第118話 選ばれし人
「おらおらおらおら! ほらあ、
巨大な鋏を割って、双斧のように振り回している現役のAランク冒険者ことアルトゥ・ダブルシーカーに対して――
すぐ隣にいながら、はてさて、そのガラの悪さをどう更生すべきかと、リンム・ゼロガードは「ううむ」ともやもやしていたわけだが、
「
「ちいい!」
アルトゥの大振りの隙を突いて、二つの聖盾を的確に繰り出してくる神聖騎士団長スーシー・フォーサイトを牽制する為に、リンムはとりあえず剣戟を飛ばした。
「くっ」
一方で、スーシーはというと、アルトゥを主に攻めていたとあって、リンムの剣戟をあえて神聖衣の籠手でいなして苦悶の表情を浮かべる。
「オヤジ! 浅ええよ!」
「す、すまない」
とはいえ、苦しむスーシーの顔を見たくなくて、ついつい手加減してしまうものだから……結局、その負担はアルトゥに圧しかかるばかりだった。
「おらああ!」
「緊急回避、及び『
スーシーがそう呟くと、背に生えていた羽が無数の
「ちいいい!」
アルトゥは舌打ちしつつ、せめて孤児院の子供たちがいる方向だけは守ろうと、双鋏を盾代わりにして構えた。
また、リンムも放たれた羽を落とす為に今度こそしっかりと剣戟を複数飛ばした。
その直後だ。
「
アルトゥが守りに入った隙に、スーシーは宙高くから突撃した。
「王国の盾とか言うくせして……攻防一体かよ!
アルトゥは毒づくしかなかった。
ただでさえ聖盾二つで
いかにも生真面目なスーシーらしい愚直かつ堅実なスタイルだ。
おそらくまだ見せていないが、神聖騎士だけあって法術にも長けているはずだ……何だったら光系の魔術にもか……
「糞姉のくせして……どんだけ昔より強くなっちまったんだよ!」
アルトゥは忌々しそうにこぼした。
実際に、戦いの相性はスーシーに
そもそも、孤児院時代のスーシーに剣の手ほどきをしたのはリンムだが、そんなスーシーのちゃんばらに付き合ってめきめきと頭角を現したのが妹分のアルトゥだ。
そういう意味ではアルトゥはスーシーから戦いの基礎を学んだと言っていい。
だから、たとえスーシーが操られていようと……あるいはアルトゥがこれまで冒険者として様々な経験を積んできたといっても……
「本当にやりづれえなああ、こんちくしょうがあああ! 糞姉よ! 今度こそ喰らえええ!」
「
「ちいいいい!」
たとえ、各々、得物が以前と様変わりしていたとしても……
淡々と攻撃を
何せ、相手は本物の天才だ――
若くしてその才能を認められて、貴族の養子となって法国の神学校に留学した。
その神学校でも学生のうちに特例で守護騎士に抜擢されながらも、それを固辞して王国に戻って神聖騎士団に入って、ごぼう抜きで団長にまで上り詰めた。
まさに王国
もちろん、現役のAランク冒険者になったアルトゥとて天才には違いないが……
残念ながら、アルトゥは努力の人だ。
スーシーに追いつけ、追い越せとばかり、姉を目標にして自らをずっと叩き上げてきた。
ちなみに前任のAランクだったオーラ・コンナーが一人きりで、討伐、諜報や社交までこなせたのに対して、アルトゥは討伐しか出来ない。そこまで器用ではないのだ。
王国の社交界でスーシーがドレスを纏って、身につけた教養を振るって、貴族たちと優雅に踊っていたときも……
そんな姉に負けじと血の滲む努力を重ねて死線をくぐり抜けてきたからこそ、アルトゥは今の地位につけたわけだ――
が。
「くそっ、くそっ、糞があああ! あたいはまだ届かないってのかよ! こんだけやっても――糞姉に勝てないってのかよ!」
「
「くうっ! ちくしょうがあああ!」
「オヤジ! 頼む! もう少し下がっていてくれ!」
「わ、分かった」
「いくぞ!
アルトゥはそう雄叫びを上げて、
ただし、この『狂化』は欠点が幾つかある。理性を失って敵味方区別なく攻撃しがちになること。それに加えて、
要は、ガス欠を起こすまで一方的に
「おっしゃあ! もういっちょいくぞ、糞姉えええ! 喰らえやあああ! おらおらおらおらおらおらあああああ!」
とはいえ、そこは王国最強の現役Aランク冒険者。
『全てを断ち切る双鋏』と謳われるだけあって、鋏を割って剣と斧、さらにまとめて長槍や棍棒といったふうに変幻自在な猛攻に――
さすがの『王国の盾』たるスーシーもついに片膝を地に突いた。
「おっしゃああ! さらに断ち切るぜえええ! 双鋏乱撃だああああ!」
だが、その瞬間だ。
「いけません! アルトゥさん!」
ふいに声を上げたのは――むしろ女司祭マリア・プリエステスだった。
同時に、
「
「まさか!」
アルトゥが気づいたときにはもう遅かった。
割った鋏が聖盾にくっつくようにして、アルトゥの残された魔力を一気に吸い上げたのだ。
結果、ぶらり、ぶらりと……
魔力切れを起こしてよろめいたアルトゥに対して、
「
スーシーはこれまで二つの聖盾で受けきって、その内に溜めてきたらしき全ての攻撃を反射させようと――
どしん、と。
アルトゥに向けて聖盾を巨大な砲口のように置いた。
「ぐうっ?」
もっとも、アルトゥがいかにも「しまった」と眉をひそめたときだ。
「やらせるか!」
と、アルトゥの前にリンムが入って、カウンターによる攻撃を片手剣でギリギリで
おかげでアルトゥは傷一つ負わなかったものの……
「オ、オヤジいいい!」
さすがのリンムでも
何とか膝を地に、片手剣を支えにして中腰でいられたが……
最早、ろくに戦えそうにない状況だった。すぐに法術による回復をと、アルトゥが背後にちらりと視線をやるも、同時にスーシーが羽を広げたのを見て、
「そこまでやるつもりかよ、糞姉が……」
そうこぼすしかなかった。
回復をしようと駆け始めた女司祭マリアや聖女ティナに向け、先ほどみたいに羽を
もっとも、リンムは片手剣から手を放して、両手を目いっぱいに広げてみせる。
背後にいるアルトゥ、マリアやティナを護る為に、全ての攻撃をその身で受けようとしたのだ。最早、こうなったら守護騎士の意地だった――
「オヤジ……よせええええええええええ!」
「リンムさん!」
「――――っ」
アルトゥと女司祭マリアの絶叫が上がった。聖女ティナはあまりのことに声さえ出せなかった。
同時に、宙からはいかにも機械的かつ淡々としたスーシーの声が下りた。
「何もかも消え去りなさい――『
……
…………
……………………
リンムも、アルトゥも、マリアも、「終わった」と呟いた。
だが、天使の羽による攻撃は――なぜか誰一人も襲わなかった。
「ぐ、ううう」
急に、スーシーが喉もとを抑えて苦しみ始めたせいだ。
もしやスーシーの自我が皆を守る為にそうさせているのかと、リンムたちは目を見張ったわけだが……
「やあねえ。さっきから見ていたら、情けないったらありゃしませんわ。
そう言って、右手をスーシーに向けて突き出しつつ、リンムたちのもとにゆっくりと歩んできたのは――聖女ティナだった。
―――――
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