第120話 用がなくなる

 神聖騎士団長スーシー・フォーサイトが危うく、汚れになりかけていた頃――


 そんな汚れの張本人たる虫系の魔人ティトノスは穀倉地帯の一本道を馬で駆けていた。


 先ほどから馬が蹄を鳴らして揺れるたびに、眉毛のあたりの触覚がぴくり、ぴくり、と反応する。


 どうやらこれだけ距離を取っても、仕込んでいた魔虫が次々と潰されていることに感づけるらしい。虫の共感覚みたいなものだろうか……


「ふむん。これだけ虫どもがやられるとなると……門前での暴動は抑えられたと考えていいでしょうね」


 結局、触覚がぴくりとも動かなくなったところで、魔族ティトノスは「ちい」と舌打ちした。


 せいぜい、手駒にしたスーシーが法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルやその守護騎士などを殺めてくれればいいのだが――と、ティトノスは複眼の目を細めつつも、


「まあ、いいでしょう。現状、人族同士、潰し合ってくれればいいのです」


 そう言って小さく息をつき、溜飲を下げた。


 そもそも、今回の騒動はあくまで目眩めくらましに過ぎなかった。


 本当の目的は別にあったのだ。その仕込みはとうに終わっていたので、こうして悠々と逃げることに徹している。


「あとは、さっさとリィリックたちと合流するだけなのですが――」


 そこで言葉を切って、ティトノスは触手を器用に『初心者の森』の方角へと伸ばした。


「ふうむ。やたらと早い速度で……森の西側……これはおそらく、ムラヤダ水郷の方に向かっていますね。はてさて、これはいったい、どうしたことでしょうか?」


 当然のことながら、魔族のリィリック・フィフライアーが川に流されていることなど、このときティトノスはまだ知らない……


 本来ならば、リィリックやエルフの女将軍ジウク・ナインエバーとはイナカーンの街内、もしくはその門前で合流する予定でいた。


 だが、それが果たせなかった以上、ティトノスはいったん街から距離を取って二人の出方を待つつもりでいた。


「それなのに……リィリックは水郷へ、耳長の女将軍だけいまだ妖精の森に残っているということは……もしや作戦が変更されたのでしょうか?」


 魔族のティトノスは自問自答するも、当然答えが出るはずもなく……


 仕方がないので、近衛騎士イヤデス・ドクマワールと合流して、再度、イナカーンの街にでも戻ろうかと考えたわけだが、


「おや?」


 そこでティトノスはまた目を細めた。


 というのも、一本道の先に土煙が上がっていたのだ。


 どうやら馬を走らせて何者かがやって来ているらしい。近衛騎士イヤデスが元Aランク冒険者のオーラ・コンナーを始末したのかなと、ティトノスが楽観していたら、


「いや、違いますね。あれは……やれやれだ。全くもって最悪な展開ではないですか」


 そう。前方から馬で駆けて来たのは二名――


 老騎士ローヤル・リミッツブレイキンと、もう一人は王国の魔術学校の制服を着た少女だった。


 はてさて、なぜ近衛騎士と学生風情が一緒にいるのかと、魔族のティトノスは眉をひそめたものの……何にしてもローヤルが接近しつつあるので最大限に警戒した。


 ちなみにオーラ・コンナーはムラヤダ水郷が気になって、いったん帰郷したので二人と一緒にこちらには来ていない。


 また、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツも拘束した近衛騎士イヤデスとその家人たちを納屋にぶち込んで、騎士や衛士たちが捕えにくるまで見張り番をしている最中だ。


 どのみちスグデスは第三聖女のサンスリイ・トリオミラクルムを出迎えるようにと、女司祭マリア・プリエステスから私的な依頼プライベートクエストを受けていたから、そのまま広場で待っていようといった魂胆になる。


 とまれ、それら事情はともかくとして――


 魔族のティトノスは再度、「ちい」と舌打ちしてから馬の腹を蹴って速度を上げた。


 前方からローヤルが「そこの馬よ。止まれ!」と大声を掛けてくるも……当然のことながら聞く耳など持たなかった。そのまま、二人をかわして突き進むつもりだ。


 が。


 学生風の少女こと、詐術士シイティ・オンズコンマンが口を微かに動かすと――


「こ、これは……?」


 魔族のティトノスの馬に呪詞のようなものがこびりつき、『鈍重スロウ』の状態異常が掛かって、ひひーんっ、と。馬は横転してしまった。


「くうっ! 猪口才ちょこざいな!」


 直後、ティトノスは麦畑の中に放り出される。


 もっとも、収穫はとうに終わっていて、すねに届かない丈ばかりなので隠れることが出来ない……


「止まれと言ったはずなんじゃがな」


 老騎士ローヤルはそう告げて馬から下りると、魔族のティトノスに素早く剣先を向けてきた。


 ティトノスが纏っていた異端審問官のマントは認識阻害用の魔導具になっているのだが、落馬したときに被っていたフードがめくれてしまったのだ。


 おかげでイナカーンの門前のとき同様、ティトノスはまた本来の姿をまざまざと見せつけることになった。


何故なにゆえに法国の異端審問官に扮した魔族なぞが、こんなところにいるのだね?」


 老騎士ローヤルがそう問い掛けるや否や、魔族のティトノスは――即座に口を開いた。


「ふん。素直に答えると思って――いえね、ご両人、どうかお聞きください。実は近衛騎士イヤデスと謀って、王都に来ていた審問官を殺してなり代わっていたのですよ。せっかく第四王子フーリンに従って、イナカーンの街まで上手く扮してきたのにバレてしまったので、こうして離れてきた次第です」


 ティトノスはそこまで言って、「はっ」として口を両手で塞いだ。


 どうしてこんなふうにぺらぺらと喋ったのか、全くもって理解が覚束なかった……


 気がつけば、両頬には呪詞が蠢いて、それが鉤爪となって口の端を引っ張っていた。詐術士シイティによるものだ。


 さらにティトノスは嫌々ながらも、強制的に言葉を吐き出し続ける。


「しかしながら、問題はありません。あれ・・はきちんと仕込んでおきました。どのみち第四王子なぞ捨て駒なのです。そろそろ、門前では阿鼻叫喚でも起きている頃合いでしょうね」


 近衛騎士ローヤルは「ふむ」と相槌を打った。


 さして驚いている様子も、探るような目つきでもなかった。事実、あれ・・についてはすでに近衛騎士イヤデスから聞き出していたのだ。


 だから、ローヤルは詐術士シイティにちらりと視線をやってから、別の件・・・について尋ねることにした。


「ところで……貴様の本体はどこにいる?」

「…………」


 しばし沈黙が流れた――そう。眼前にいる魔族のティトノスは偽物・・だったのだ。


 より正確に言えば、虫の抜け殻みたいなものだ。認識阻害とは違って、意思を持って行動出来る。


 その分、本体のようには戦えないし、魔核も持たないのですぐに命尽きる。せいぜい出来ることといったら――こうやって本体を逃がす為におとりになるくらいだ。


 そんな抜け殻たるティトノスが鉤爪に引っ張られてやっと答えを吐き出す。


「拙めの本体は領主の騎士たちの中にいます。今頃は喧騒のどさくさに紛れて逃げ切ったところでしょう」

「どこへ逃げたのじゃ?」

「さて……『初心者の森』か……はたまた、まだ収穫されていない麦畑に隠れて、ムラヤダ水郷方面に行ったか。どちらにも仲間が潜んでおりますので、そこらへんは臨機応変ですよ。せつには分かりかねます」

「なるほどな。では、貴様なぞにもう用はない」


 老騎士ローヤルはそう言って、剣を一閃――


 たったの一振りのはずだが、ティトノスの体は縦横無尽に切り刻まれていた。


 詐術士シイティがつい「ひゅう」と、あまりの鮮やかさに口笛を吹いたほどだ。


 さすがは王国最強と謳われる近衛騎士団長ジャスティ・ライトセイバーの師だけはある。果たしてリンム・ゼロガードと、剣技においてはどちらが上かとシイティですら身の震える思いだった。


「さあ、わしらも急ぐとしようか。何としてもフーリン様をお助けしなくてはな」



―――――



というわけで、タイトルは第四王子フーリンは捨て駒で用がなくなると、魔族ティトノスの抜け殻に用などないのダブルミーニングでした。最近、こんな感じのタイトルばかりですね。


今週は11月23日の勤労感謝の日に近況ノートに限定SSを上げる予定です。

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