第144話 報告を受ける(後半)

 イナカーンの街にある神聖騎士団の詰め所、その最上階にある一室――


 そこで王国の第四王子フーリン・ファースティルはソファにくつろぎつつ、神聖騎士団の副団長イケオディ・マクスキャリバーから急報を受けていた。


「は? 何……だと? 領主チャカが攫われた? しかも、ティナによって?」


 片田舎まで駆けつけ、やっとゆっくり出来ると思った矢先にこれだ……


 当然のことながら、馬鹿も休み休み言えといわんばかりの顔つきで、第四王子フーリンは副団長イケオディを睨んだ。


 ただ、王族相手でも全く動じないところを見るに、イケオディもさすがに冗談は言っていないようだ。


 フーリンは自らの頬をつねりたい誘惑に抗いながらも、「ふう」と一つだけ息をついた。


 たしかに元婚約者のティナは侯爵家の子女にもかかわらずに王族をぐーで殴るような女性だ……


 とはいっても、今や立派な法国の第七聖女だ。魔族討伐まで果たした、ひとかどの人物だ。


 そもそも、イケオディの報告には幾度聞き返しても可笑しなところがあった――


「あの熊のような体格のチャカの首根っこを掴まえて攫った? か細い腕をしたティナが、か?」


 もちろん、副団長イケオディだって団長のスーシー・フォーサイトから聞かされたときには耳を疑ったものだ。


 それでも、「至急、第四王子フーリン様に一報を伝えておきなさい」と命じられたので、ろくな状況確認も出来ないまま、渋々と一言一句たがえずに報告しているに過ぎない……


 ここらへんはまさに副団長という中間管理職の悲哀といったところか。


 これで王族から「この男、報告も出来んのか」とみなされたら目も当てられないと、イケオディは直立不動のままフーリンの次の言葉を待つしかなかった。


 すると、フーリンは「うーん」と苦い顔つきで、そばに立っていた近衛騎士ローヤル・リミッツブレイキンに尋ねた。


「どう思う、爺よ?」

「三つの可能性がございますな」

「ほう? 言ってみろ」

「一つは報告違い。つまり、第七聖女ティナ様が領主チャカ殿を攫ったのではなく、逆だということですじゃ」

「俺もそんな気がする。だいたい、あの巨体をどう攫えというのだ?」

「いかにも。法術で身体強化バフをかければ何とかなるやもしれませんが……何にせよ、常識的に考えて聖女様が領主殿をかどわかすとは考えづらい」

「では、逆だとして、なぜチャカの奴はティナを攫ったのだと思う?」

「たしか……領主殿の騎士たちは魔族に洗脳されていたと聞きましたが?」

「その通りだ。魔族の言いなりになっていた……そうか! そういうことか。なるほどな。チャカ自身にもその洗脳がかかっていたということか。つまり、まだ操られている、と?」


 そんな事実は微塵もないのだが……何にせよ老騎士ローヤルは良識的な人物なので、全くもって良識からかけ離れた聖女の行動を理解出来るはずもなかった。


 それでも、ローヤルは滔々とフーリンに説明を続ける。


「もう一つは狂言誘拐。要するに第七聖女ティナ様と領主チャカ殿が共謀して誘拐事件を演じたということですじゃ」

「な、なぜ、そんなことをする?」

「たしか……つい先ほど、領主チャカ殿がこの部屋から出ていく際に、お金がどうこうと仰っていたと記憶しております」

「まさか! 身代金か?」

「はい。もしかしたらこの肥沃な土地柄のイナカーン地方は存外に貧しいのかもしれません。領家が狂言誘拐をして、お金をせしめようとするくらいには」


 第四王子フーリンは「ぐぬぬ」と歯噛みした。


 この場合、お金をせしめる先はセプタオラクル侯爵家か、もしくは王家だ。もっとも、そんなことをしたらティナも領主チャカも身分剥奪どころか死罪だ……


 そこまでしてお金を欲するかと、当然、フーリンも疑問を感じたが、何せ王族をぐーで殴る聖女と馬鹿領主のやることである。自らの馬鹿は棚に上げて、フーリンは二人を罵りたかった。


 もちろん、そんな事実も全くもって欠片もないのだが……現状をかんがみるに、ティナと領主チャカはたしかに共謀、もといチャカがティナの言いなりになっているとあって、あながちこの想定は間違っていない。


「最後に、本当に第七聖女ティナ様が領主チャカ殿を攫った場合ですな」

「つまり、爺よ。この者の報告の通りということだな?」

「はい、そうですじゃ」


 直後、第四王子フーリンは副団長イケオディにじろりと視線をやった。


 イケオディは恐縮しっぱなしだったが――残念ながら、このケースが一番ありえなかった。


 どう常識的かつ良識的に考えても無理筋に違いない。おかげで、馬鹿領主がお馬鹿なことをやらかしたのだろうと、フーリンはいったん結論付けた。


 こういうとき、人望が物を言うというものだ。ティナとてさして信頼が置ける人物ではなかったものの、それでも元婚約者の聖女と馬鹿領主を比べれば、前者にがあった。


「さて、爺よ。俺はいったいどうすればいい?」

「はてさて、フーリン殿下。逆にお聞きしますが、どうなさりたいのですかな?」

「ぐっ……」

「こんな騒動を起こした第七聖女ティナ様と領主チャカ殿を庇うのか、はたまた責め立てるのか――単純な二択でございますな」

「責めるのは容易だ。ただ、庇ってやる意義はあるのか?」

「それをお考えになるのが、殿下のお務めではございませぬか?」


 老騎士ローヤルはそこまで諭して、第四王子フーリンを突き放した。


 実際に、この王子は今、着実に成長しようとしている。ローヤルはそのことが嬉しくて、フーリンにあえて考えさせた。


 もちろん、答えは――庇うの一択だ。上手くいけば、広大なイナカーン地方を収める辺境伯のチャカに大きな貸しが出来るし、婚約破棄となって関係が悪化した第七聖女ティナともその改善が見込まれよう。


 いては、どちらもいずれフーリン派閥の大きな後ろ盾になってくれるやもしれない。


 はてさて、フーリンはそこまで気づいてくれるだろうかと、ローヤルは老婆心、もとい老心ながらも、せめてヒントになるかどうかとぼそりとこぼした。


「いずれにせよ、ティナ様の守護騎士たるリンム・ゼロガード殿はなかなかの手練れでした。おそらく彼の手で今回の事態も早急に解決されるでしょうな。しかしながら、果たして第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム様がご訪問なさるまでに、それが間に合うかどうか」


 もっとも、そんなタイミングだった。トン、トン、と――


 部屋の扉が叩かれたのだ。廊下からは「伝令であります!」と、神聖騎士の声が上がる。


 副団長のイケオディは第四王子フーリンと老騎士ローヤルへとちらりと目配せしてから、その首肯をもって、「入室を許す」と声をかけた。


 入ってきた騎士は立礼をしてからフーリンに向けて伝えた。


「今しがた、法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム様がイナカーンの街の門前にご到着なさいました! 守護騎士ライトニング・エレクタル・スウィートデス様、及び王都の冒険者ギルドから案内役としてBランク冒険者のアデ=ランス・アルシンド殿もご一緒です!」


 老騎士ローヤルは目を丸くして、「予定よりもずいぶんと早いのう」と呟いた。


 同時に、フーリンは即座に意を決したようだ。ローヤルに視線をやって、真剣な表情で言った。


「我が騎士ローヤルに命じる。第三聖女サンスリイ殿を門前で足止めせよ。今回の事態が収拾するまでの間だ。出来るか?」

「ほほう。これはこれは……老体にはちと辛いご命令ですが、もちろん御心のままに」


 こうして老騎士ローヤルはひざまずいて礼を尽くしてから、門前へと急いだのだった。



―――――



これにて『初心者の森』の入口広場で、

リンム、スーシー、アルトゥ、シイティ

VS

ティナ、ジウク、チャル。


そして、イナカーンの街の門前にて、

サンスリイ、ライトニング、アデ

VS

ウーゴ、ローヤル

といった図式が出来ました。


もちろん、単純にVSになるかどうかはまだ予断を許しませんが、とりあえず主要な面子は上記の通りになります。

なお、ジウクとチャルはエルフ種コンビで、ウーゴとローヤルは近衛騎士コンビですね。どんな連携が見られるのか楽しみです。

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