第121話 接触する

第107話「錬成士は重要な役割を担う」以来の登場になりますが……忘れられかけていたはずのキャラクターがやっと大事な役割でもって舞台にまた上がります。

これから色々と活躍するはず・・なので、生温かい目で応援してあげてください!



―――――



「なあ? もしかして、ここは……『初心者の森』の入口広場なんじゃねえのか?」


 公国の・・・Bランク冒険者ことドウセ・カテナイネンは呆気に取られていた。


 ムラヤダ水郷の門前でほとんど拉致されるようにして、ダークエルフの錬成士チャルに首根っこを掴まれて、浮遊する板に乗せられてここまでやって来た。


 ともあれ、人生ほぼ四十年……


 その中でも最も酷い扱いを受けたものだと、ドウセは目を細めて回想した――


 まずはムラヤダ水郷より少し離れた丘上にずるずると引きずられて、そこの小岩に向けてぽいと投げつけられた。


「あ、危ねえっ!」


 と、ぶつかって怪我をするかと思いきや、


「……え? あれ? あれれえ?」


 どうやらその岩には認識阻害か封印でも掛かっていたらしく、ドウセは秘されていた扉を通り抜けたはいいものの、


「ぎゃ! てか、痛えっ! いたいた! 死ぬ!」


 無防備に階段を転げ落ちていって、早速、全身打撲となった。


「う、うう……何なんだいったい?」


 と、階下で呻いていたところをチャルの法術によってぽわんと回復してもらうも……


 当然、「この野郎、よくも!」と、文句の一つでも言ってやると起き上がるや否や、今度は杖でぽこりとぶん殴られて、しだいに意識が薄れていくなあと思っていたら、


「ぎゃ、あああああ!」


 気づけば浮遊する板にがっちりと四肢を縛り付けられて、最大限の速度でもって坑内をすっ飛んでいた。


 まさにいにしえの文献で読んだジェットコースターとやらに違いなかった。おかげでドウセは口から魂が抜けかけた。


 何にせよ、やっと板が止まって拘束を解かれて、息をゆっくりと整えてかけているところに――


「ひ、やあああああ!」


 今度は風魔術でもってぽーんと宙に打ち上げられた。


 結果、『初心者の森』の入口広場に秘されていた出口からごろごろと転がり出てきたわけだ。


「本当に……えれえ目にあったもんだぜ」


 ドウセは回想を終えて、ダークエルフとはこんなに血も涙もない野蛮な種族だったのかと……今後一生関わらないように心がけようとも……固く誓ったわけだが――


 そこでドウセは周囲を見回して、また驚きを口にした。


「おいおい……まだ日もろくに暮れていないじゃねえかよ……ムラヤダ水郷からイナカーンの街に来たんだろ? 馬なら飛ばして何とか一日……馬車なら二日だぜ……こりゃあ、どうなってんだ?」


 すると、ダークエルフのチャルはさも当然といったふうに淡々と答えた。


「お前が白目を剥いている間に、地下通路の途中に設置してある転移陣を使ったんだ」

「て、て、て……転移だあ?」


 ドウセは顎がかぽーんと外れかけた。


 転移などおとぎ話に出てくるような伝説級の法術だ。


 いや、むしろ奈落に付与されている害悪法術マレフィキウムと謳う文献もあって、ドウセはまじまじと眼前にいるチャルを見つめた。


 なるほど。たしかに人族の数倍以上の寿命を誇るエルフ種ならば可能なのかもしれないが……それを惜しげもなくこうして使ったわけだから、現在、イナカーンの街の門前で起こっている事態はそれほど大事になっているのかもしれない。


 魔族に滅ぼされた公国で活動していたBランク冒険者のドウセを急ぎで連れてくるぐらいなので――やはり魔族絡みの事件か? と、ドウセは険しい顔つきになるしかなかった。


 ちなみに、このときハーフリングの冒険者ことマニャンは盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーやその子分たちと一緒に仕事の話をする為にムラヤダ水郷に残っている。


 今頃は薬学研究所にする為の居ぬき物件を見て回って、チャルが戻り次第、幾つか候補を上げて見積もりを出そうと勉強しているところだ。


 それはさておき、チャルと一緒に、ドウセがいかにも国難に直面したかのようなおごそかな表情でもってイナカーンの街の門前までやって来てみたら――


「お、お、お、俺に剣を向けるなど、王族に対する大逆罪だぞ! わわ分かっているのか? そこの守護騎士だか何だか知らんが……小汚いおっさんよ!」


 突然、そんな罵声が耳に入った。第四王子のフーリン・ファースティルだ。


 これには、さぞ魔族と激闘でも繰り広げているのかなと勘ぐっていた冒険者のドウセも、「はあ」とため息をついて項垂れるしかなかった……


 どうやらここに魔族はいないようだ。


 しかも、行われているのは……第四王子フーリンと第七聖女ティナ・セプタオラクルとの痴話喧嘩といったところか……


 何にせよ、ドウセには知る由もなかったものの、イナカーンの街の門前での騒ぎはとうに収まって、今は二人の喧嘩の仲介に入ったリンムに対して、第四王子フーリンが威張り散らしている最中ターンだ。


 もっとも、その第四王子フーリンを護衛すべき近衛騎士たちはというと、神聖騎士団長スーシー・フォーサイト同様に、魔力マナ経路を暴発させて魔虫を取り出したばかりとあって、全員がぐったりとしていた。


 また、領主やその騎士たちも疲弊しきって、さすがに第四王子フーリンに付き合う余裕はないらしい。


 せいぜい元気なのは――当のフーリンくらいで、さっきまで近習たちに押さえつけられていたせいか、彼らに対する怒りの矛先がかえって聖女ティナに、いてはその前に進み出てきた守護騎士リンム小汚いおっさんに向けられている始末である。


 これにはさすがに冒険者のドウセもやれやれと肩をすくめるしかなかった。


「なあ? 俺が……ここに呼ばれる必要が本当にあったのか、これ?」


 魔族相手ではないと知って、ドウセがダークエルフのチャルに抗議するも、そんなタイミングでとある人物がドウセに恐る恐ると近づいてきた――


「まさかとは思いますが……貴方様・・・はもしや?」


 神聖騎士団の副団長イケオディ・マクスキャリバーだ。街の人々の避難を終えて、今はスーシーの指示を伺う為にここへと戻って来たところだった。


「おや……貴殿は?」

「はい、閣下・・。イケオディであります。大変お久しぶりです」


 副団長のイケオディは丁寧に頭を下げて、ドウセにこれまでの経緯を説明し始めた。


 一方で、ダークエルフのチャルはそこで自分の役割は終わったとばかりに、「ふう」と息をついて、第四王子フーリンへと視線をやった。どんな馬鹿王子なのか、じっくりと観察してやろうと思ったわけだが――


 そこでチャルは顔をしかめた。第四王子フーリンに不可解な呪術・・が掛かっていたからだ。


 呪術とは呪いとは異なるもので、条件付けの魔術に近い。詐術の親戚みたいなものだ。


 たとえば、誰かを愛したら盲目になるとか、祝詞を謡ったら沈黙がかかるとか、はたまた何かしら成功したら毒に侵されるとか――そういった遅延性の闇魔術全般を差す。基本的には相手に状態異常を付与するものなので、いかにも忌避されがちな『呪術』と名付けされたわけだが……


「おい! ティナ! それ以上、そこの阿呆面あほうづらした男に近づくな!」


 ダークエルフのチャルは大声を張り上げた。


 これにはチャルのそばにいた、冒険者のドウセも、副団長のイケオディも、驚愕の表情を浮かべた。


 よりにもよってチャルが王国の第四王子を皆の面前で阿呆面と蔑んだからだ。


 幾らフーリンが馬鹿王子として有名だとしても、さすがに良くて打ち首……最悪はダークエルフという種族に対して宣戦布告がなされてもおかしくはない。


 もっとも、この大陸ではエルフ種自体があまりに希少種なので後者の心配はなさそうだが……


 いずれにしても、チャルはさらに怒鳴った。


「早くしろ! そこの阿呆と一緒に死にたいのか!」

「え? ええと……近づくなと言われましても……」


 実際に、聖女ティナは困惑するしかなかった。


 というのも、このときティナは第四王子フーリンをぐーで数発殴るつもり満々だったのだ。


 何せ、自らの守護騎士たるリンムを「小汚いおっさん」と侮辱されたどころか、第四王子フーリン自身も以前とさほど性根が変わっていなそうなので、ここは一発、昔みたいに物理的に・・・・思い知らせてやろうと考えていたところだ。


 もっとも、第四王子フーリンの怒りの矛先は――すぐにチャルに向けられた。


「阿呆……だと?」


 事実を指摘されて、かっと頭に血が上ったのだ。


 第四王子フーリンはリンムやティナを無視して、ずんずんと歩み出した。


 直後だ。ティナはというと、これは良い機会チャンスがやってきたと思った。ほどよい角度でもって、第四王子フーリンの片頬が無防備になったのだ。これはまさに殴りがいがあるというものだ。


 だからこそ、ティナは「では、例のあれ、いきますね」と、助走をつけて、その勢いでもって第四王子フーリンに殴り掛かろうとした。


 もっとも、チャルは怒鳴り続ける。


「やめろ! ティナ! それは呪術だ! その阿呆には高熱圧縮爆発フレアバーストが掛かっている! この近辺がぶっ飛ぶぞ! 条件は――」


 そう。条件は、聖女ティナと第四王子フーリンの接触だった。


 しかも、よりにもよって高度な認識阻害でもって術式そのものが隠蔽されている。この場ではチャルしか気づけないほどだから、仕掛けたのは大陸でも有数の術者に違いない。


 だが、最早、ティナの勢いは止められそうになかった。


「え! ええ? そ、そんなあ――」


 ティナは何とか急ブレーキをかけるものの、その身は天地開闢六道瞬獄波どうでもいいワンパンの右拳に引っ張られていた。


 直後だ。


「あべしいいいいいいいいいい!」


 という第四王子フーリンの絶叫と共に――門前の広場では高密度の呪詞が一気に蠢いて、爆発を始めたのだ。

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