第140話 繋がり
閉所恐怖症の方はご注意ください。あまり恐怖心を煽る書き方はしておらず、コメディタッチにしてはいますが、苦手な方はいるかもと、注記した次第です。
―――――
少しだけ時間は遡る――
ここはイナカーン地方の『初心者の森』の奥にある『妖精の森』。
真祖直系の吸血鬼ラナンシーが知ろしめす場所で、森の中なのに幾つもの墓石が立ち、妖精たちは蛍のように煌めき、不思議と神々しさまで漂っている。
そんな森の奥地で、帝国の女将軍ことエルフのジウク・ナインエバーは目を覚ました。
というのも――ざく、どぼっ、ざく、どぼっ、と。異音が立て続けに聞こえたせいだ。
しかも、目をぱっと開けたとき、視界はなぜか真っ暗だった。
「こ、これは……いったい?」
ジウクは上体を起こそうとして、すぐに頭をぶつけた。
どうやら狭い空間――棺か何かに閉じ込められているらしい。しかも、この不可解な音は上から土を被せているに違いない……
「まさか……私は埋められているのか!」
ジウクは棺の蓋を強引に開けようとした。
だが、その棺は素材も強固なようで、無駄に『堅牢』まで掛かっている。
「糞がっ! 開けられないだと?」
仕方がないので、ジウクは土魔術で棺の周囲ごと粉砕しようとした。
ただ、魔術の術式が上手く構築出来なかった。どうやら
長らく意識を失っていたのもそのせいで、全身に魔力がしっかりと循環していないからか、
道理で力自慢のジウクが棺の蓋程度を開けられないはずだ……
「このままでは……本当にマズいな」
ジウクは棺の蓋をドンドンと叩き始めた。
幸い、棺内に『
すると、「ん?」と女性のこもった声がさながら蜘蛛の糸のように下りてきた。それにジウクはすがる。
「助けてくれ! 私はまだ生きている! 死んではいないのだ!」
「ふむん。それは知っている。ただ、魔力切れを起こしているだろう? 死んでいるも同然だ」
何とも、まあ、滅茶苦茶な話だ――
いったい、この話し相手はどれだけいかれた者なのだ? と、ジウクは眉をひそめたものの……
何にせよ、相手が女性なのは間違いなかった。ただ、棺内にいては、こもった声音しか届かないので、誰なのかよく分からない。
「とりあえず、そこで大人しく寝ていろ」
こうしてまた――ざく、と。
土を掘り返す音がして、次いで、どぼっ、と棺上に落とされる音が聞こえた。
ジウクは幾度も棺の蓋を叩いたが、その叩音はしだいに鈍くなっていき……結局、ジウクは完全に地中に閉じ込められた。
「ま、まさか……私はこのまま餓死して死ぬのか?」
せめてジウクが閉所恐怖症でないのが救いか……
もしここでパニックを起こしていたら、どうしようもなくなっていたはずだ。
とはいえ、棺内でしばらく過ごし、やっと冷静に考えられるようになって、ジウクは「ふん」と小さく息をついた。
何てことはないのだ。魔力さえ回復すれば、いかようにも出られるはずだ。
そもそも、このときジウクは全く気づいていなかったが、エルフ種は『森の民』と
特に、ここは妖精たちの
「まあ、これも良い気分転換になるやもしれん」
最近、ゆっくりと寝ていなかったなと、ジウクは思い出して、わりと呑気にぐーすかと寝ることにした。
こうして実に丸一日――ジウクは「はっ」と目覚めて、また頭を棺の蓋にぶつけてから、「痛っ」と自身の不注意を呪いつつも、
「はあっ!」
と、土魔術によって棺上の土を破砕した。
そして、両腕に力を込めて、強引に棺の蓋を開けてからゆっくりと立ち上がる。
「ほう? ここは……やはり『妖精の森』だったか」
となると、こもった声をかけてきたのは吸血鬼ラナンシーか?
そんなふうにジウクが顎に片手をやって考え込んだときだ。ジウクはぞわぞわと毛が逆立つような怖気を感じた――
「みんなー、いくよー!」
周囲にいた妖精たちが一斉に土魔術で仕掛けてきたのだ。
ジウクによって破砕された土がいったん宙に留まって、今度はむしろ『
「な! ちょ、ちょ、ちょっと……待て! お前たち!」
「やだ。またなーい」
「やっちゃえー。今度こそ、永眠だー」
「『土弾』だけじゃたりなくね? えーと、てい! 川からの『
「じゃあ、ぼくは風魔術でいっちゃうよー」
「だから、待て! 私はジウクだ! 二十年前にリンムと共にここにいただろうが!」
だが、ジウクの説得も虚しく、妖精たちはわずかに手を止めただけだった。
「「「んー。いいや、やっちゃえー!」」」
そんな妖精たちをいったん止めたのは、主たるラナンシーだった。
「そこらへんにしてやれ。どうやらそいつは正気に戻ったらしい。まあ、以前よりも腕は鈍っているようだから、暇潰しで相手をしてやってもいいがな」
「じゃ、やっぱ、みんな、いっくよー!」
と、そんなこんなで結局のところ、ジウクにとっては悪夢のような時間をしばし過ごした。
これならば棺で永眠していた方がマシかと思うくらいには酷い攻撃の雨あられだった。
二十年前にリンムと一緒に厳しい修行したときを思い出したほどだ。あれはジウクにとっても、ちょっとしたトラウマだ……
それはさておき、ジウクが
「ふふ。ちょっとした意趣返しだよ」
「意趣返し……とは?」
「貴様が下らん魔族に洗脳されていたときに、あたしは色々と大変な思いをさせられたからな」
「洗脳? 話がよく分かりませんが?」
「なるほど。やはり記憶もないか……そこまで深くかかっていたとは……じゃあ、まずはその話から始めるとしようか」
ラナンシーは寝込んでいるジウクに対して、真っ赤な飲み物が入ったグラスを差し出してきた。
ジウクは上体だけを起こして、その
すると、ラナンシーはふいに「そういえば――」と話しかけてきた。
「
「はい。
「ミルがいるならば、帝国に下らん魔族どもなぞ跋扈しないはずだが?」
「二代目までは国母として後見人をしっかりと果たしていましたが、孫に当たる今の三代目には甘いのか、不干渉を貫いて、ほとんど森から出て来られません」
「ふむん。そうか。まあ、ミルは元『
「そういう意味では、むしろ魔族については――ラナンシー
ジウクがそう指摘すると、ラナンシーは「ぐっ」と渋い顔つきになった。
ちなみに、亜人族でエルフのジウクと、魔族で吸血鬼のラナンシーとの間には、実は血縁関係がある。
三百年以上も昔、ミルの双子の妹シエンが真相カミラの眷族に
このとき、ミルもまた魔族となって
つまり、現在の三代目皇帝ヘーロスからすればジウクは大伯母に、またジウクからはラナンシーが伯母に当たるわけだ。
すると、ジウクは体力も戻ったのか、衣服の汚れをぱんぱんと手で払った。
「ともかく、私はリンムを探しに行きます」
「理由は?」
「彼が
「あれも難儀な血を継いだものだな。まあ、止めんよ。あたしはあんたを洗脳出来るだけの力を持った魔族について調べるとするさ」
「そんなのは一人しかいませんよ」
「まあ、そうだな。今の皇后が一番怪しいか……」
こうして二人は別れた。結果、イナカーンの街に向かったジウクはその途中で、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルと出くわすことになるのだが――
―――――
文字通りの作品タイトル回収回でした。
王国を救うだけでなく、帝国を救うの意も含めて、はたして英雄を継げるのか――リンムには頑張ってもらいたいものです。
さて、作中にも記しましたが、ここで改めて『トマト畑』での設定について語ります。
ミルとシエンはもともと本土の『エルフの大森林群』で暮らすエルフの姉妹でした。
族長の近衛としてとても優秀でしたが、真相カミラのちょっとした気紛れで、シエンはカミラの眷属(養子)にされ、吸血鬼三姉妹の末席に加わって四姉妹となります。
今話で記した通り、次女リリン、三女ラナンシー、次いで四女シエンという関係性です。
その際に、ミルも呪いによって魔族に転向して
そして、帝国の「国母」と謳われていることから、この大陸に渡ってきた英雄ヘーロスと結ばれてジウクをこちらで生んだようです。
つまり、今回はそんな
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