第129話 共闘(中盤)

 リンム・ゼロガードが「姉弟子のジウク・ナインエバーがいつ妻になったのか分からない」と言ったとたん、『妖精の森』には耐えがたいほどの沈黙が下りた……


 というのも、魔剣にとり憑かれた女将軍ジウクが無表情のまま微動だにしなくなったのだ。


 これにはその手にあった身の丈ほどの巨大な魔剣ですらも動揺したのか、


「お、おい……何か反応しろよ」


 と、注意を促した。


 すると、ジウクはわなわなと両頬を震わせ始めた。


 さっきまで言葉を喋るのも億劫だといったふうに超然としていたはずが――


 今度はたぎるような真紅の眼差しでもって、すがるかのようにリンムへと尋ねる。


「リリリ……リンムよ?」

「何だ?」

つい先日・・・・言ったはずだ。が夫にしてやる、と」


 もちろん、リンムは首を傾げた。全くもって記憶になかったせいだ。


 そもそも、エルフの女将軍ジウクと共に師匠の吸血鬼ラナンシーのもとで修業したのは二十年近くも前の話だ。


 長寿のエルフ種にとってはつい先日のように感じるのかもしれないが、人族のリンムにとっては遥か昔の出来事だ。


 というか、師匠ラナンシーの滅茶苦茶な修行で肉体と精神を虐め抜かれた記憶はまざまざと蘇ってくるのに……意外と当時の些細な会話はあまり思い出せない……


 年を取るのは嫌なものだなあと、リンムはやれやれと肩をすくめるしかなかった。


 そんな不遜な態度をジウクはついに見咎めたのか、


「まさか……忘れたとでもいうのか?」

「…………」

「あるいは、『忘却』などの精神異常にでも掛けられたとか? 貴様のことだ。何かしら厄介事に首を突っ込んで、記憶を封じられたか?」


 ジウクがまたすがるように問い掛けてきたので、リンムは「むう……」と眉間に皺を寄せた。


 いっそ精神異常とか記憶封じのせいにしてもよかった。


 事実、忘れたのは確かだ。ただ、リンムは性根が生真面目なので、何とか必死に思い出そうと努めた――


 そういえば、かつてジウクは修行中によく勝負を吹っかけてきた。


 誇り高いエルフ種なので、弟弟子おとうとでしで人族のリンムには負けられなかったのだろう……


 はたまた、そうやって競うことで、むしろ姉弟子としてコミュニケーションを取ろうとしてくれたのかもしれない……


 何にせよ、そんな過程で「もしジウクに勝つことが出来たならば――」という話が持ち上がって、リンムは剣技で彼女を打ち負かしたことが……たしかにあった。


「そうだ。やっと思い出した。俺が勝てたならば――姉弟子は嫁になってやる、とあのとき言っていたか」


 リンムは頭の片隅のさらに端っこの外れからやっとこさ言葉を絞り出した。


 ちなみに、ギリギリで何とか覚えていたのは、リンムの人生で唯一と言っていいプロポーズだったからだ。いやはや、何とも哀しい事実である。


 とはいっても、相手は美しいエルフ種だし……何より姉弟子だし……そもそも当時も帝国に所属していて王国の片田舎に住んでいたリンムとは遠距離だったし……


 結局のところ、勝負ごとでの他愛のない冗談だとリンムはみなしていた。


 それがまさかこうも本気だったとは……


 おかげでリンムが呆然としていると、今度はちくちくと嫌味ったらしく言ってきた。


「あれからずっと帝国で待っていたというのに……貴様は一度も現れなかった」

「い、いや……だって、帝国に用はなかったからなあ」

「私は定期的に、リンムはどうしているのやらと、師匠のもとに来ていたのに……」

「い、いや……だって、師匠にも取り立てて用はなかったし」


 リンムが困り顔で答えていると、そんな会話に割って入るかのように――


「今こそ、本妻パワー!」

「当然、婚約破棄ですわ!」


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルと王国のA※ランク冒険者のシイティ・オンズコンマンがそれぞれの武器を片手に女将軍ジウクに突っかかっていった。


「ちい! たかが聖職者と魔術師如きが!」


 不意を突かれた格好ではあったが、ジウクはそう罵って、二人に巨大な魔剣でもって応戦した。


 巨剣が牙を剥き出しにして、シイティの短剣をその牙で受け止めたので、ティナは聖杖を思い切り振り回してジウクを背後からぼこりにいく。


 さっきまで口喧嘩していたとは思えない、見事なコンビネーションだ。


 そんな本来は後衛たる二人の息の合った同時攻撃に対して、ジウクが忌々しそうに舌打ちをすると、魔剣がまた注意を促してきた。


「気をつけろ。こいつら、なかなかにやるぞ」

「言われるまでもない」


 ジウクは二人の連撃にしっかりと対応した。


 一方で、驚かされたのは――むしろ、傍らで見ていたリンムだった。


 同じ師匠のもとで鍛えられただけあって、ジウクの剣技の凄まじさはよく知っている。しかも、今のジウクは暗黒に染まった鎧を纏って、魔剣まで手にして、ラナンシーを圧倒したばかりだ。


 それなのに、たったさっき出会ったばかりのティナとシイティの多重攻撃は――


 意外なことに、ジウクを一方的に押し込み返した。


「まさか、そこまで動けるとは……」


 リンムは感嘆しつつ、ジウクの隙を突いて加勢しようとするも、下手に加わってティナたちのリズムを崩すのは愚策かもしれないと、むしろ神聖騎士団長スーシー・フォーサイトとAランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーに声を掛ける。


「俺は師匠を助けに行く。二人のことは頼んだぞ」


 リンムがそう言って、師匠のラナンシーのもとに駆け寄ると、さすがに不死性を持つ真祖直系の吸血鬼だけあって、ラナンシーはずいぶんと回復していた。


「しくじったよ。注意しろ、リンム。あの魔剣は戦っている相手の魔力マナを喰らう」

「それは……吸収するということか?」


 リンムはスーシーの聖盾による『魔力吸収マナドレイン』を思い出した。


「いや、違う。文字通りに削り取るんだ。いわば、魔力で成り立っているあたしたち魔族の天敵みたいなものだよ」

「では、逆に俺たち人族にはあまり効かないのでは?」

「そうとも言えん。ただの人族ならば、魔剣はともかく、今度はジウクに勝てん。長く生きているだけあって、彼奴きゃつの武芸は一種の芸術の域まで達している。ほら、見ろ。ついにまた押し返され始めたぞ」


 とはいっても、ティナも、シイティも、意外にしぶとかった。まさに一進一退だ。


 実際に、スーシーやアルトゥが援護にも追撃にも加担していないのに、二人だけで女将軍ジウクと互角の勝負を繰り広げているのだ。


 これには当然、リンムは眉をひそめた。


 シイティがどれだけ成長しているかは未知数だったが、少なくともティナは近接戦ではあそこまで動けないはずだ……


 となると、これには何か仕掛けがあるに違いない。


 そんなふうにリンムが長考したせいか、ラナンシーは補足してくれた――


「やれやれ。詐術とは……これまたけったいな闇魔術を持ち出してきたものだな」

「何かご存じなのですか?」

「あれはかつて魔女モタが開発したものだ。当時は悪戯程度だったがな」

「俺にはよく分からないのですが……つまり、現在、シイティは戦いながら詐術を使っていると?」

「そうだ。先ほど、魔剣はこう言った――こいつら、なかなかにやるぞ、とな。詐術は相手の言葉を真実に塗り替えたり、逆に打ち消したりする特殊なフィールドを作り出すことも出来る。おかげでジウクは自ら嵩増しした相手と戦わされる羽目になるっていう寸法さ」


 リンムは「ほう」と息をついた。


 詐術とは相手の本音を聞き出したり、意図せぬ言葉を引き出したりといったことが出来る程度といった認識だったが――まさか言ったことを真実に出来るとは。


 何にせよ、そうやってシイティは自らに強化バフを、逆にジウクに対して弱化デバフを掛けたわけか……


 もっとも、リンムはまだ納得しかねていた。幾ら嵩増しされたとはいっても、二人があまりによく・・動けているのだ。


 しかも、連携まで抜群だ。これはさすがに一朝一夕で身につくものではない。


 果たして詐術でそこまで都合よく出来るものだろうか?


 すると、リンムの肩を借りて立ち上がったラナンシーは「やれやれ」と肩をすくめてみせる。


「さて、あの四人の・・・小娘たちがわざわざ時間を作ってくれたんだ。今度はあたしの番だな」


 そう言って、ラナンシーは眷族ようせいたちに何かを命じたのだった。



―――――



世間はクリスマス一色になってきましたね。


近況ノートでも告知した通り、『トマト畑』は本日から三日連続投稿で「クリスマスデート」をお送りしているわけですが、『おっさん』では今後、12月24日(日)に「クリスマスプレゼント」を近況ノートに非限定SSとして掲載予定です。まだアルトゥやシイティたちが集合していない段階での最後のSSになります。


また、それに押し出される格好でズレて、次話の「共闘(終盤)」を29日(金)に、かつ年末年始をテーマにした孤児院出身四姉妹集合の新規SSを同時期に投稿予定です。


24日(日) 近況非限定SS「クリスマスプレゼント」

25日(月) 本編休載

29日(金) 本編「共闘(終盤)」

年末年始 近況非限定SS「四姉妹の大掃除(仮題)」


以上、スケジュールが普段と変わりますが、何卒よろしくお願いいたします。

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