第130話 共闘(終盤)

一週間ぶりの本編投稿です。今回で長々と続いてきた第二章がほぼ終了します。よろしくお願いいたします。



―――――



「さて、あの四人の・・・小娘たちがわざわざ時間を作ってくれたんだ。今度はあたしの番だな」


 真祖直系の吸血鬼ラナンシーはそう言って、こめかみのあたりに指をとんとんと当てて何かを囁いた。


 どうやら眷族の妖精たちに秘かに命令を下したようだ。リンム・ゼロガードとしては師匠のラナンシーにはもう少し休んでもらって、回復に専念してほしかったところなのだが……


 さすがは本物の・・・魔族――戦って死ぬことこそ誉れとみなす種族だけあって、ここで一気に決着をつけるつもりのようだ。


「それだけ傷を負っていて本当に大丈夫なのか、師匠?」

「ふん。誰に物を言っているつもりだい、坊やよ」


 ラナンシーはそう言って、リンムの肩に腕を回してきた。


手子摺てこずらされたのは、彼奴きゃつ耳長ジウクを切り離そうとしてやったからだ。あたしはリリンの姉貴と違って、精神作用系の搦め手は滅法苦手でね」


 そこまで言って、ラナンシーはリンムにこっそりと耳打ちする。


「リンムよ……分かっているよな? 彼奴きゃつの本体は――」

「ああ、皆まで言わなくても大丈夫だよ。魔王アスモデウスと戦ったときに学ばせてもらった。今、眼前に見えているものが全てではない」

「その通りだ。あたしは耳長と彼奴を改めて切り離す。小娘たちが作る隙を突くから、最後はお前が止めをさせ」

「切り離せるものなのか?」

「ふん。もともと耳長はエルフだけあって光の属性持ちだ。あいつら、相性が最悪なんだよ。それなのに彼奴の魔核は強引に耳長の魂を乗っ取ろうとしている――そこが勝機だ」

「分かった。師匠を信じるよ」


 リンムはそう言って、片手剣に手を伸ばした。


 とはいえ、居合の構えをするも――リンムはどこか落ち着かなかった。「師匠を信じる」とは言ったものの、本当にエルフの女将軍ジウクと、彼女にとり憑いた魔族を切り離すことが出来るのか?


 イナカーンの街の門前で王国の第四王子フーリンから呪詛だけを除いたときには、当のフーリン本人はほとんど動かなかった。その分、妖精も仕事がしやすかった。


 だが、今回、ジウクは一か所に留まっていない。法国の第七聖女ティナや詐術士のシイティ相手によく立ちまわっている。


 それに師匠のラナンシーは先ほど、「四人の小娘たちが――」と語った。


 現状、ジウクの相手をしているのはティナとシイティだけで、神聖騎士団長のスーシーやAランク冒険者のアルトゥはいまだに微動だにしていない……


「はてさて、俺はまだ何か見過ごしているのだろうか?」


 いかん。早く精神統一しなくては……


 と、リンムは焦るも――ちょうどそんなタイミングだった。


 キイーン、と。甲高い音がして、詐術士シイティの持っていた短剣ナイフが宙に弾かれたのだ。その隙を逃さずに、ジウクはシイティに向かって、魔剣で突き刺そうとした。


 その魔剣がいかにも好機と、凶悪な牙を剥き出しにする。


「さあ、まずは一匹! 喰らうぞ!」

「シイティ!」


 リンムは思わず叫んだ。


 が。


 すぐに「ん?」と目をしばたたいた。


 というのも、シイティがなぜか聖盾・・を取り出して魔剣による突きを防いだからだ。


 同時に、ティナが「どっせい!」と、さながらアルトゥみたいな口ぶりで聖杖――いや、双鋏の片割れをジウクの背後で縦に振り下ろした。


 その渾身の一撃をジウクは何とか横っ飛びで逃げる。


「ちい! まさか……こいつら!」

「してやられたな」


 魔剣とジウクの声が重なった。


 そう。二人はとうにめられていたのだ――シイティの詐術によって。


 最初に与えた攻撃で、魔剣が「たかが聖職者と魔術師如きが!」と罵ったことで、この場の真実は書き換えられていた。


 実は、さっきから魔剣とジウクに攻撃を繰り出していたのはAランク冒険者のアルトゥと神聖騎士団長のスーシーだったのだ。


 詐術士シイティの認識阻害でもって姿を変えて急襲して、魔剣が詐術に引っ掛かった時点で、何もかもが見事に入れ替わっていた。


 Aランク冒険者のアルトゥが第七聖女ティナに、また詐術士シイティが神聖騎士団長スーシーになったわけだ。道理で二人の攻撃が多彩で、何より連携もよく取れているはずだ。


 となると、肝心のティナとシイティはいったい何をやっていたのかというと――


 少しだけ離れた場所でティナは聖杖を天高く構えて、それを補佐するかのようにシイティは地に膝を突いてティナを支えていた。


「わざわざ魔力供給までしていただいて感謝しますわ」

「いいえ、どういたしまして。私だってあの耳長に問い詰めたいことが多々ありますから」

「たしかに。わたくしが正妻だというのに……」

「それについても甚だ疑問があるのですが! まあ、今は何だか不穏な自称妻とやらから先にやっちゃいましょうか」

「ええ。そうですわね。利害の一致というやつですわ。というわけで――耳長を拘束します!」


 直後だ。


 横っ飛びしたばかりの隙を突かれて、ジウクはその身を聖なる糸で縛られた。


「でかしたぞ! 聖女よ!」


 次いでラナンシーが声を上げて、「やれ」と妖精たちに命じた。


「ほいほーい」

「じゃ――」

「転移で一気に」

「すっげー、とばすよー」


 ジウクの周囲にわらわらと集まった妖精たちは『転移』の術式を発動させた。ジウクと魔剣を切り離したわけだ――その魔剣はというと、『妖精の森』の直上に飛ばされた。


 最早、豆粒ほど……いや砂粒ほどにしか見えない……


「い、いや……ちょっと待ってくれ。さすがにあそこまで俺の剣は届かんぞ」


 これには最後の止めを任されたリンムも困り果てるしかなかった。


 もっとも、リンムの後ろ髪にひっついてこの森まで一緒にやって来た妖精がひょっこりと頭頂部に顔を出すと、


「ほいじゃ。リンムもとばすよー」

「え?」


 ぞっとしない言葉だったが――


 気づいたときにはリンムは魔剣と一緒に超高高度に飛ばされていた。


 見下ろすとそこには親指の先ほどのイナカーンの街があった。『初心者の森』がせいぜいてのひらサイズだ。


 海岸線に沿って岩山を超えたところには帝国の港らしきものが見えたし……森からなだらかな丘を下って向かいにはオーラ・コンナーの地元のムラヤダ水郷、次いで領都だって視界に入った。遥か遠くで煌めいているのは……もしや王都だろうか。


 そんなふうにリンムにとっては驚きよりも、感嘆の方が勝ったわけだが――


 数メートルほど横には魔剣と魔力のもやのような存在があった。ジウクに黒鎧となってとり憑いていたものだ。


 さすがにリンムも超高高度の宙で自己制御するのにやや手間取ったものの、


「最後に聞きたい。貴殿は名のある魔族なのか?」

「はん。『嫉妬』の魔王レビヤタンだ。せいぜい覚えておけ――これから貴様を乗っ取って、直下にいる有象無象どもを殺す名だ」

「そうか。語り合う意味はなさそうだな。なぜ姉弟子に憑いたのか、聞き出したかったのだが――」


 リンムはそこで言葉を切って、魔剣ではなく、もや・・に向けて剣を一閃した。


 その瞬間、もやが一気に晴れて、一つの塊に収束すると、それは魔核の形を取って次には無数に切り刻まれていた。


 同時に、魔剣が「馬鹿な……貴様、本当に人族か?」と呟くと、その剣身はしだいに霧散していった。


 魔剣レビヤタンの本体は黒い鎧、もといもやの方だったのだ。


 リンムは「ふう」と小さく息をついた。


「亜人族や魔族だったら……関節の痛みや頭頂部の薄さに悩まされたりはしないよ」


 何にせよ、超高高度なので空気があまりに薄かった。リンムが思わず、手で口を覆ったほどだ。


 この宙でレビヤタンとやらと話し込まずに、むしろさっさと倒せたのは良かったかもしれない……


「さて――」


 リンムはまた困り顔になった。


 というのも、現状、脳天真っ逆さまに落ちているのだ。


 残念ながらリンムには風魔術の『浮遊』も使えなければ、竜種などの種族特性『飛行』も有していない。


「ううむ」


 リンムは腕を組みながら自由落下に身を任せるしかなかった。


 せめてここから海へと落ちることは出来ないかと無駄にかえる泳ぎを試してみたが、バランスを崩して、「あーれー」と、じたばたと落ちていくだけだった。


 そんな直下では、当然の如く、四人の女性たちがかしましく――喧嘩していた。


「あたいの双鋏でつまめば何とかなるってば。上手くやるよ!」

「駄目です。失敗したら、義父とうさんが切り刻まれてしまうでしょう? 私の聖盾で受け止めます。幸いに吸引が可能です」

「お姉様の聖盾で受け止めたら、魔力マナがごっそりと吸引ドレインされてしまいますわ。ただでさえ枯れ始めたお義父様がしわしわのおじいちゃんみたいになってしまいますわよ」

「だーかーらあ、わたくしのこの胸でぼいんと受け止めれば万事解決なのです!」


 というわけで、意見は一向にまとまる気配がなかった。


 もちろん、この間にもリンムは落下していて、地上までは最早、数秒といったところだ。


「ちい! 時間がねえよ! もういい! 鋏でつまむぞ!」

「いいえ、聖盾で受け止めます!」

「風魔術で何とかしますわ!」

「おじ様! この胸めがけて飛び込んできてくださーい!」


 結局、四人がわらわらと直下で慌てふためていたこともあって、どこからともなく、また・・――


「やれ」

「「「あいよー」」」


 という声が森内に響いた。


 魔族から切り離されたジウクの容体を看ていたラナンシーが妖精たちに命じたのだ。


 次の瞬間、リンムは湖の上に転移された。


 どぼん、と。派手な水飛沫を立てて、リンムは湖水に沈み、しばらくしてふっさふさのわかめを頭に乗せて湖上に出てきた。


 何だかこれまたどこかで見たことのある光景だ……


「親父!」

「義父さん!」

「お義父様!」

「おじ様!」


 四人が「はあ、よかった」と駆け寄っていく。


 当然、さっきまで口喧嘩していたことを知らないリンムからすれば、皆が力を合わせて助けてくれたとでも勘違いしたのか――


「いやあ、助かったよ。昔はあれだけまとまらなかったお前たちが力を合わせてくれるなんて……きっと、パイも喜ぶに違いない。ティナも本当にありがとう」


 リンムがそう言って感謝すると、四人は顔を見合わせた。


 それから、ラナンシーが何か言おうとしたので、全員が「きしゃー」と猫みたいな威嚇をしてその口を閉じさせてから、改めてリンムの胸に抱き着いた。


 リンムはきょとんとした顔つきになったが……何はともあれ、清々しい表情で言ったのだ。


「さあ、皆、イナカーンの街に帰ろうか」



―――――



ちょうど130話のキリのいいところで次章にいきたかったのですが、まえがきに「ほぼ終了」と記したように、川に流されたり逃げたりした魔族たちのその後と、怒らせると怖い第三聖女のエピソードがまだ残っています。


12月31日(日) 近況ノートで非限定SS「孤児院の大掃除」

1月1日(月) 新年一発目で上記エピソードの131話

1月5日(金) 新章の132話


といったスケジュールになります。『トマト畑』の三巻原稿が年内に脱稿すれば、年始に『おっさん』の非限定SSをアップ出来るかもしれません。


それでは年の瀬も差し迫ってきましたが、どうか良いお年をお過ごしくださいませ。

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