第119話 努力の人

 天賦の才というならば……


 今、イナカーンの街の門前にいる者たちの中でそれを最も体現しているのは――法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルに違いなかった。


 一般的に天才中の天才のことをよく怪物フェノミナンとか化け物ジャガーノートとかと形容することがあるが、ティナはその域すら、とうに超えていた。


 単純な魔力量だけならば、最近この大陸でも色々とやらかし始めた災厄の・・・魔女モタより有しているほどなのだ。


 実際に、つい数時間前に宿屋の元女将に最高位法術の『蘇生リザレクション』を使用した後だというのに……幾人もの聖職者が補佐してやっと完成する『聖防御陣』を一人でけろりと展開して……さらには今しがただって範囲法術を謡ったばかりだ。


 それにもかかわらず、現在、ティナはさらに恐るべきことをやってのけていた――


「情けないったらありゃしませんわ。わたくしの親友ならば……喉もとにいる魔虫なんて自ら摘出してくださらないかしら?」


 聖女ティナはそう言いながら、神聖騎士団長スーシー・フォーサイトに向けて右手を掲げ続けた。


 そのスーシーはというと、先ほどまで無表情を貫いていたはずなのに……今やまるで溺れかけみたいに喉もとを抑えて、苦悶の表情を浮かべている。


「な、何をやっているのだ?」


 二人に挟まれたリンム・ゼロガードからすれば、唖然とするしかなかった。


 一方で、女司祭マリア・プリエステスも、Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーも、驚愕の表情を浮かべていた。


「まさか……ティナの魔力量がこれほどだったとは……」

「おいおい、冗談だろ……こんな芸当が出来るって……頭がおかしいんじゃねえのか?」


 二人が驚いたのも無理はない。


 そもそも、ティナがやっているのは、スーシーによる『盾吸収マナドレイン』の真逆――魔力供給なのだ。


 こうした魔力の供与は本来ならば、雨乞いの儀式の為の『天候形成ウェザーフォーミング』などと同様に、祭具や魔導具を通じて行われるべきものだ。


 事実、スーシーだって『盾吸収マナドレイン』では聖盾にわざわざ魔力を溜め込んでいた。


 それなのにティナはというと、直に・・スーシーに送り込んでいるのだ。これはたとえるならば、献血などで己の血を直接、相手の口に含んで飲ませているようなものだ。


 あまりに無謀に過ぎるし、そもそもこぼれる血の量が多すぎて、普通はティナ自身がもたない……


 が。


「魔力が欲しいんだったら……まだまだあげますわよ。ほーら、一気! 一気!」


 ティナは喜々として魔力を分け与え続けた。さながらどこぞの飲み会みたいな勢いである。


「ぐ、ううう、あああああっ!」

「さらにアゲアゲでいきますわ! 私の魔力は断れない、はいはいはいっ!」

「…………」


 意味不明なコールには、リンムも、マリアも、アルトゥも、さすがにしばし無言になるしかなかった……


 ……

 …………

 ……………………


 さて、ティナ一人だけがやけにノリノリでスーシーに魔力供与している最中ではあるのだが――


 果たして、なぜ、そんな真似が出来るのかというと、それこそティナがある意味で・・・・努力の人だからである。


 無駄な方向に突き進むことにかけて……いや、やりたくないことから逃げてどうでもいいものに心血注ぐことに関して……


 ティナの右に出る者など、残念ながらこの大陸にはいないのだ。


 もちろん、第七聖女として最低限の祭祀祭礼、もしくは奈落の封印や『聖防御陣』などを扱うことは出来る。


 ただし、それらは第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムによる雷落としと、女司祭マリアの日々の献身フォローによって、渋々ながらも身につけたものだ。


 そうでないときのティナはというと……剣技に夢中だったり、覚える必要のない法術を勝手に学んだり、何なら独創的かつ悪戯に近い術式を編み出したりと――


 それはもう様々な回り道ばかりしてきた。


 結果、直接的な魔力提供という独自法術……いや、むしろ本物ガチ害悪法術マレフィキウムをこうして覚えた次第である。


 さて、閑話はここまでにしようか。


「うぐあああっ!」


 スーシーは堪らずに絶叫して、ついには喉もとを掻きむしり始めた。


「さあ、最後に一気にいきますわよ!」


 一方で、ティナはさらに掲げた右手に力を込める。


 直後、スーシーの魔力経路から押し出される格好で、とり憑いていた魔虫はついに喉もとから這い上がって来た。


 ここが勝負どころだと、ティナは目を光らせた。もっとも、その目はなぜか嫌らしくにやりと緩んでいた――


わたくしだけ、げろんぱしただなんて……絶対に嫌なんですからね! スーシーも道連れですわ!」


 そんな戯言たわごとをいいながら、ティナは「吐け! さーあ、吐いてしまいなさい!」と、さらに魔力を与えていく。


 この様子にはズタ襤褸だったリンムもどこか白目を剥きかけていたし、同様にぶらつくアルトゥも「ヤベえ奴がいる……いっそ異端だろ、あれ」とドン引きしていた。


 女司祭マリアだけが「はあ」とため息をついて、いかにも神学校時代によく見た光景だと言わんばかりに、やれやれと額に片手をやっていたわけだが……何にせよ、魔虫はついに姿を現した。


 そんな千載一遇の機会を――リンムも、アルトゥも、見逃すはずがなかった。


「オヤジ! あたいが鋏で摘まみ出す!」

「分かった! 出てきた瞬間を俺が剣で貫こう!」


 二人とも最後の力を振り絞って構えていると、ティナはなかなか吐き出さないスーシーに対してついに業を煮やしのか、


「仕方がありません。私の最高位法術でいきます。それでは……例によって、あれ・・をかましますわよ!」


 そう言って、リンムとアルトゥに視線をやった。


 もちろん、リンムも、アルトゥも、例によってあれ・・が何なのか分かりかねたものの……


 ティナは掲げていた右手を下ろすと、いったん助走をつけて、それから一気呵成に「ふんぬ!」とスーシーの腹部にぐーをめり込ませた。


「天地開闢六道瞬獄神ただのワンパン聖波!」


 直後、


「うううううっ!」


 と、さすがに「げろんぱ」などと卑猥な声音は上がらなかったものの、ついに魔虫がスーシーの口もとから這い出てきた。


「オヤジ、摘出するぜ!」

「ああ、突貫!」


 アルトゥとリンムの連携は見事だった。


 双鋏で体外に摘まみ出された魔虫は、剣による一閃で魔核を貫かれて消滅していった。


 が。


「う、ぷぷぷ」


 スーシーは口もとを抑えた。


 ティナが凶悪な拳を入れたせいで、虹色のモノをこぼしかけているのだ。


 もっとも、女司祭マリアがすぐに近寄って、身に纏っていた白マントを脱いでスーシーを覆って隠してあげた。


「あ、マリア。ずっこーい!」


 当然、ティナが両腕を腰に当ててぷんすかと抗議するも、マリアはスーシーの背中をさすってあげながら、


汚れの・・・貴女じゃあるまいし……普通の女の子にとって公衆の面前では酷なことです。きちんと隠してあげないと」


 そう言って、ティナを退けた。


 リンムはさらに遠い目になりながら、


「そうか……薄々気づいてはいたが、ティナはやはり……汚れだったのか」


 と、呟くしかなかった。そして、スーシーのもとに「大丈夫か?」と歩み寄る。


 一方で、双鋏を杖代わりに何とか立っているアルトゥはというと、どこか畏怖するかのようにしてティナを遠巻きに見つめていた。


 もちろん、天地開闢六道瞬獄神聖波云々とやらに恐れをなしたわけではない……


 選ばれし天才ことスーシーを遥かに凌駕する規格外のティナという存在に――純粋に憧憬を抱いてしまったのだ。


「ティナの……姉御・・……マジ、かっけえ」


 アルトゥはそう呟いて、ぼんやりと乙女の目になっていた。


 まさに最悪の展開である。


 何にしても、魔族のティトノスに操られた者たちはまだいたものの、ティナがその都度ワンパンして……また、街の人々や子供たちの避難を終えた神聖騎士たちもやっと動き出したことで、門前での騒動は沈静化していった。


 こうして、イナカーンの街の門前での出来事は終わりを迎えようとしていた――


 ――はずだった。



―――――



実はもう一悶着あるのですが……とりあえず害悪の聖女伝説、ここに始まりました。

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