――
「さあ、急ごう。何としても、ティナを連れ戻さないとな」
「はい、義父さん」
こうしてリンムとスーシーは第三聖女一行とすれ違いになりつつ、ティナが虎視眈々と陣地構築をした『初心者の森』の入口広場へと向かったのだった。
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