第131話 魔族と聖女と暗黒騎士は踊る(前半)

明けましておめでとうございます! 今年もどうかよろしくお願いいたします。


さて、ちょっとばかし長いまえがきをば――


今話のシーンを書きながら思い出したのですが、イナカーンの門前での騒動って秋の出来事だったんですよね……


近況ノートの特別SSはシーズンに合わせて書いているものですから、本編もとっくに冬になっていると勘違いしていました。


ちなみに、そんな近況ノートのSSはサザエさん空間みたいに時間が見事に歪んでいます(これを人はご都合主義という)。


じゃないと、そろそろ本編とSSの時季が乖離かいりし過ぎるきらいがあるので……その旨、どうぞよろしくお願いいたします。



―――――



 はあ、はあ、はあ、と。


 虫系の魔人ティトノスは稲畑を掻き分けながら無様に進んでいた。


 先ほどまでは刈り取られたばかりの畑の中を自らに認識阻害を掛けながら突っ切っていたが、ここらへんはまだ黄金色に輝く稲たちが背も高く伸びている。


 もう少し行けば、秋小麦の種を砕く為のローラーが転がっている区画に入るから、せいぜいそこまでの辛抱だとティトノスは自分に言い聞かせた。


「追手はどうやら……ついていないようですね。まあ、イナカーンの街はまだ混迷しているはずですから……さすがに騎士たちは追いかけてこないでしょうが」


 そうは言っても、領都方面に逃した偽物ダミーが近衛騎士のロイヤル・リミッツブレイキンにすでにやられていた。


 さらに、せっかく育てた蟲毒の魔力マナ反応がなくなったばかりか、帝国に仕えている魔族の三王・・の一人が仕掛けた呪術が呪詛もやの形を取って宙高くに飛ばされて、その反応まで消え失せてしまった。


 とてもではないが、人族の技術でそんなことが出来るはずもない……


 ということは、何者かが介入してきたということだ。


 魔王アスモデウスが本土の・・・連中の助力もあってやられたことをティトノスは耳にしていたから、これはきっと想定外の強者が絡んできたに違いないとみなすしかなかった。


 しかも、そんな強者の一人――真祖直系の吸血鬼ラナンシーを抑える為に『妖精の森』にわざわざ向かった魔王レビヤタンの気配まで探れなくなっている。ラナンシーの相手をするのは相当に手こずるはずだと分かっていたものの、


「まさか……ここにきて盤面全てひっくり返されるとは……」


 ティトノスも青ざめるしかなかった。


 これにて魔王アスモデウスに、魔王レビヤタンまで消失して、帝国には一人しか魔王が残っていない。


 帝国の三代目皇帝にひざまずいてまでこの大陸に千年王国を作ろうとしてきた御方たちがこうもあっけなく、わずかひと月の間でやられるとは……


 さすがにティトノスもこんな展開ばかりは想像だにしていなかった。


「しかしながら、これは好機でもありますね」


 王が討たれたならば、別の者が新たに立つべきだ――


 本来、魔族とは戦って死ぬことこそ誉れとする苛烈な戦闘種族だ。その薫陶くんとうをティトノスは忘れたわけではない。


 ただ、地下世界を統べる魔族たちはあまりに凶悪に過ぎたし、そんな魔族さえ従えた本土の魔神・・は最早、ティトノスに推し測れる存在ではなかった。子犬が巨獅子を前にして、同じ獣だと認識出来ないのと同じだ。


 だからこそ、分相応に過ごそうと思ってきたわけだが――ティトノスはぐっと拳を固く握りしめた。


 今こそ、ティトノスが新たな王に就くべきかもしれない。


「となると、さっさとリィリックめと合流して、彼女を従えるべきでしょうかね」


 ティトノスはそう呟きつつ、やっとムラヤダ水郷が見渡せる丘まで出た。


 どういう理由かは知らないが、リィリック・フィフライアーは『妖精の森』で魔王レビヤタンと別れて、ここまでやって来ていた。


 もしかしたら、新たな強者の情報をレビヤタンから託されたのかもしれないと、ティトノスはそう考えついて、まずはリィリックの魔力を探ろうとした。


「ふむ。おかしい……リィリックの反応が見当たりませんね。もしや、すでに帝国に情報を持ち帰ったとか?」


 直後だ。


 ぐさっ、と。背後から――


 ティトノスは魔核を片手剣で貫かれていた。


 咄嗟に後ろに視線をやると、そこにはリィリックがいた。にやりと笑みを浮かべて、いかにも虫けらを見るような視線を投げかけてくる。


「貴方の種族スキルをいただきますよ。今のままではラナンシーどころか、ジウクにも届かないのでね」

「貴様……なぜ?」

「魔族が強くなることを願うのは当然のことではないですか? それとも、地下世界で強者から逃げ回って、わざわざこんな僻地の大陸に棲みかを求めた弱者どもには一生分からない理屈ですかね?」

「人族から……魔族になり上がった……小者が――つけあがるなあああ!」

五月蠅うるさい。さっさと消えなさい」


 リィリックはその手に力を込めた。


 刹那、ティトノスの魔核は砕かれて、霧のように消失していった。


「ふむ。虫操作と蠱毒ですか……いかにも虫上がりの魔人らしい種族スキルですが、まあ、ないよりはマシでしょうか」


 リィリックはそう呟いて、片手剣を振って、剣身にこびりついた虫の体液を払った。


「さて、帝国に戻るべきか否か――少しばかりイナカーンの街の様子を見て、ついでに愚兄ウーゴにちょっかいの一つでもかけてから、次に誰の力を奪うべきか考えますか」

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