第135話 正体を明かす
先週末に風邪を引いて一話分落としてしまいました。申し訳ありません。
本当は今回の話も二つのエピソードをまとめて、もう少し長いものにする予定だったのですが、まだ体調が完全ではなくて、一つのエピソードだけで短めにしています。
おかげでちょっとだけ会話だけの陰気臭い話になっちゃったかも……
―――――
「それではリンムさん、こちらへどうぞ」
冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスに案内されて、リンム・ゼロガードはギルマスの執務室に入った。
「ようこそ、リンムさん。お待ちしていましたよ」
「あ、ああ……な、何だかギルマスも見ないうちに……ずいぶんとやつれたな」
リンムが心配したように、ウーゴ・フィフライアーの両頬はずいぶんとこけていた。目もとの隈もひどい。まるで大病でも患ったかのようだ。これではせっかくの美男子が台無しだ。
「ええ。まあ、色々と立て込んでいましてね……第四王子フーリン様が王都になかなか帰ってくれず、さらに領主までそれに付き合ってここに滞在するという展開は……さすがに僕でも想定していませんでした」
「もしかして、やたらとギルドに人が集まっているのは?」
「はい。お察しの通りです。彼らは冒険者ではありません。騎士や使用人たちです。街の宿屋がパンクしてしまったので、泊れる場所を紹介しろと押しかけてきているのです」
「そんなことまで冒険者ギルドで対応するのかね?」
「仕方がありません。我々の仕事は庶務や雑務です。この街には商業ギルドがありませんからね」
ウーゴはそう言って、「はあ」と深いため息をついた。
ともあれ、宿泊施設については神聖騎士団の詰め所だったり、街外に幕舎を急造したりと、当面はそこに押し込むとのこと。そんな雑用が出来たので、『初心者の森』の封鎖以降、仕事にあぶれた冒険者たちも忙しくなったようだ。
受付嬢のパイがこんな時間にギルドの外に出て冒険者たちの対応をしていたのもそういった事情からくるもので、今もパイはウーゴとリンムに茶を用意して、「失礼します」と出ていった。どうやら残業確定らしい……
リンムは後で労わってあげようと思いつつ、ロングテーブル向かいのウーゴに視線を戻した。そのウーゴはというと、いかにも「やれやれ」と肩をすくめてみせる。
「むしろ、現在、最大の問題は――『初心者の森』を目当てにやって来た冒険者たちに魔物や魔族の存在が知れ渡ってしまったことですかね」
「どのみち公国が攻め滅ぼされたのだろう? 遅かれ早かれだったのではないのかね?」
「情報とは統制されてこそ意味があるのです。たとえば、今後強い
「ふむん。なるほど。これまでは魔物や魔族の情報がピンポイントで騎士団に入ってきたから対応出来たが……各地で余計な情報が持ち上がってくると、てんやわんやになるということか」
「その通りです。ただでさえ、魔物や魔族は強い。Bランク冒険者でも手こずります。現状は騎士たちの物量で当たって魔核の一点突破を図るしかない。そうでなければ、冒険者そのものをランクの低いうちから騎士同様に鍛え直さなければなりません」
「ただ、そんな規律正しい人間は、そもそも自由稼業にはならんだろう?」
「そういうことです。それに冒険者は四、五人程度のパーティーは組みますが、騎士たちのように小隊、中隊規模で組むことはありません。その戦い方も個人主義に過ぎます。それではいつまで経っても、魔物や魔族は討伐出来ません」
「それは――
このとき、リンムはわざと「元」という点を強調した。
今回、リンムが色々と報告する前に、ウーゴはどこか急かすかのように冒険者と騎士との違いについて話し込んできた。
それはまたリンム自身の核心を突く話でもあった。そもそもリンムは今、冒険者で、かつ騎士なのだ――
そして、
すると、リンムの険しい目つきに
「いえ、
ウーゴは素直にそう答えて、いかにも「降参です」といったふうに両手を上げるポーズを作った。
「ところで……リンムさんはいつ頃から気づいていましたか?」
「魔導通信で王都に連絡を取っていたあたりかな。ギルマスは近衛騎士を引退して、イナカーンに田舎暮らしをしに来たというわりには――近衛の中枢にすぐに連絡を取れていたじゃないか?」
「まあ、あれはたしかに悪手だったかもしれません。オーラ・コンナー殿にも気づかれたようですしね。ただ、第四王子フーリン様の動向があまりにおかしかったので、まあ、それこそ遅かれ早かれだったとは思いますよ」
「私にバラしても良かったのかい?」
「どのみち、リンムさんも今や立派な騎士でしょう?」
「…………」
リンムはつい押し黙った。
たしかに流れのままに第七聖女の守護騎士として振舞ってきたものの、実のところ、女司祭マリア・プリエステスから「契約解除」の話を聞いたままで、今回のごたごたに巻き込まれてしまった……
ともあれ、ウーゴはそんなリンムに有無を言わせずに話を続ける。
「王国であれ、法国であれ、同じ騎士として今後は共に帝国に当たるわけです。互いに腹に含むことなく、リンムさんとは一緒に戦いたいものです」
「帝国に?」
「そうです。私が秘密裏にこの街にギルマスとして赴任したのも、いずれ辺境が帝国との紛争の最前線になりかねないと、王国の上層部が踏んだからです。ともあれ、まさかここまで早く帝国が仕掛けてくるとは思っていませんでしたが……」
「では、次の仕掛けがあるとしたら、何だと思うかね?」
リンムは興味本位で尋ねた。
つい最近まで『初心者の森』で採取や狩猟をして過ごしてきた、しがないFランクだったリンムからすれば、政治や軍事についてはあまりに無知だった。共に国難に当たるということならば、少しは有益な情報がほしいといったところだ。
もっとも、ウーゴは茶に手を伸ばして、「ずず」と飲んで、いかにも苦々しい顔つきになった。どうやらパイはウーゴの心配をして、薬茶を煎れてくれたらしい……
「そうですね。次の一手というなら、それこそ王国の各地で野獣――いえ、魔獣出現の情報が上がって来るでしょうかね。それから、魔女狩りならぬ魔族狩りが始まるかもしれません」
「まさか王国内での欺瞞工作かね?」
「はい。しかも、後者の魔女狩りについてはすぐにでも、このイナカーンの街で起こる可能性があります」
「なぜ、断言出来るのだ?」
リンムが訝しげに尋ねると、ウーゴは本日幾度目だろうか、「はあ」と深い息をついてから告げた。
「『稲光る乙女』の異名を持つ、法国の第三聖女サンスリイ・セプタオラクルがイナカーンの街に向かってきているからですよ。彼女は異端審問官よりよほど辛辣で有名です」
―――――
次話は、どーんとやって、ばーんときて、ごーんって感じのものになります(何だそりゃ)。
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