第127話 一堂――、飛ばされる

 近衛の老騎士ローヤル・リミッツブレイキンは第四王子フーリン・ファースティルの「赦す」という言葉を受け、


「ありがたき幸せ」


 と静かに応じてから、ふとそういえば――と、周囲に改めて視線をやった。


 近衛騎士イヤデス・ドクマワールが連れてきた家人たちはすでに捕えられたが、イナカーンの街の門前まで付いてきた者たちはいったいどうしたのかと気になったのだ。


 もしかしたら、その騎士たちの中にもイヤデスの手の者がまだ紛れ込んでいるかもしれない……


 第四王子フーリンの騎士として新たに誓いを立てた以上、もう失態は許されなかった。


 もっとも、他の近習たちはというと、腰を下ろしていたり、四つん這いになっていたり、あるいは大の字になったりしていて、上司のローヤルが到着したというのに報告にも来られないほど疲労困憊していた……


「やれやれ……世話の焼ける連中じゃな」


 これには老騎士ローヤルも、「はあ」とため息をつくしかなかった。


 とはいえ、近習たちを叱責するのも酷と言うものだろう。そもそも、近衛騎士のほとんどは儀仗兵おかざりに過ぎない。家格ばかり高い貴族子弟で構成されていて、戦場に出た経験のない者たちだ。


 実際に、第四王子フーリンの近習も見目と身分だけはやたらと良いものの、肝心のローヤルとイヤデスを除けば、イナカーンの街の衛士にすら勝てない者しかいない。


 というか、それなりに戦える者は全員、ドクマワール伯爵家の家人たちが扮していたので、今はこぞってここから離れた広場の物置内に放り込まれている。


 そんなわけでローヤルは若い騎士たちに不審な点がないかどうか、わずかな隙も見逃さないように距離を置いて探っていたら――


 突然、


「認めませんわ! お姉様たちは本当にそれでよろしいのですか?」


 と、王国のA※ランク冒険者こと詐術士シイティ・オンズコンマンの悲鳴に近い声が上がった。


 再度、老騎士ローヤルは先ほどの小汚いおっさん、もとい第四王子フーリンが「憧れている」と語った冒険者の方に視線をやった。


 そして、九十度ほども首を傾げた。というのも、その者の周りにいた女性四人があまりにも可笑し・・・かったせいだ。


 おかげで肝心の冒険者のおっさんの存在が霞んでしまった……


「ふむ。道すがらシイティ殿から聞かされてきたが……とりあえず、女子おなごたちの中心にいるのがくだんの義父殿なのじゃろうな」


 事実、イナカーンの街まで馬で駆けながら、詐術士シイティは「義父に会いに行く」と幾度も語っていた。


 もっとも、「いったいどんな人物なのじゃ?」と、老騎士ローヤルが話を向けてみても、なぜか出てくるのはのろけ話・・・・ばかりだった。


 おかげで、「これは相当な父親依存ファザコンじゃな」と思ったものだが……


 そうはいっても、話し相手があまり信頼の置けない詐術士とあって、ローヤルも聞き流してきた。そんなシイティが悲鳴を上げながら突っかかっているのが――


「相手は義姉ではなく……法国の第七聖女様か?」


 聖衣は纏っていなかったものの、王国の侯爵家出身のティナ・セプタオラクルは第四王子フーリンの婚約者だったので、老騎士ローヤルもすぐに思い出せた。


 さすがに数年も経って、幾分かお淑やかに――もとい、どこかしたたかに、いや神学校に通ったはずなのにやけに世俗的に、いやいや何だかどこぞの立派な悪役令嬢みたいに変貌していたが、


「ふむん。さっきからそばにいる神聖騎士団長があの女子のことを、ティナ、と幾度も呼んでいることから――やはり聖女様で間違いなさそうじゃな」


 老騎士ローヤルはそう呟いて、「はあ」とまたため息をついた。


 そもそも、法国の聖女にろくな者がいないことを、王国の王族に長らく仕えてきたローヤルはよく知っていた。


 実際に、聖女というのは名ばかりで、戦乙女とか、何なら女傑とか女豪とか、はたまた女山賊などと呼んだ方が適当な強者ばかりだ。


 今代の聖女たちの中では『世界の光源』と謳われる第一聖女ぐらいしかまともな者はいない……


 その線からいくと、ティナもそんな聖女っぽさをものの見事に引き継いだと言っていい。


「はてさて、シイティ殿と聖女様はいったい何をもめているのやら?」


 老騎士ローヤルは改めて注視した。


 どうやらシイティが詐術の呪詞を発動させようとするたびに、神聖騎士団長スーシー・フォーサイトがその口を押えて、「むー!」と無力化している。


 いやはや、さすがは『王国の盾』といったところか……


 下手な喧嘩にでもなって、王国と法国と揉めることになったらことなので、ここは頑張ってもらわねばと、ローヤルはこっそりとエールを送った。


「ともあれ、神聖騎士団長には後で挨拶にいかんとな」


 ローヤルはそう呟いて、今度はティナの背後にいる人物に視線をやった。


「何とまあ……あれはAランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーではないか」


 こんな田舎街の門前にどれだけの大物が集まっているのかと、ローヤルも呆れるしかなかった。


 そのアルトゥはというと、「まあまあ」と言いながら、こちらはこちらでティナが事あるごとに「がるる」と、シイティに噛みつこうとするたびに両肩を押さえつけている。


 さっきからシイティのことを糞妹、またスーシーのことを糞姉と呼んでいることから――


「なるほど……あの三人が姉妹関係なのじゃろうな」


 と、納得するほかなかった。


 道中、シイティから義理の姉たちの存在についても耳にしていたが、義父とは違って仲がよろしくないのか、こちらは罵倒以外の情報を引き出せなかった。


 何にせよ、神聖騎士団長スーシー、王国の現役Aランク冒険者アルトゥ、そして『国家転覆の詐欺師』ことシイティが三姉妹なのだとしたら――


「いやはや、とんでもない一家じゃ。絶対に近所付き合いしたくないぞ。というか……義理の娘たちとはいえ、あんな女子たちを育てた御仁とはいったい?」


 さっきからシイティとティナの間で大岡裁きの子供の争いみたいに両腕を引っ張られて、「痛い……いたっ、いたっ」と、ほとほと困った顔をしている情けないおっさんに目をやって、老騎士ローヤルは「ほうほう」と感嘆の声を上げた。


 なるほど……第四王子フーリンが「目指したい」などと語るはずだ。


 その隙のないたたずまいだけで、相当な武人だと分かる。それに魔術師でもないのに魔力マナを静かな闘気として見事に纏っている。あれだけの境地に立つには相当な鍛錬が必要だ。


 ローヤルが老いていなければ、すぐにでも手合わせしたいほどだったが……何にせよ、まさかこんな辺境にこれほどの御仁がいるとは……


「世界とはほんに狭いものじゃのう。弟子のジャスティ・ライトセイバーを王国最強にと育てたつもりじゃったが……また鍛え直さんといかんかもしれんな」


 ともあれ、そんなおっさんには――明らかに女難の相が出ていた。


 老騎士ローヤルが近衛として王城で務めるにあたって、唯一身につけた処世術こと人相見がはっきりとそう告げていた。


 男四十にして惑わずと言うが、あれではずいぶんと苦労してきたようじゃなと、ローヤルは再度、エールを送った。


 さて、当のおっさんことリンム・ゼロガードはというと、離れて暮らしていた娘たちに久しぶりに会ったのはうれしかったものの……


「勘弁してくれ……俺はお前たちの玩具じゃないんだぞ」


 と、さっきから引っ張られている状況に辟易していた。


 誰か助けてくれと周囲に視線をやるも、肝心のスーシーはシイティを抑えるのに精一杯だし……アルトゥは何だか面白がっているし……やや遠くにいる女司祭マリア・プリエステスは我関せずを貫いている。


 むしろ、マリアは子供たちに「見てはいけません」とその目を塞いでいるくらいだ。


 こういうときこそ、長女のパイ・トレランスの一喝で助かるものなのだが……肝心のパイはこの場にはいない。


 住民たちの避難を手伝っていたはずだから、当然と言えば当然か。もっとも、そんなリンムにやっと助け舟を出す者がいた――


「ねえねえ、リンム?」


 その者はどこからか、ふらりと声を掛けてきた。


「その声は……もしや?」

「もしかして忘れてない?」

「そうだった……急いで師匠のもとに駆けつけなければいけなかったのだな」


 リンムは宙へと視線をやった。その者はにこりと笑みを浮かべる。


「そゆことー」

「じゃあ、この状況から助け出してくれないか?」

「いいよー」

「いやあ、本当に助かったよ」


 リンムが応じると、その者こと妖精は――いかにも無邪気に・・・・告げた。


「じゃ、このまま飛ばすねー」

「……え?」


 直後だ。


 リンムと女性四人はイナカーンの街の門前から忽然と姿を消した。転移によって、『妖精の森』へと飛ばされてしまったのだ。


 これには老騎士ローヤルも驚かされたものだが……何にせよ、そこでリンムにさらなる女難が待ち受けていることなど、さすがのローヤルをもってしてもこのときはまだ予見出来るはずもなかった。

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