英雄の街 イナカーン

第134話 おっさんは帰ってくる

長々と書いてきた拙作ですが、ついに最終章「英雄の街編」に突入となります! ここからあと五十話ほど(何なら第200話くらい?)、お付き合いいただけましたら幸甚でございます。



―――――



 ハーレムというのははたから見る分には良いが、当の本人にとってみればたまったものではないのかもしれない。


 もちろん、その本人が王侯貴族のように他者を幾人もはべらせて、平気でかしずかせるような豪気な生活に慣れているのならいいかもしれないが……


 これがしがないおっさんで、一方でハーレムたちが若く、美しく、また聡明な女性たちで、しかも手塩にかけて育ててきた義娘たちばかりとなると――はてさて、そのおっさんの心情はいかほどか。


 そんなおっさんことリンム・ゼロガードはというと、


「今回のことをさっさとギルマスに報告しないとな」


 ずいぶんと疲れ切った表情で、蓄積したダメージで痛む関節などを気にしながらも、『妖精の森』での顛末を伝える為に冒険者ギルドに向かっていた。


 が。


「ねえ、おじ様。報告の後はお風呂にしますか? 食事にしますか? それとも――わ た し?」


 そんなリンムの背中にむにゅんと凶器おぱーいを当てつつ、前へ前へと変則タックルみたいな格好で押し出してくるのは法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルだ。


 まるで新妻みたいな台詞を堂々と言って、精神異常の闇魔術の『洗脳』をこっそりと囁いてくるものだから、リンムにとっては堪ったものじゃない。そもそも、聖女がなぜこれほど闇魔術に長けているのか……


 リンムは「あ、はは」と、やや呆れた笑みを浮かべつつ、「まあ、先に風呂かな」とこぼした。


 すると、リンムの肩にがっつりと右腕を回して歩いていた、王国の現役Aランク冒険者アルトゥ・ダブルシーカーが豪快に言ってのける。


「じゃあ、親父。一緒に入ろうぜ! 昔は親父とよく共同浴場で稽古したよなあ」


 いやいや、幾つのときの話をしているのか、と。


 さすがにリンムも怪訝な表情を浮かべたものの、たしかにアルトゥが小さな頃は浴場で裸のぶつかり稽古をしたもんだと思い出した。


 しかも、アルトゥはというと、リンムに裸を見せることは気にならないようだ。


 むしろ、イナカーンの街を出てからどれだけ強靭な肉体になったのか、何なら戦傷などまで自慢したいらしい……


「何を言っているんですか、お姉様? そんなゴリラみたいな肉体自慢よりも、お義父とう様に必要なのは、まずお背中を流すことです。もちろん、私が承りますわ」


 今度は王国のA※ランク冒険者の詐術士ことシイティ・オンズコンマンがリンムの右腕に絡んでくる。


 いや、だから、お前さんたちには羞恥心というものがないのかね、と。


 さすがのリンムも叱るべきかどうか迷ったが、成長した義娘たちが父親を嫌がらずに風呂を共にしてくれるというのは……


 むしろ、育ての親としてほまれなのではないか?


 と、リンムも何だかこんな状況に流されかけた――が、当然のことながら、シイティが詐術を仕掛けていたに過ぎない。もちろん、こちらはティナの闇魔術よりもよほどたちが悪い。


「貴女たち、何をしているの? 義父さんが困っているでしょう?」


 そんなリンムを正気に戻してくれたのが、リンムたちより少し前を歩いていた神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトだ。


 実のところ、スーシーだってティナや義妹たちみたいに甘えたい一心なのだが、そんなところを団員に見られたらマズいので、何とか自制している最中だ。


 とはいえ、ティナがさながら犬のマーキングのように凶器おぱーいをリンムの背中に擦りつけ、またアルトゥが「がはは」と肩を組みながら頬ずりして、はたまたシイティが恋人みたいに寄りかかっている状況とあっては、そろそろスーシーも我慢の限界にきていた。


 当のリンムはというと、まあ、今日一日くらいはいいか、と。


 このまま義娘たちに押し切られそうだ。いやはや、ダメな父親である。


 そのときだ。イナカーンの街の冒険者ギルドが見えてきたと思ったら――


「ほら、貴女たち。しゃきっとしなさい!」


 と、大声がした。受付嬢のパイ・トレランスだ。


 そろそろ夜だというのに、ギルドは人で溢れているらしく、外にテーブルを設けて緊急対応していたところ、だらしがない義妹たちを見て叱りつけにきたようだ。


 とはいえ、効果はてきめんだった。


 さっきまでスーシーの小言は流していたのに、アルトゥは「やっべ」とリンムから離れて頬をぽりぽりと掻き始めたし、シイティは「いや、これは……」と指をつんつんしだした。全くもって態度を変えないのはティナだけだ。


「正座!」


 パイが言ったとたん、スーシーも含めて三姉妹は地面に座した。まるで条件反射だ。


 どうやら三人ともパイには全く頭が上がらないようだ。ここらへんはさすがに長女の貫禄である。


 というか、リンムまで一緒になって正座しているものだから、最早、肝っ玉母ちゃんか……それはともかく、パイはまずアルトゥとシイティの額をでこぴんしてから言いつけた。


「ちょうど良かったわ。冒険者の人手が足りなかったのよ。こんな時間だけど、アルトゥとシイティにはやってもらいたい依頼クエストがあるの」

「ええー? 姉御、そりゃないぜ」

「パイお姉様……私たち、街に来たばかりですのよ?」

「文句言わないの。貴女たちの実力からすればすぐに終わるはずよ。そうしたら自由になさい」

「「はあい」」

「あと、リンムさん・・・・・はまずギルマスに報告をお願いします。今はギルド内の執務室におります」


 パイは公私混同せずに義父リンムをきちんと『さん』付けして丁寧に対応した。


 そして、正座したリンムの頭に凶器おぱーいを平然と乗せているティナに向けて、ちょっとだけ「むっ」とした顔つきになってから伝えた。


「聖女様には言伝があります。司祭マリア様からすぐに教会に来るようにとのことです」


 今度はティナが「むっすー」とした。


 だが、さすがにマリアの名前が出てきた以上、ティナには断れない。ティナは「分かったわ」と下唇を突き出した。


 最後に、パイはスーシーの肩にぽんと片手を乗せる。


「じゃあ、継続して聖女様の護衛をお願いね」

「はい、分かりました。姉さん」


 スーシーはしっかりと答えてから立ち上がった。


 こうして短い間のハーレムは終わった。もっとも、これからリンムにさらなる試練が待ち受けていることなど、このときリンムはもちろんのこと、ティナや四姉妹とてまだ分からなかった。



―――――



そうです。押しかけ女房のエルフさんです。今はまだ『妖精の森』でラナンシー師匠に介抱されていますが、そろそろまた押しかけてくる予定です。

それはともかく、「こんなエピソードが読みたい!」などありましたら、随時受付中です。最終章なので柔軟にやっていきますので、よろしくお願いいたします。

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