第117話 叩き潰す

姉妹喧嘩編、始めます(冷やし中華みたいなノリで)



―――――



「へえ。故郷に錦の旗を飾りに来てみたら……何だかやたらと面白いことになっているじゃねえか」


 王国の現役Aランク冒険者ことアルトゥ・ダブルシーカーはそう言って、高らかに笑ってみせた。


 直後、リンム・ゼロガードはアルトゥをまじまじと見つめた。


 そして、まるで騙し絵でも観ているかのような呆けた表情から、「あっ」と声を上げる。


「も、もしかして……アルトゥなのか?」

「おうよ。義父オヤジ、久しぶりだなあ。すっかり老け込んじまってよ」

「ああ、久しぶりだな。何だか冒険者というより盗賊みたいな外見なりだが……色々活躍していると耳にしているぞ。元気そうで本当によかった」

「えへへ」


 アルトゥは笑みを浮かべて、照れ隠しなのか鼻の下を擦った。


 そんなアルトゥに対して、リンムは目を細めながらふと首を傾げてみせる。


「領都までは依頼クエストで来ていたそうだが……こっちまでわざわざ戻って来たというのはいったいどんな風の吹き回しなんだ?」

「なあに、オヤジがA※ランク冒険者になった上に、どこぞの聖女の守護騎士になったって耳にしてな。それを祝いに帰って来てやったんだよ」


 アルトゥはそう言って、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルにちらりと視線をやった。


 こんな状況なのに逃げる素振りも見せず、気丈にも操られた神聖騎士団長スーシー・フォーサイトを睨みつけている。


 法衣も着ておらず、聖職者特有の生真面目さとは無縁で、いかにも生臭坊主みたいではあったが……そこらへんがかえってアルトゥも気に入った。


 それより今は――眼前にいるスーシーを何とかすべきかと、アルトゥは頭を切り替える。


「やれやれ、まさかこんなふうにして姉と一戦交える羽目になるとはな」


 すると、リンムが眉をひそめて、険しい声音で問い詰めた――


「糞……だと?」

「え? あっ……い、いや、糞じゃない……しんでいうな姉貴だよ」

「いいや。今、お前さん……たしかに糞姉と言ったよな?」

「言ってねえよ! 気のせいだって!」

「孤児院にいたときから口は悪かったが……まだその口癖は直っていなかったのか。義父とうさんはそんなふうにお姉さんスーシーを悪しざまに言うように育てた覚えはないぞ」

「ええい! だから、言ってねえってば! あー。ちくしょう! これだからイナカーンに帰ってきたくなかったんだよ!」

「どういうことだ?」

「だって、オヤジはいつも姉貴のことばっかりじゃねえか」

「そ、そうか?」

「あたいだって、王国のAランク冒険者になったんだ……ちょっとくらいは……その……何だ」


 そこで言葉を濁して、アルトゥは急に女の子らしくもじもじして、指先をつんつんとしだした。


「いいいいして……頭をやさしく撫でてくれたって……」


 ぼそりとこぼした声は――残念ながらすぐそばにいた女司祭マリア・プリエステスにしか聞こえていなかった。


 おかげでマリアは「はああ」とため息をついて、改めて錫杖を前に構えてから、


「どうでもいい愚痴と一家団欒は、この状況を切り抜けてからにしていただけますか?」


 と、真顔でアルトゥに告げた。


 アルトゥも「ちい」と苦虫でも噛み潰したような表情になる。


 とはいえ、さすがに三対一となったことで、魔族のティトノスに操られているスーシーも簡単には襲ってこなかった。


 先ほどから二つの聖盾をどしんと構えて、じりじりと隙を窺っている。


 また、他に魔虫に取りつかれた者は状況の変化に全く対応する素振りも見せなかった。


 第四王子フーリン・ファースティルを抑えつけている者たちはそれ以上動かないし……また領主の騎士団で暴れまわっている者たちにしても連携を取ろうともしない……


「ふうん、なるほどね。簡単な命令しか聞けないってやつか」


 アルトゥはそう呟いて、リンムにちらりと視線をやった。


「オヤジはいったい、どこまで知っている?」

「どこまで……とは?」

「この姉貴に取りついている虫についてだ」

「そう言われてもな……先ほど法国の異端審問官とやらに化けていた魔族のティトノスとかいう者が蟲使いインセクトテイマーだと名乗って、急にスーシーを操り出したことしか知らないな」


 アルトゥは「そうか」と言って、懐から瓶を取り出した。


 それは近衛騎士イヤデス・ドクマワールが所持していた蟲毒だった。さすがに初見のリンムも、女司祭マリアも、また聖女ティアも「うげっ」と、そのおぞましさに顔をしかめる。


「これを持っていた奴に問い詰めたんだが……この魔虫は脳みそや心臓ではなく、魔力マナ経路に取りついて支配するらしい。要は、体内から直接、精神作用系の魔術をかけているってわけだ。体外から法術などで治療しても意味がない」

「それでティナの範囲法術もろくに効かなかったのか……」

「要は、魔虫だから魔核を潰せばいいってわけさ。幸いなことに姉貴の喉もとに強い魔力反応があるから、そこを一突きすればいいだけだ。簡単な話だろ?」


 それが全くもって簡単ではないから、リンムも散々惑っていたわけだが……


 改めてリンムが中段に剣を構えると――何とまあ、スーシーの喉もとにいた魔虫が蠢き始めた。ごそごそと右肩に移動を始めたのだ。


「馬鹿な……」


 リンムは唖然とした。


 あのまま喉もとに剣を突き立てなくてよかったと思った。


 下手したらかわされていたかもしれない。そのことを想像しただけで、リンムの体に怖気が走ったほどだ……


 ただでさえ愛娘スーシーの体に傷をつけることに躊躇いがあるというのに、もし外して苦しむ一方の姿をまざまざと見ることにでもなったら……


 そう考えると、片手剣を持つリンムの腕は震え出した。


 すると、そんなリンムの様子を見た女司祭マリアが「こうなったら――」と相談をもちかける。


「スーシーさんの魔力経路を焼き切るしかなさそうですね」


 これまたリンムにはぞっとしない提案だったものの、意外にもアルトゥは「いいね」と肯いた。


 はてさて、いったい何がいいのやらとリンムが眉をひそめるも……女司祭マリアがすぐに説明してくれる。


「現状、女神の加護を受けているスーシーさんはまさに鉄壁です。ただ、加護は永続するわけではありません」

「つまり、あれは法術の強化バフみたいなものなのかね?」

「はい、そうです。だから、このまま魔力を最大限まで使わせるのです。そうすれば、魔虫の介入する余地がなくなります」

「だが……いったい、どうやって?」

「スーシーさんは神聖騎士です。聖盾や聖衣での守りを得意とするはずです。ならば――」

「ああ。そこの女司祭さんの言う通りさね。この姉貴を徹底的に叩き潰して、魔力をからっからにしてやりゃあ――」

「なるほどな。魔虫も動ける余地がなくなるということか」


 もっとも、「叩き潰す」と言ったアルトゥがやけにきとしているように見えたが……


 何にせよ、リンムとアルトゥはスーシーを前にして並び立った。


 マリアは周囲からちょっかいが入らないようにと、二人のやや後ろに立って警戒して、ついでに後衛のティナにも気にかける。


 そのティナも、スーシーから魔虫がいなくなったタイミングですぐに治療出来るようにと、すでに法術の祝詞を謡い始めた。


「さあ、オヤジ! せいぜい気張って、あたいに後れを取るなよ!」

「ふふ。言ってくれるじゃないか。お前さんこそ――足手まといになってくれるな!」


 こうして二人は一気呵成に――スーシーに立ち向かったのだった。



―――――



姉妹喧嘩、まだ始まらなかった! この作者、引き伸ばすの好きですよね……ごめんなさい!


なお、『イース10』をプレイして、そのすぐ後にこの原稿を書いたせいか、アルトゥがヒロインのカージャにみえてきます。


実際には頬にメの字の傷があるので、彼女の父親グリムソンみたいな感じなのですが……(嘘です。幾らなんでもそんな図太くてニッチな女性キャラは嫌だ)

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