第143話 報告を受ける(前半)

近況ノートでは前後編にしませんと記しましたが、せっかく連日投稿なので前後編にしちゃいました。とはいっても、「報告を受ける」という動詞は変わらずに、その主語が変わる二つのエピソードとなります。よろしくお願いいたします。



―――――



 冒険者ギルドの執務室にとんぼ返りさせられたリンム・ゼロガードは神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトから驚愕の事実を知らされた――


「領主チャカ・オリバー・カーン様が誘拐されました」


 これがリンムだけならばスーシーはもっとくだけた報告をしたはずだが、今、この部屋にはギルマスのウーゴ・フィフライアーだけでなく、ついさっきまでリンムと一緒に怒られていた義妹たち二人も野次馬として付いてきていた。


 その一方で、受付嬢のパイ・トレランスは「どうぞ、粗茶です」と、ソファに座り直したリンムたちに改めてお茶を出してから扉付近に移動した。すぐ外で聞き耳を立てている者がいないかどうか、気配を探る為だ。


 そんなパイがこくりと肯いたことで、スーシーは安心して話を続ける。


「犯人は――法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル様です」


 直後、その部屋にいた者たちは四者四様の反応を見せた。


 まず、リンムはいかにも「あちゃー」といったふうに額に片手をやって大きなため息をついた。


 次いで、ギルマスのウーゴは眉をひそめて、昨晩に何を食べたのかすら思い出せないといった顔つきでスーシーを見つめ返した。おそらくこれが最も一般的な反応なのだろう……


 さらに、同席していた王国の現役Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーは「ふ、は……ははは!」とお腹を抱えて笑い出した。イナカーンの街の門前や『妖精の森』での共闘で、可笑しな聖女だとは思っていたが、ここまでくるとアルトゥも気に入るしかなかった。


 一方で、「むっすー」と頬を膨らませたのがA※ランク冒険者こと詐術士シイティ・コンマンだ。せっかく義父リンムとゆっくり出来ると思った矢先にこれだ。いっそ殺意さえ漂わせていた。


 そんな面々の中で、スーシーやリンムに次いでティナに振り回されたことのあるパイだけが冷静に疑問を口にした。


「神聖騎士団長スーシー様。一つお聞きしたいのですが――」

「スーシーで構わないわ、パイ姉さん。ここにはウーゴ殿以外には身内しかいないし、ウーゴ殿だってもう十分に知己を得ているわ」

「分かりました。では、スーシー。なぜ聖女様は誘拐なんて起こしたのかしら?」


 その問いかけに、スーシーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、いったんギルマスのウーゴに尋ねた。


「パイ姉さんの質問に答える前に一つだけ確認したいのですが……法国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム様がこのイナカーンの街にいらっしゃるというのは本当なのですか?」

「ええ。その通りです。王都に魔導通信で連絡を取った際に、ギルマスのビスマルク殿から知らされました。法国からの正式な訪問なので本来ならば騎士を付けて護衛すべきところ、神聖騎士団も、暗黒騎士団も出払っている状況で、またサンスリィ様ご本人も騎士は不要とのことだった為、冒険者ギルドから名うての斥候を付けたのだそうです」

「とうことは、騎士がぞろぞろと付いていない以上、想定よりも早くお着きになるのでしょうか?」

「その通りです。実際に、付き人の冒険者から定時連絡として寄越された伝書鳩によると――明朝、もしくは今晩遅くには到着なさる予定だとか」

「なるほど。合点がいきました。そんな急なご来訪を女司祭マリア様から聞かされたことで、ティナは動転して、人質を取ってまで逃げ出したわけですね」


 スーシーがそう告げると、リンムは「ああ」と嘆いて、両手で頭を抱えた。


 守護騎士になる、ならないにかかわらず、ティナはあまりに問題児に過ぎる。孤児院のやんちゃな子供たちだってもうちょっとはまともだ。


 すると、パイ以外の義娘たちがそんなリンムの肩をぽんぽんと叩いて慰めた――


義父とうさん。安心して。ティナは私が物理的に何とかするわ」

「いやいや、親父。おもしれー聖女様じゃねえか。ははは。あたいは気に入ったぜ」

「お義父様をこんなにも悩ませるなんて……洗脳してどこぞの家畜の女にでもして差し上げますわ。もう! ぷんぷん!」


 孤児院出身の子供たちもティナとどっこいどっこいだった……


 そんなふうにリンムがさらに嘆いていると、ギルマスのウーゴが努めて冷静な口ぶりでスーシーに尋ねた。


「第三聖女サンスリイ様と第七聖女ティナ様はそんなに仲が悪いのですか?」

「実のところ、正確なことは私にも分かりかねます。ティナがサンスリイ様と姉妹スールの契りを結んだのは法国の神学校を卒業して聖女見習いになった後で、そのときには私は騎士見習いとして王国に戻っていました」

「親友の貴女でも、何かしら聞き及んではいないのですか?」

「幾つか書簡で連絡は取り合っていましたが……そこにつづられていたのは愚痴ばかりで……まあ、ティナはあんな性格ですから、よほど過酷なしごきを受けたのだと推測は出来ます」


 その言葉を聞いて、ギルマスのウーゴは「ふむん」と小さく息をついた。


「とりあえず、状況を整理しましょう。このままでは第七聖女ティナ様は領主チャカ様を誘拐した件で、王国から罪に問われます。同様に、法国からも聖女失格の烙印を受けることでしょう」

「いっそ、あのお転婆聖女様はそれを望んでいるんじゃねえか?」

「アルトゥお姉様。さすがにそこまであの阿婆擦あばずれもお馬鹿さんではないはずですわ。領主誘拐なんてよくて死罪ですわよ?」


 アルトゥとシイティがそう付け加えると、ウーゴはこくりと肯いた。


「その通りです。今回のティナ様の行動は冷静な判断からなされたものとは到底思えません。しかしながら、イナカーンの街の人々はティナ様に大きな恩義を感じています。ですから、私としてはサンスリイ様が到着なさる前に今回の事態を収めたい。そこで、この場にいるリンムさんを含めた冒険者の皆さんには緊急依頼を出します」


 ウーゴがそう宣言すると、リンム、アルトゥやシイティの顔つきが変わった。


「法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル様の捕獲をお願いします。ティナ様さえ捕らえられるのならば、領主チャカ様の生死は問いません。どのみちティナ様によって『蘇生』が可能ですから」


 さらっと凄いことを言い出したなと、リンムたちは顔を見合わせたものだが――たしかに手負いの獣、もとい何を考えているのかいまいち分からない聖女を捕まえるのに人質は邪魔でしかない。


 すると、スーシーが即座にその提案に乗っかった。


「私もティナが逃げ込んだ『初心者の森』に向かいます。この場合、なるべく動ける人間は多い方がいい。本来ならば、神聖騎士団も動員したいところなのだけど……」

「残念ながら、騎士たちは現在、街の門前で芋虫となった者たちを治療中です。それに私としては今回の事態はなるべく穏便に済ませたい」

「ならば、こういうのはどうだ?」


 最後に『初心者の森』を最もよく知るリンムが提案した――


 要は二面作戦だ。リンムはきっちりと森の入口広場に向かう。一方で、義娘たちはリンムの家の裏にある細道から侵入して、ティナの隙を窺いつつ可能ならば領主チャカを無事に解放する。


 それを聞いて、ギルマスのウーゴはにこりと笑みを浮かべてから言った。


「では、僕はイナカーンの街に到着するサンスリイ様の足止めを行いましょう。冒険者ギルドには必ず立ち寄ってくださるはずですから、僕なりに微力を尽くさせていただきますよ」


 こうして夕日が沈んだ頃合いに、第七聖女捕獲作戦は実行に移されたのだった。






 ここはイナカーンの街の正門前――


 領主チャカに同行してきた騎士たちが芋虫になって、地を這いつくばっている中で神聖騎士たちがなけなしの法術でその精神異常を解いている。


 そんなちょっとした阿鼻叫喚な状況をその者・・・はぼんやりと見ていた。


「ふむん。あのレベルの異常ならば、手持ちのポーションでも、あるいは法術でも何とかなるかな」


 その者は呟いて、はてさてどう交渉するかと、顎に片手をやって考え込んだ。


 治療に当たって、お金は当然要求すべきだ。多くあって困るものではない。さらに神聖騎士たち、領主の騎士たち、さらにはこの街の衛士たちにも貸しが作れる。問題はどの程度の貸しにするかだ――


「わざと後遺症を残して、私のもとに来なければ治らないように改竄してやってもいいわけだが……はてさてどうするかな?」


 すると、ぱた、ぱた、と。その者のもとに一匹の小さな聖鳥がやって来た。


「ほう。驚いたな。あの小娘は召喚術まで使えるのか。本当に器用な聖女・・だ。召喚を含んだ術は私の大師匠ジージ様の十八番おはこだったが……師匠のモタ様も、私も、結局のところ、あまり学ばなかったからな」


 そう言って、その者――ダークエルフの錬成士チャルは聖女ティナから寄越された聖鳥の報告を受け取った。


「ふむふむ。これは……面白いことになっているじゃないか。いいだろう。ティナの依頼に乗っかってやろうじゃないか。報酬はそちらの方がよほど良さそうだからな」



―――――



というわけで、このエピソードで報告を受け取ったのはリンムたちだけでなく、チャルもでした。明日投稿予定の後半でもまた別の者が動き出します。

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