第139話 仕掛ける

 はっ、はっ、がるる、と――


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルは領主のチャカ・オリバー・カーンの首根っこを咥えて・・・、『初心者の森』の入口広場まで四つ足で・・・・駆けてきた。


 そして、領主チャカを適当にぽいっと投げ、二本足で立ち直して、すぐさま慣れた手つきで陣地構築を始める。


 なぜ聖女なのにこんなことが出来るのかといえば、それはティナだからだと、身も蓋もない答えがしかないのだが……


 実際のところ、ひとえに第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムのしごきに対抗する為に、神学生時代に散々、狩人としての腕を磨き上げてきたからに他ならない。


 まさに才能の無駄遣い、もとい努力と時間を神学生時代にいかに誤った方向に費やしてきたか、この陣地構築の見事な手腕だけでもこれまた分かるというものである。


 さて、連れてこられた領主チャカはというと、陣地の最奥に餌のようにドンッと置かれた。


 人質チャカを解放しようと近づいたとたん、設置罠の土魔術が炸裂するように仕掛けてある。言うまでもなく、人質もろともだ。


「あああの……そそそのう……もももしかして――」


 すると、領主のチャカは恐る恐ると声を上げた。


「ああ貴女は……いや、聖女様はもしかして……あのとき社交界で会ったお嬢さんではないですかな?」


 こんな状況だというのに、領主チャカはふいに思い出していた。


 馬鹿なので記憶をたぐるのに時間がかかったが、それは十年以上も前の出来事だ――


 当時はティナもまだセプタオラクル家の子女で、婚約していた第四王子フーリン・ファースティルにしつこく追いかけられ、会場にいた熊のように恐ろしそうな見た目のチャカの背後に回った。


 このとき、侯爵家と辺境伯家に繋がりは全くなく、ティナはたまたま「熊さん、助けて」と頼ったのだが……


 残念ながらチャカは当てにならず、子供のフーリンに「熊め、征伐だ!」とあっけなく倒されてしまった。


 もちろん、これはティナがフーリンをぐーで殴る事件よりずっと以前の話である。


「やっと思い出したの? 熊の・・・おじ様? いえ、熊さん」

「やややっぱり! セプタオラクル侯爵家のご息女が聖女になったとは聞き及んでいましたが、まさか貴女だったとは……」

「あら? 私ってば、王国の貴族の中ではわりと悪評で有名なのだと思っていましたわ」

「ふむん。たしかに聖女様については色々と情報が錯綜しておりますからな」

「まあ、王家や私の実家が、あることないこと言い触らしているのはよくよく知っております」


 ティナはそこで「ふう」と息をついてから、チャカに『食いしばり』の法術をかけてあげた。


「こ、これは……?」

「設置罠の仕掛けが作動して、熊さんが死にかけても、この『食いしばり』でギリギリ生き残れるはずです……多分。何にせよ、ご武運を期待しております」

「…………」


 もしや、これらはずっと以前の出来事の意趣返しだろうかと、領主チャカはひしひしと感じたわけだが……


 当然のことながら、チャカはいまだに状況がさっぱりと飲み込めていなかったので、ティナに幾つか質問した。


「ととところで、聖女様。この陣地構築はいったい?」

「ここで敵を迎え撃ちます」

「敵……とは?」

「法国からの刺客です」

「えええと、先ほど教会の女司祭様の口から、第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム様のお名前が出ておりましたが?」

「聞き間違いです。忘れてください。あ、ついでに――えいっ、『忘却』」


 ティナは早速、闇魔術で都合良くその記憶だけ消してあげた。


「ん? なな何だか、肝心なことを思い出せないのですが……そそそれはそうと、聖女様に一つ、お聞きしたいことがあったのです」

「はい。何でしょうか?」

「領民にお金をばら撒きたいのですが、どうすればよいでしょうか?」


 この唐突な質問には、ティナもさすがに眉をひそめた。


 どうやら幾らお馬鹿な領主チャカでも愚問だったと気づいたのか、慌てて頭を横にぶんぶんと振ってみせる。


「いいいいやいや、違うのです。イナカーンの街の民の為に何かしてやりたいのですよ」

「それは……良い心掛けですね。でしたら、税でも安くして上げればいいのです。ちょうど収穫が終わったばかりの時期でしょう? 領民も喜ぶはずですわ」

「おお! さささすがは聖女様!」

「あと、ついでに冒険者ギルドに幾つか仕事を依頼すればいいですわ。この街には若い冒険者がたくさん来ますからね」

「なぜ依頼を出すのですか?」

「冒険者の懐が温まれば、武器・防具屋、鍛冶屋、薬屋や酒屋などにお金が回りますから」

「ふむふむ。なるほど……ででですが、どんな依頼を出せばいいのでしょうか?」

「何でもいいのです。街道の整備でも、森の整地でも、あるいは薬草などの採取や野獣の討伐でも。要は、熊さんはお金を回せればいいのでしょう?」

「たたたしかに」


 先ほどの淫獣モードや陣地構築とは一変して、いかにも聖女然と、質問にしっかり答えるティナの様子に、領主チャカも「ほほう」と感心しきりだった。


 もちろん、こうしている間にもティナは手を休めず、チャカをトリガーとした罠を幾重も仕込んでいるのだが……


「よし。これで完成ですわ」

「おお、こここれまた見事な手腕ですな」

「はい。あとは熊さんをしっかりと拘束するだけです。ところで、樹に吊るされるのと、地に埋めてさらし首にされるのと、海老反りで亀甲縛りにして転がされるのと、いずれがお好みですか?」

「…………」


 どれも全くもって好みではなかったが、領主チャカは「うーん」と呻ってから「つつ吊るされるやつで」と答えた。


「では、両手を出してください。はい。これでよしと。では、両手を上げて。そのまま樹に吊るします」

「はははい」


 が。


 ちょうどそのタイミングだった。


 ヒュン、と。森の入口からではなく、奥から矢が放たれたのだ。


 しかも、その矢は人質のはずの領主チャカに向かってきたので、ティナはすぐさま聖杖を取り出して叩き落した。


「ひいいいいい!」

「いったい、何者ですか?」


 領主チャカの悲鳴が上がる一方で、ティナは木々の中へと鋭く吠えた。


「ほう? 私の気配に気づくとは……なかなかの手練れだな」


 そう言って、奥の樹々からゆっくりと進み出てきたのは――帝国の女将軍、エルフのジウク・ナインエバーだったのだ。



―――――



というわけで、罠を仕掛ける=ティナと、攻撃を仕掛ける=ジウクでダブルミーニングを持たせたタイトルでした。

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