第115話 正体を現す
ほんの少しだけ話が脱線することを許してほしい――
王国を代表するBランク冒険者のアデ・ランス=アルシンドを覚えていらっしゃるだろうか?
現在、法国の第三聖女こと『稲光る乙女』の二つ名を持つ、サンスリイ・トリオミラクルムに従って、領都からイナカーンの街へと向かっている最中のアデは雷に対する反射を有している。
失うものあれば得るものもありとはよく言ったもので、アデは
では、果たしてリンムが何を得たのかというと……
「ほーい、とうちゃくだよー」
「う、わああああああああああ!」
ごっつんこ、と。
宙から見事に脳天真っ逆さまに落ちたリンムもまた――
そう。全ての真実を映し出す煌めきを得てしまっていた。
事実、夕日が差し込み、リンムの頭部に乱反射した眩い光が異端審問官を照らし出すと……
被っていたフードがはらりとめくれて、気難しい審問官にしてはあまりに美しい青年が現れた。
ただし、その青年はというと、明らかに人族とは異なる種族でもあった。
実際にその者の首には、幾つもの光虫が輪のように連なって入れ墨のように蠢いていたのだ――紛う方なく、
しかも、両目は複眼で、眉毛が触覚のように揺れている。虫系の魔人に違いない。
つまり、法国からやって来たという触れ込みの審問官は、実は魔族だったわけだ。
初めからそうだったのか、はたまた途中でなり代わったのか。今のところ、そこまではよく分からなかったが……
「あ、いたたたた」
「ぐううっ……いったい! 何が落ちてきたというのですか!」
と、頭突きあった二人が痛みに耐えながら立ち上がるのと同時に――
女司祭マリア・プリエステスは前に進み出て、第七聖女ティナ・セプタオラクルに向けて声を張り上げた。
「ティナ様! 住民全員に対して再度、『聖防御陣』を展開してください!」
「は、は、はい!」
即座に対応出来たのは、元守護騎士としての
いずれにせよ、女司祭マリアは第四王子フーリン・ファースティルのそばにいた子供たちにも、
「貴方たち! こちらに来るのです! 走って! 早くっ!」
と、有無を言わさずに怒鳴りつけた。
当然、女司祭マリアの言うことはすぐに聞く子供たちはというと、怒られたとあって「うえーん」とマリアの方に駆けてきた。
これで子供たちが人質に取られるという最悪の事態は免れたわけだ。
そんな渦中で当のリンムと魔人の青年だけが、いったい何事なのかと、ズキズキと痛む頭頂部を抑えながら互いに視線をやった――
「やっと街に着いたのか……いや、それより本当に失礼した。思わぬ事故とはいえ、ぶつかってしまった。大丈夫だっただろうか?」
「全くです。けしからん! 異端裁判にでもかけてやりたいところですが、今はそれどころではありません!」
審問官に扮していた魔人がそう声を荒げて、やれやれと周囲を見回すも……
どうにも先ほどとは雰囲気が異なっていた。当然だろう。聖女ティナは驚愕の表情を浮かべていたし、女司祭マリアは
神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトは即座に「住民の避難を優先なさい!」と、そばにいた副団長のイケオディ・マクスキャリバーに指示を出して、騎士や衛士たちも従った。
また、近衛騎士たちもすかさず第四王子フーリンを守って、領主やその騎士団にもざわめきと動揺が走っている。
さらには、ぶつかったばかりのリンムも「おや?」と眉間に皺をやったし、肝心の第四王子フーリンとて、一瞬だけ、ぽかんと呆けた表情になったものの、
「ち、ち、ち、違うのだ……これは何かの間違いだ! むしろ……そうだ! 俺を陥れる為の罠に違いない!」
と、先ほどとは一転して情けない弁明を始めた。
ここにきて審問官に扮していた魔人の青年もやっと事態の急変に気がついた。
先ほどの
より正確に言えば、リンムの真実を映し出す煌めきがその正体を明かしたわけだが……
「いやはや、これは……さすがに想定外でしたね」
もっとも、その青年は意外に冷静だった。
しかも、リンムが剣に手を伸ばすよりも早く、ぱちんっ、と。
指を鳴らしたとたんに、第四王子フーリンを守っていたはずの近衛騎士たちが全員――いきなりフーリンを強引に馬から降ろして地面に抑えつけ、さらにその首に短刀を当てる。
「な、何をするのだ? 貴様たち?」
「…………」
第四王子フーリンが喚くも、近衛たちはなぜか無言だ。
次いで、領主の騎士たちにもおかしな行動をとる者が現れた。突如、周囲に剣を振るって、領主へと突き進み始めたのだ。おかけで事態はより混迷を深めていった。
どうやら事前に騎士たちにも魔虫を仕込んでいたらしい。おかげで操られた者たちによって第四王子フーリンは見事に人質に取られてしまった。
これにはさすがのリンムも容易には動けなくなった。
敵対していた第四王子フーリンとはいえ、リンムはまだその人柄をよく知らない上に、少なくとも王国の王子であることに違いはない――人質となった者を見捨ててもよいと考えるほど、リンムも落ちぶれてはいなかった。
すると、魔人の青年は慇懃無礼に頭を下げて自己紹介を始める。
「はじめまして。
虫系魔族のティトノスはそこまで言って、再度――ぱちんっ、と。高らかに指を鳴らしてみせた。
「拙の代わりと言っては何ですが……皆様のお相手はこちらで如何でしょうか?」
直後、神聖騎士団長のスーシーが「ううっ」と呻いた。
リンムは嫌な予感しかしなかった。事実、かつて魔族のリィリック・フィフライアーによって仕込まれていた魔虫が――ついにスーシーの肉体で蠢き始めたのだ。
―――――
本日はこちらの本編だけでなく、近況ノートにも文化の日をテーマにした非限定SS「独唱」を上げています(夕方頃を予定しています)。そちらもご覧いただけましたら幸いです。
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