第122話 小さき者

「あべしいいいいいいいいいい!」


 と、第四王子フーリン・ファースティルの絶叫が響いたとき、咄嗟に動けたのは――


 わずか六人・・しかいなかった。


 まず、一人目――リンム・ゼロガードはすぐさま法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルの肩を掴み、強引にリンム自身の背後に回した。


「きゃ! え? ……おじ様!」

「いいから、後ろで丸まっているんだ!」


 人壁になるつもりだと、ティナもすぐに気づいた。


 とはいえ、今のティナに『聖防御陣』を即座に展開するだけの余力はさすがになかった……


 一方で、リンムはというと、ほとほと困り顔だった。先ほどの戦いも含めて、今日はこんな展開ばかりだ。


 眼前にいる第四王子フーリンから生じた無数の呪詞――『高熱圧縮爆発フレアバースト』とやらは間違いなく、リンムを襤褸々々ボロボロにするだろう。


 はてさて、ティナの『蘇生リザレクション』は肉体がたとえ散りぢりになっても効果があるのだろうか……


 と、リンムは苦笑しつつも、最期に孤児院の子供たちに何一つ言葉を遺せないことを悔やんだ。


「どんな道を歩むにしても……家族を大切にするんだぞ」




 次に、咄嗟に反応した二人目は――そんな呟きを耳にした、家族の一人でもある、王国のAランク冒険者アルトゥ・ダブルシーカーだ。


 リンム同様に、第四王子フーリンの身から呪詞が蠢き出すのを目の当たりにして、さすがに生きた心地がしなかった。


「ちい! あれは……マズい!」


 もっとも、アルトゥは先ほどのダメージがまだ残っていて、ろくに動けなかった。


 今のアルトゥにせいぜい出来ることといったら……双鋏を盾のように地面に突き差して、その場に縮こまることぐらいだった。


「情けねえ!」


 アルトゥは悔し紛れに地面を叩き、久しぶりに無力感を味わった。




 三人目は少しだけ離れたところにいた。女司祭のマリア・プリエステスだ。


 門前から顔を出して事態をうかがっている子供たちに気づいて、「こーら!」と叱りに向かっている最中だった。


 そんなタイミングで怒声が聞こえてきたものだから――


「危ないから……街の中に入りなさい! 早くっ!」


 と、子供たちに駆け寄って、遅れた子たちを抱き締めると、リンム同様にその背を晒して「神よ」と祈ることしか出来なかった。




 一方で、『初心者の森』から出てきたばかりの面々に焦点を当てると――


 まず、公国のBランク冒険者ことドウセ・カテナイネンは、


「は?」


 と、呆けた声を上げるだけだった。


 逆に、こちらの面子の中で咄嗟の判断が出来たのは――四人目、神聖騎士団の副団長イケオディ・マクスキャリバーだ。


「閣下、危ない!」


 イケオディはそう叫んで、聖盾でもってドウセを守ろうとした。


 叩き上げの安定志向のはずのイケオディがその身をもって庇うほどに、ドウセは重要な人物だった。


 同時に、五人目――そんな二人のそばにいたダークエルフの錬成士チャルも、最初に呪術に気づいただけあって、すでに魔術を展開していた。


 風魔術の『浮遊フロート』だ。第四王子フーリンを上空に吹っ飛ばして、宙で爆発させようとしたのだ。


「だが……上手くいくのか?」


 チャルにとっての懸念は、『高熱圧縮爆発フレタバースト』の火力や風圧がどれほどの範囲に被害を及ばすのか、判断しかねる点にあった。


 高度な認識阻害によって、術式の読み取りが困難になっていたせいだ。


 逆に言えば、さほどの呪詞を展開させているわけだから、


「下手したら……街が半分ほど消えてもおかしくないかもしれないな」


 と、チャルは口の端を歪めた。


 たとえ第四王子フーリンを宙に上げたとしても、チャルだって巻き込まれかねない。


「いっそ、見捨てて……森に逃げるか?」


 たしかに樹々に隠れれば、多少はマシなはずだ。


 そもそも、ダークエルフのチャルにとって人族や彼らの街なぞ、守ってやる義理もへったくれもないのだ。


「くうっ!」


 ただ、チャルは呻きつつも、不思議なことに逃げるという選択をしなかった。


 どうやらリンムと一緒にいるうちにずいぶんとお人好しの影響を受けてしまったようだ。


 いや、むしろ本土にいたときのチャルに戻ったと言うべきかもしれない……


「いやはや、これはオーラだけでなく、リンムにも大きな貸し一つだな」


 チャルはそう呟いて、風魔術を放ったのだった。


「飛んでいけえええええっ!」




 こうしてリンムがその背にティナを隠し……またアルトゥが双鋏で自身を守って……マリアは子供たちを覆い、イケオディもドウセを庇って……


 さらにチャルが風魔術で第四王子フーリンを宙に飛ばそうとした――


 その瞬間だ。


 最後の六人目が進み出てきた。


「さよなら、義父とうさん……それにティナ。今まで本当にありがとう」


 神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトはそう告げて、第四王子フーリンのもとに飛び込んだ。


 共にチャルの風魔術で打ち上げられたのだ。


 しかも、宙で姿勢を維持しながら、直下と街に被害が出ないようにと、聖盾を二つ構えた。


 呪詞はもう暴発寸前で、幾ら聖盾があったとしても、スーシー自身は助かりようもないだろう……


「スーシー!」

「何やってんのよ!」

「まさか……ね、姉さん・・・!」


 リンム、ティナとアルトゥが同時に叫ぶも――


 スーシーは毅然として、しかしながら笑みを浮かべてみせた。


 次いでやって来たのは、ただ、ただ、何もかもを吹き飛ばし、壊し、焦がし、燃やし尽くすほどの業火の爆風……


 ……

 …………

 ……………………


 のはずだったのだが……


 意外なことに、爆発はなかなか生じなかった。


 さらに言うと、第四王子フーリンも、スーシーも、しばらく宙にぽわんと浮かんだままだ。


「は? ひで……ぶ?」

「これって……もしかして?」


 もっとも、このときスーシーはすぐに気づいた。


 肩に何か小さな者・・・・が乗っかっていたのだ――実は、その者はついさっきまでの騒動をリンムのそばでぼんやりと眺めていた。


 そして、いかにもつまらなそうに「ふわあ」と欠伸あくびをしつつ、ふわふわと横になって浮いていたら……いきなり風魔術に巻き込まれた。


「わ、うわわ!」


 と、咄嗟にスーシーの肩にしがみついたはいいものの――


「な、なんか……すぐそばにおっかない呪詞があるんだけど? どゆこと?」


 やたらと危険な術式が起動していたので、その者はとりあえず第四王子フーリンの魔力マナ経路に介入して一時的に止めてみせた。


 もちろん、こんな芸当は人族や亜人族には出来ない。魔族とて到底無理だろう。


 その者が魔力マナそのもの――あるいは魔力が具現化した者だったからこそ、可能と言える。


 一方で、スーシーはというと、そんな小さき存在に声を掛けた。


「ええと……妖精さん・・・・?」

「ん? どったのー?」

「もしかして……この呪詞を抑え込んでくれている?」

「うん。だって、こいつがドーンしたら、ぼくだってドーンだもん」

「だったら、もしかして……この呪詞による爆発も収めることが出来る?」

「んー。むりかなー。けすことはできないー」

「そっか……ダメかあ」

「でもでもー。呪詞と術式だけぬきとって、さらにたかくとばすことならできるよー。で、ずっと上でドーン!」

「それ。やって! お願い、今すぐ!」


 鬼気迫るスーシーの表情に圧される格好で――


 妖精は第四王子フーリンから器用に呪詞と術式を抜いて、呪術こと『高熱圧縮爆発』だけ宙高く――正確にいえば成層圏まで飛ばして爆散させた。


 直下にいた者たちにとっては、雲に大きな穴が開いたくらいしか分からなかった。


 とにもかくにも、何の因果か……リンムの毛をむしる為についてきた妖精によって、イナカーンの街は救われたのだ。



―――――



次回、作者の私が言うのも何ですが……驚愕の展開が待ち受けています。タイトルは「お姫様抱っこする」です。

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