第124話 二度目の奇跡

「お、じ、さ、ま?」


 まさかの王国の第四王子フーリン・ファースティルの乙女ちっくな反応に対して――


 むしろ、急な悪寒に襲われたのは法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルだった。


 この糞野郎フーリンは今ここで滅殺しなくてはいけませんわと、ティナはそんな予見を抱いたのだ。


 嘘か真か……法国の第二聖女は『星詠みの巫女』と謳われて、未来視のスキルがあると喧伝されているが……


 何とまあ、天才もとい『天災』のティナも危うく、今この瞬間にそんな驚天動地の能力を得てしまうところだった。


 もちろん、ティナにそんな才を与えたら、ろくなことにならないのは明白だ。


 だからこそ、世界とか、超越者とか、全知全能だとか、まあ、そこらへんの何かしらも間一髪で気づいたのか……


 ティナが天啓によってぽわわんとスキルを得る直前に――


「とりあえず、まずは降ろすとしようか」


 リンム・ゼロガードがたまたま、遮るかのように第四王子フーリンへと声を掛けた。


 もっとも、リンムはフーリンをその場に立たせようとしたが、情けないことにフーリンは腰砕けだった。


「おや、厳しいかね?」


 リンムはすかさず纏っていたマントを大地に敷いて、フーリンをそこに座らせてあげた。


 いつものフーリンだったなら、「ふん!」と小鼻を鳴らして、さも当然だとばかりの横柄さだっただろう。


 何なら、リンムのマントが汚いと罵ったやもしれない……


 だが、今のフーリンはどこか憑き物が取れたみたいで、しかもリンムを慕い始めていたとあって、


「これは……申し訳ない。助かる」


 と、素直に頭をぺこりと下げてみせた。


 そんな殊勝な態度に――ティナはというと、握っていた拳を緩めるしかなかった。


 殴ろうとしていた相手は一応、宙から無様に落ちてきたばかりだし、リンムにもきちんと礼を言えたし、そのリンムが親切心を発揮したばかりとあって、この場で・・・・殴るのは止めようと考え直したわけだ。


 もちろん、いずれは闇に乗じて辻斬りならぬ辻殴りでもする所存である……


 それはさておき、そんなティナの心の機微には全く気づかずに、リンムはフーリンへとまた声を掛ける。


「繰り返し尋ねるが……本当に大丈夫かね?」

「あ……ああ。何ら問題……ない」


 第四王子フーリンはそう答えたものの、ふと違和感を覚えた。


 そして、「はっ」と真っ青になった。


 仮面で覆われていたはずの右半分の視界がやけに明確だったせいだ。


 おそらく風魔術の『浮遊フロート』で宙に飛ばされたとき、仮面が外れてしまったに違いない……


「ば、馬鹿な?」


 これにはフーリンも、その醜さを隠そうと、すぐに両手で顔半分を覆った。


「いったいどうしたのかね?」


 ただ、リンムにはその理由がいまいちよく分からなかった。


 そもそも、フーリンがティナに殴られたことで、その顔を歪めてしまったことなど、田舎者のリンムは知らなかったものだから、


「もしや……その顔は?」


 などと、不作法にも尋ねてしまった。


 これまでのフーリンだったならば、この時点で即刻、「この小汚いおっさんをさっさと打ち首にせよ!」と、近習たちに怒鳴りつけていたところだろう。


 ところが、今のフーリンはリンムにやさしさと強さを見出していたので……かえってそんな憧れの人に醜い顔を晒してしまったと、またもや乙女ちっくに、


「う、ううう……こ、これは違うのだ。頼む、後生だ。見ないでくれ」


 と、弱々しく涙を浮かべてみせた。


 勘違いとはいつだって一方通行なもので、リンムは当然こう解釈した――


 どうやら先ほどの呪詞の影響で顔をひどく歪められてしまったのかもしれない、と。


 それに、よく見れば女性のように美しい人だ。いかにも可哀そうではないか……何とかしてあげたいな、とも。


「なあ、ティナ?」

「はい?」

「彼をすぐに治してあげてほしいのだが?」


 当然、ティナはすげー嫌な顔をした。


 昨晩、オーラ・コンナーのかしっを顔面に喰らったときよりも酷い表情だ。


 そもそも、ティナからすればフーリンなぞ、畑の畦道の端に棄ててある肥やしうんこみたいなものだ。


 きれいにしてあげる義理など、これっぽっちも、微塵も、欠片すらも持ち合わせていなかった。


 が。


 さっきからリンムが何かを期待して、じいっと見つめてくる……


 ティナに聖女としての慈愛をはっきりと求めてくる……


 そのつぶらな瞳はさながら、子犬のようないじらしさだ。


 はてさて、ここ最近、リンムがこれほどまでにティナに対して何かをおねだり・・・・してきたことがあっただろうか――


 いや、ありませんわ!


 と、ティナはその事実に気づいて、嫌々ながらではあったものの、


「仕方ないですわ。これ、一回ぽっきりですからね」


 そう言って、フーリンに『完全回復』を掛けてあげたのだ。


 そもそも、フーリンの顔半分はもともと、当時ティナの未完成だった『天地開闢六道瞬ぐーぱん獄波』によって歪められたものだ。


 当然のように歪みに付着していた強力な魔力マナ残滓ざんしとの相性もよく、きれいさっぱり、ものの見事に治っていった。


 ティナからすれば、朝飯前のことでしかない。


 だが、フーリンも、近習たちも、そうは受け止めなかったようだ。


「そ、そ、そ、そんな馬鹿な……こんな奇跡があっていいものか!」


 それこそフーリンにとっては驚天動地の事態だった。


 というのも、ティナにぐーで殴られて以降、高名な薬師、法術士や聖職者に秘かに声を掛けて、幾度も治療にあたったものの、全くもって治すことが出来なかったのだ。


 おかげでフーリンの性格はさらに歪み、また王族たちからも見捨てられてしまった……


 さらにはティナに逆恨みして、こうしてイナカーンの街まで追いかけて、罠にかけようとしたほどだ。


 それが今、リンムの鶴の一声とティナの法術によって完治してしまった。


「ティ、ティナよ……俺が悪かった」


 フーリンはよろめきつつも立ち上がると、号泣を堪えきれずにティナに抱き着こうとした。


 もちろん、ティナにとっては迷惑そのものセクハラでしかなかったので、こっちに来んなとばかりに、ドンッと突き飛ばした。


「う、お、おおお……」


 フーリンは崩れかけたが――そこをリンムが「よいしょ」とすぐに支えてあげた。


「おじさま……」


 実のところ、フーリンは涙を隠す為に誰かの胸を借りたかっただけなので、今度こそリンムの胸の中で泣き崩れた。


 ティナからすれば、「な、何にいい!」と、まさに大惨事だったわけだが――


 何にせよ、この日、誰に聞いても馬鹿と蔑まされて、事実、これまでそのように振舞ってきた一人の王子が改心した。


 このとき、イナカーンの街の門前にいた誰もが、その後にフーリンが聖王・・とまで謳われて、立派に、かつ着実に成長していくさまをまだ知らない。


 そのそばには一人のおっさんと、まるで聖王を敵視するかのような聖女がいたとも伝えられているのだが……


 少なくとも、奇跡は今――たしかに起こったのだ。



―――――



一度目の「奇跡」は第四十話のわりとどうでもいいものでしたが、今話のものは……やっぱり前話の流れでどうでもいいものだったかもしれません。

というか、スグデス・ヤーナヤーツといい、フン・ゴールデンフィッシュといい、今回のフーリンといい、憎まれ役にばかり奇跡は起こるものなのですね。やれやれです。

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