第142話 余計な一言を加える

 法国の第七聖女と帝国の女将軍が『初心者の森』の入口広場で無駄に結託していた頃……


 肝心のリンム・ゼロガードはというと、冒険者ギルドで義娘たちと一緒に正座させられ、受付嬢のパイ・トレランスにこってりと絞られていた。


 もっとも、これはリンムが火中の栗を拾ったせいでもある。その経緯いきさつはこうだ――


「貴女はなぜ、いつも、いつも、いつも! 拳で解決しようとするのですか?」


 パイの雷はまず王国の現役Aランク冒険者アルトゥ・ダブルシーカーに落ちた。


「だってよお、パイの姉貴……あたいにはそれしか能がないってよく知っているだろ?」

「ええ。もちろん知っていますとも。でも! 棒切れを振り回していた頃とは違うのです。貴女はこの国を背負って立つ冒険者になったのですよ! いつまで子供みたいなことを言っているのですか?」

「だって――」

「だってもへったくれもありません!」


 ただ、そんなふうにパイが怒るたび、アルトゥはにやにやと笑みを浮かべた。


 もちろん、パイを侮っているわけではない。孤児院にいたときもよく叱られたもんだなあと、つい懐かしんでいるのだ。


 それだけパイの怒声はアルトゥに郷愁の念を掻き立てた。いっそ耳に心地良かったほどだ……


 とはいえ、パイからすれば、反省の色を見せないアルトゥの態度には、当然かちんとくるわけで――


「私の話をきちんと聞いているのですか? アルトゥ?」

「はいはい、聞いているってば。あたいだって小さな頃とは違うんだ。これでも反省しきりなんだぜ」


 たしかに王都では傍若無人で知られるアルトゥが大人しく正座しているだけでも奇跡みたいなものだ。反省の弁は決して嘘ではない。


 すると、そんなタイミングで横からしずしずと声が上がった。A※ランク冒険者のシイティ・オンズコンマンだ。


「ところで……パイお姉様?」

「何ですか?」

「私はアルトゥお姉様と違って、相手に傷一つ付けずに対応しました。それなのになぜ、こうして一緒に正座をさせられているのでしょうか?」


 こちらはアルトゥとは対照的に、一見するといかにもしおらしくしているものの、内心では納得していない様子だ。


 むしろ、パイには「大変よく出来ました」と頭を撫でられて、「えへへ」と、姉にデレることが出来ると期待していたふしまである……


「はあ……シイティ。いいかしら?」

「はい。何ですか、パイお姉様?」

「今もまだ貴女の闇魔術・・・にかかって、芋虫みたいな精神異常になっている騎士や衛士たちが門前にはたくさんいます」

「存じておりますわ。だって、仕方がないじゃないですか。蛆虫以下の者たちなぞ、ああしておくのが一番なのですから。廃人にしなかった分だけ、マシなはずですわ」


 その返事を聞いて、パイはまた「はあ」とため息をついた。


 ちなみに、パイが詐術のことを闇魔術とあえて言ったのは、詐術が蔑称だからに他ならない。とかく精神異常を促す一部の闇魔術は忌避されがちだ。


 そんな事情もあって、詐術士とうたわれるシイティには、もっと人の心の痛みが分かる大人になってほしいとパイはずっと願っていた。


 ただし、シイティが孤児院で大きくなった頃には、パイはすでに冒険者ギルドに働きに出ていて、あまり目をかけてあげられなかった――それがどうやらいけなかった。


「殴るだけで脳筋のアルトゥお姉様とは違って、私は平和裏に解決したと自負しておりますわ」


 その結果がこれだ。実際に、シイティは正座しながら「ふんす」と鼻を鳴らした。


 当然、パイは額に片手をやって、いかにも「やれやれ」と肩をすくめてから子供に諭すかのように滔々と説教を再開する。


「シイティ?」

「はい」

「まず、人は虫ではありません」

「は、はい。まあ、たしかに」

「ですから虫けらのように扱ってはいけません」

「むう。むう。うう……」

「同様に、文字通りに芋虫にして、地を這わせていいわけでもありません」

「…………」


 ここにきてシイティもやっと、「人を虫扱いしてはいけない」と反芻した。


 下唇をつんと突き出して、いまだに納得していないところはあるものの、両指をつんつんと突いて、多少は反省の色を見せたといったところか……


 事実、被害としてはアルトゥの拳よりもシイティの詐術の方がよほど酷かった。


 というのも、シイティは魔術師なので法術には長けていない。つまり、シイティは掛けた精神異常を自分では解除出来ないのだ。


 こういうときこそ聖職者たるティナの出番なのだが……今は目下逃亡中で、しかもどこぞで虎視眈々と陣地構築の真っ最中でもある。


 おかけで聖騎士たちを総動員して、複数人で何とか一人の芋虫を治療しているといった有り様だ。


 そんなわけでパイの説教はまだまだ続いたわけだが――ここにきてやっと報告を終えたリンムが執務室から出てきて、いかにもおっさんらしく、余計な一言を加えてしまった。


「何だ。まだ叱っていたのか。パイよ。そんなに怒ると、年をとってから眉間に皺が出来るぞ」


 直後、怒りの矛先はあっけなくリンムへと向かった。


義父とうさんも義父さんです! このたちを散々に甘やかすから、いつまでも経っても子供気分が直らないのです。孤児院時代、私にはあんなに厳しく接してきたというのに……スーシーやアルトゥには剣術を教えてあげた上に……シイティは孫みたいに猫可愛りするし……全ては義父さんが元凶だと言ってもいいのですよ!」


 何だか、どんどん逆恨みみたいになってきたが……


 こうしてリンムも義娘たちと仲良く並んで、冒険者ギルドの広間のど真ん中でがみがみと叱られることになった。


 ギルド内は先ほどまで人でごった返していたのに、今ではモーゼの海割りよろしく、中央にだけは誰も近づかない。


 これにはギルマスのウーゴ・フィフライアーもほとほと困って、パイを止めようとしたものの、下手に関わるとリンム同様に怒られかねないと、今では受付を代わりにやっている始末だ。


 すると、そんなタイミングで救世主が現れた――神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトだ。


「義父さん、ここにまだいる?」


 冒険者ギルドの両開きのドアをばたんっと、勢いよく開けたスーシーは「ん?」と首を傾げた。


 アルトゥやシイティが怒られる姿は孤児院時代から見慣れていたものの、そこにリンムが加わっていたから面喰ったのだ。


 とはいっても、スーシーはすぐにパイへと真剣な眼差しを向けた。


「パイ姉さん。ごめん。緊急事態なの。義父さんを借りていくわ。あと、ウーゴ殿も。すぐに執務室で相談したいことがあります」


 こうしてイナカーンの街では、第七聖女緊急捕縛大作戦が立案されることになったのだ。



―――――



領主チャカの救出でないあたり、その人望が垣間見れます……

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