第128話 共闘(序盤)

「家族以外の部外者がそれ以上、お義父とう様に馴れ馴れしくしないでくださるかしら?」


 王国のA※ランク冒険者のシイティ・オンズコンマンが「はん」と鼻を鳴らして牽制すれば、


「何よ。馬からわざわざ飛び降りて、わたくしの騎士に勝手に抱き着いてきたのはそちらでしょう?」


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルも「いーっ」と顔をしかめて、しっかりと抗議をする。


「私の……って何ですか? お義父様は貴女の物ではありません!」

そちら・・・の物でもないわ。それと私としてはスーシーや、受付のでかぱいや、あとそこの赤髪はまだしも……おじ様の嫁として、そちらについては義娘などと一切認めませんからね」

「はあ? 嫁ええ? 突然、何を言い出すのです? 頭でもトチ狂ったのですか!」

「ただの事実を述べただけよ。そちらはどうやら理解出来るおつむすら持っていないらしいですわね。お可哀想なこと……魔術学校の制服を着ていますけど、裏口入学でもしたんじゃないかしら?」

「何を! こうなったら貴女を本当に狂わしてや――うごももも」


 こうして事あるたびにシイティが詐術を仕掛けようとするので、羽交い絞めにしていた神聖騎士団長スーシー・フォーサイトはその口を塞いだ。


 同時に、ティナが呪詞返しの法術を展開しかけたので、こちらもそばにいたAランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーが「まあまあ、聖女さん。待ちなよ」と、いかにもやれやれといったふうにぽんと肩を叩いて制した。


 こんなふうに醜いキャットファイトの様相を呈していた二人の口論だったわけだが――


「じゃ、このまま飛ばすねー」


 と、妖精がリンム・ゼロガードだけでなく、リンムに直接かつ間接的に接触していた者たち全員を転移させたおかげで、さすがに皆が「はっ」となった。


 もっとも、『妖精の森』に転移させられたことに驚いたわけではない。


 むしろ、あまりに禍々しい魔力マナが転移先の森に満ち満ちていたことにおののいた。事実、ティナも、シイティも、すぐさまリンムから手を放して、臨戦態勢を取ったほどだ。


 そんなリンムたちからやや離れた場所には――二人の人物がいた。


 真祖直系の吸血鬼ラナンシーと、帝国の女将軍ことエルフのジウク・ナインエバーだ。


「ふう。やけに遅かったじゃないか、リンムよ」


 そう呟いたラナンシーはすでに襤褸々々ボロボロで、片膝を地に突いて、舟のかいに似た武器を杖代わりにしていた。


「そんな馬鹿な……師匠?」


 いかにも無様な敗北姿には、さすがにリンムも愕然とさせられた。


 リンムからすれば、ラナンシーはこの世界で最強の師であって、リンムですら傷一つ付けるのに苦労させられるほどの強者だ。


 それがこうも一方的にやられているとは何事かと――険しい目つきで相手に視線をやった。


「リ……ン……ム?」


 もっとも、ラナンシーを一方的にいたぶっていた者は、紛う方なく、かつての姉弟子ジウクだった。


 ただ、どうにも様子がおかしかった。以前の修行時代も常に板金鎧フルプレートを纏って、口ぶりや仕草も含めて、いかにも堅苦しい人物ではあったものの……


 今、その身に着けている鎧はドス黒い魔力マナまみれて、無数の剣が突き出ているといった異様な形状だ。しかも、ジウクが手にしているのは身の丈ほどの巨大な魔剣――意思を有しているかのように目と口まで有して、牙をあらわにしている。


「いったい……姉弟子に何があったというのだ?」


 リンムはそう呟いた。


 かつて共に同じ師のもとで剣技を競い合ったジウクには見えなかった。


 とはいえ、そのジウクはというと、ラナンシーなぞ最早どうでもいいといったふうに無視して、真紅に燃えたぎる両目でリンムを直視してから、


「そこに……いるのは……リンム……か?」


 と、問い掛けてきた。


 もっとも、そう尋ねてきたのはジウク本人ではなかった。牙を見せつけている魔剣の方だ。


 もしや、魔王アスモデウスのときみたいにこれまた物をかたどった魔族ではなかろうなと、リンムはわずかに眉をひそめるも……次の瞬間、ジウク本人がついに口を開いた。


「リンム……いや、我が夫よ」


 同時に、魔剣が剣先を舌舐めずりしながら囁く。


「貴様を喰らうぞ」


 リンムはすぐさま片手剣を構えた。


 間違いないだろう。剣型の魔族で確定だ。理由は分からないが、おそらくジウクは乗っ取られているに違いない……


 はてさて、どうすればジウクを助けられるのか……というか、師匠をここまで追い詰めた相手にどうやって勝ち筋を見つけるべきか……さすがのリンムも顔を険しくして、どう戦うべきか考えあぐねた。最悪、逃げることを優先した方がいいのかもしれない。


 が。


「今、夫と……しかも、喰らうぞとも、言いましたよね?」

「ええ。わたくしだってまだおじ様の身をろくにむさぼっていないのに」


 さっきまで喧嘩していたはずのシイティとティナが言葉を重ねた。


 さらに、全く同じタイミングで二人ともその一歩を踏み出して、互いに武器を取り出した。シイティは短剣で、ティナは聖杖だ。同時に、今度はアルトゥがスーシーに尋ねる――


「なあ、糞姉よ」

「何ですか?」

「魔族が二人いるようだが、何か知っているかい?」

「魔剣を手にしているエルフらしき人物については知りません。そのそばにいる吸血鬼は義父とうさんの師匠に当たる方です。魔族ではありますが……一応は敵ではありません」

「へえ。やっぱりそうか。じゃあ、あれが話に聞いていたラナンシーさんってわけか。襤褸々々だが、たしかに凄まじい存在だな」

「はい。せいぜい気をつけなさい。ラナンシー殿をあれほど苦しめたのですから、あの魔剣使いのエルフは相当な実力者です」

「守ってくれるんだろ?」

「では、攻撃は任せました」


 スーシーはそう言って、聖盾を取り出した。アルトゥも双鋏を構える。


 最後に、リンムは一歩、二歩と前に進み出た。そして、いかにも冴えない顔つきでぽりぽりと頬を掻いた。


 強大な相手を前に全く怯む様子を見せないティナと娘たちと比べて、どう逃げるかとまで考えていた自分がいかにも年老いたように感じられたせいだ。


 リンムは「はあ」と小さく息を吐いてから魔剣にとり憑かれたジウクを睨みつけた。


「姉弟子がいつ妻になったのか……俺にはさっぱりと分からないが、とにもかくにもこれ以上、師匠に手を出すな。事情はよく知らないが、容赦はしない」

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