第125話 一堂に会する
「むう、おじ様……そんなやつを助ける義理など、これっぽっちもございませんでしたのに」
法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルはいかにも不満そうに下唇を突き出した。
さらに、人差し指と親指をくっつけて「これっぽっち」を強調してみせるも……
意外なことに、当の王国の第四王子フーリン・ファースティルはというと、
「たしかにその通りかもな。俺にはその価値なぞ、ろくになかったやもしれん」
そんなふうに自嘲してみせた。
どうやら頼りにしていた
以前ならばまず見られなかった殊勝な態度に――ティナは気味でも悪くなったのか、リンム・ゼロガードの背中にそそくさと隠れる。
もっとも、フーリンはそんなティナの不遜な行動に腹も立てずに、片頬をぽりぽりと掻きながらリンムへと向き合った。
「助けてもらったことについて、まずは礼を述べたい」
第四王子フーリンはそう言って、ぎこちなく頭を下げた。
これにはフーリンのことをよく知る近習たちだけでなく、領都で散々偉ぶった姿を見てきた領主やその騎士たち、果ては王城で肩をいからせて歩く
「ええええっ!」
と驚きの声を上げ、むしろ別の呪術でも掛かっているのではないかと疑ったほどだった。
この一幕を見るだけでも、いかにこれまでフーリンが横柄な態度で過ごしてきたか分かるというものである。
とはいえ、そんな過去のフーリンをよく知らないリンムはというと、
「なあに、当然のことをしたまでだ。たまたま真下にいて良かったよ」
それだけ言って、にこりと笑ってみせた。
フーリンの自嘲含みの笑みにはどこか夜の三日月のような冷たさがあったが、リンムのそれはまるで昼の日のように温かかった。
そんな
「名前を聞いてもいいだろうか?」
「俺か? リンムだ――リンム・ゼロガード。この街の冒険者さ」
第四王子フーリンはそこで「はっ」となった。
近衛騎士イヤデス・ドクマワールから
イヤデス曰く、若き聖女の肉体を
「なるほどな。やはり……全て嘘だったということか」
フーリンはどこか遠い目をしながらそう呟いた。
すると、ティナがリンムの背中からひょいと顔を出してフーリンに声を掛ける。
「やっと気づいたの? では、私を王都に連れ帰る件はもうよろしいのですよね?」
「あ、ああ……俺としては別に構わないんだが……」
「何よ。歯切れが悪いですわね」
「つまり、王国的には問題ないが……法国的にどうなのか、俺には判断がつかない」
そんな曖昧な答えにティナは「むう?」と首を傾げた。
もっとも、「なるほど。そういうことですか」と、話を聞いていた神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトが割って入って、いったんフーリンの前で
「法国の異端審問官が第七聖女ティナ様の引き渡しを求めてここまで来ていた以上、
「その通りだ、神聖騎士団長殿」
「でもよお――」
と、今度はすぐ横で
こちらは傍若無人な現役のAランクとあって、たとえ王族を前にしても
「その異端審問官だっけ? そいつは魔族だったんだろ。まさかとは思うが……法国まで帝国みたいに魔族をこっそり受け入れてるってわけか?」
そんなアルトゥの不遜な態度に、スーシーもさすがに眉をひそめた。
「アルトゥ。第四王子様の御前よ。さすがに無礼に過ぎるわ」
「何だよ……糞姉がよお」
さっきは咄嗟に「姉さん」と叫んだのに、今ではけろりと態度をもとに戻すのだから、どれだけ王都で二人がいがみ合っていたか、よく分かるというものだ……
ただ、この場には義父のリンムがいたこともあって、アルトゥはすかさずぽこりと、リンムに頭を小突かれた。
「糞……と、また言ったのか?」
「いいい言ってねえよ。聞き間違いだよ。オヤジも年をとって、耳が遠くなったんじゃねえか?」
「いや、今度こそ言っていたよな?」
リンムが周囲に聞くと、フーリンも含めてその場にいた全員が「うんうん」と肯いた。
「ああ、こんちくしょう! 別にいいだろ。今さら、姉さん、とかこっぱずかしくて言えねえよ」
アルトゥが子供みたいに
何にせよ、女司祭マリア・プリエステスの話によると、じきに第三聖女のサンスリィ・トリオミラクルムが来るから、そこで確認すればいいということで、この場はお開きになった――
領主やその騎士たちはせっかくここまで来たので、視察ぐらいして、明日の午前中に帰ることになった。
また、第四王子フーリンもその際に近衛や一部の神聖騎士と共に王都に戻ることにした。
とはいえ、フーリンはどうやらまだイナカーンの街に滞在したいようで……ティナが狙いかと思いきや、意外なことに――
「貴方を師父として色々と教わりたいのだ」
と、リンムに頭をまた下げてきた。
これにはリンムもさすがに面喰った。何せ、眼前の若者は第四王子だ。
リンムとはあまりに身分が違う上に、その身を助けたこともあって、いまだに王子だと認識出来ずにいたわけだが……
こうして色々と落ち着いてくると、初めてそのことについて考えざるを得なくなってくる――
もしや自分はかなり不敬を働いてきたのではないか?
と、背中とシャツが張り付くぐらいに冷や汗がたらたら垂れてきたのだ。
そもそも、先ほどだって神聖騎士団長にまで出世したスーシーが跪いたほどだ。
アルトゥは胡座だったし、ティナも敬していなかったしで、リンムもつい突っ立ったままだったが――
不敬罪でしょっぴかれたらどうしようか?
と、リンムはいかにも小者らしく、ちらちらと衛士や騎士たちに視線をやった。
それなのに肝心のフーリンがリンムを「師父」と呼んできた。おかけでリンムも、すぐには返事が出来ず、ぽかんとするしかなかった……
もっとも、そんなタイミングだった。
ぱから、ぱから、と。
穀倉地帯に伸びる一本道から馬の足音が響いた――そう。ついに老騎士ローヤル・リミッツブレイキンと、詐術士シイティ・オンズコンマンがついに到着したのだ。
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