第112話 懇願される
ついに主人公回! やっとおっさん(本命)の活躍です!
―――――
リンム・ゼロガードは焦っていた。
最短で『初心者の森』を抜け、イナカーンの街まで戻ってきたはずなのに……全くもってその門前にたどり着けていないのだ。
「おかしいな。これは……もしや?」
リンムは途中の獣道でいったん立ち止まった。
そして、「ふう」と小さく息をついて
「ふむん。やはりか。そこにいるな?」
リンムがそう問いかけると、茂みがごそごそと動き出した。
「ばれちったー」
「リンムってばやるねえ」
「てか、あれれ? リンム……こんなに
「おやあ、知らないのー? こないだ会わなかったんだあ? リンムは人族だからすぐに老いて死ぬんだよー。もう死にかけだよー」
そんなふうに賑やかに出てきたのは――小さな妖精たちだった。
どうやらリンムにこっそりと悪戯を仕掛けて、森内で迷わせていたらしい。
とはいえ、街へと急いでいる最中とあって、さすがに温厚なリンムも叱りつけようかと思ったものの……
妖精は孤児院の
「いやはや、俺のことを勝手に老衰で殺さないでくれないか。それより、いったいどうしたんだ? こんなにわらわらと?」
リンムが努めて冷静な口ぶりで尋ねると、妖精たちの中から一匹だけ、リンムの眼前にぱたぱたと飛んできた。
「ヤッバいの!」
「何がだね?」
「ラナンシーがやられるかも!」
「……はあ?」
リンムが眉をひそめると、その妖精はちょこんと首を傾げてみせた。
「ねえねえ、リンム。助けてくれる?」
これにはリンムも戸惑う一方だった。
妖精たちの悪戯はこれまでもたまにあったが――こんなふうに懇願されるのは初めてのことだ。
そもそも、妖精たちは大妖精ラナンシーの分体みたいなものだ。
それぞれに個性と意思があるらしく、ラナンシー本人とはずいぶんと
もしや、これもまた悪戯なのではないかと、リンムは額に片手をやって、「うーん」と悩むしかなかった。
「師匠がやられるとは……いったいどういう状況なのかね?」
「わかんない。でも、ヤッバい」
「分からない上にヤバいのか……」
「そそ。ヤバヤバなのー。けどけどやっぱわかんないー」
リンムはいっそ頭を抱えそうになった。
当然のことだが、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルの救助を優先したかった。
今となってはリンムも守護騎士という立場だ。騎士には守るべき務めがある。長らく辺境のFランク冒険者として活動してきたリンムとて、そのぐらいのことは知っている。
だが、妖精たちが「ヤバい」というのも気に掛かった……
多分に悪戯の可能性は否定出来ないものの……師匠のラナンシーが困っているのも事実なのだろう。
あの師匠が手こずるほどだからこれまた相当なことに違いない。それこそ世界の終わりみたいな事態に陥っているのやもしれない……
「はてさて……俺はどうすべきかね」
まさにトロッコ問題みたいなものだ。
ここにきてリンムは腕を組んで、「むう」と呻るしかなかった。
それも仕方のないことだろう。実際に、今――『妖精の森』ではまさしく緊急事態が起こっていたのだ。
このとき、『妖精の森』の最奥に侵入する者たちがいた。
帝国の女将軍こと、エルフのジウク・ナインエバーと、魔族のリィリック・フィフライアーだ。
「よろしいのですか、ジウク将軍?」
「何がだ?」
「さっきから妖精たちが取り囲んでいます。一斉に攻撃をされたら、さすがに分が悪いように思いますが?」
「構わん。どのみちこの子らは攻撃してこない」
リィリックは「ほう」と眉をひそめた。
まるでジウクの答えはかつてここに来たことがあるような言い草だ。
ということは、以前も大妖精ラナンシーと戦って、引き分けたということだろうか?
何にせよ、無謀な戦いに挑むかにみえた今回の遠征も、それなりの裏付けがあってのことだったのかと、リィリックはそこでやっと「ほっ」と息をついた。
リィリックでは眼前にいるジウクや大妖精ラナンシーの実力を推し量ることすらろくに出来ないものの、どうやら無駄に死に行くわけではなさそうだ。
となると、あとはジウクが敗れた際にこの妖精たちの包囲網をいかにして突破するかだが……
と、リィリックは思い至って、さらに情報を引き出す為にジウクに尋ねた。
「以前にここに来られたときは、どのようにして帝国に戻ったのですか?」
「徒歩だ」
「ということは、そのときも妖精たちは攻撃してこなかったのですね?」
「ああ」
「ちなみに、当時はお一人で?」
「いや」
「帝国のどなたとご一緒だったのですか?」
「うるさい」
ジウクにぴしゃりと言われて、リィリックは顔をしかめた。
もともと無口かつ無表情なジウクだが、これではろくな情報を引き出せなそうだ。
もっとも、たしかに敵地で妖精たちに囲まれて、堂々とおしゃべりするのも適当ではない……
リィリックが困り顔で、「さて、どうしたものかな」と呟くと、そんなタイミングで湖畔が見えてきた。
同時に、遠くからさざ波の音がした。どうやら海が近いらしい。
実のところ、この『妖精の森』に入ってからこっち、妖精たちに攻撃はされなかったものの、認識阻害などで方向感覚をズラされてきた。
だから、どうやって徒歩で戻るべきかと、リィリックも頭を悩ませていたものだが――どうやら湖から川を伝って、次いで海沿いに進めば帝国に帰れるかもしれない。
「そうと決まれば……あとは巻き込まれないように注意するだけだな」
リィリックがそう呟いたときだ。
湖畔そばの墓地にぽつんと置かれていた白い棺が――
ゴ、ゴゴゴ、と。
森内によく響く音を立てながら、その蓋をゆっくりと開けた。
「そ、そんな馬鹿な……」
リィリックは出てきた人物を見て、無力感に苛まれた――
魔族としての格だけでない。
そもそもからして何もかも
魔族の代表種、吸血鬼の中にあって、その頂点と謳われる真相直系純血種の一人――正真正銘の化け物だ。
なるほど。魔王アスモデウスが勝負を避けてきたわけだ。いやはや化け物などという言葉ですら生易しい。これぞ本物の魔族か。
そんなラナンシーはというと、寝ているところを起こされて、よほど機嫌が悪かったのか、
「何の用だ? そこのエルフ?」
そう怒気を発した。
ジウクに向けられた詰問だったにもかかわらず、リィリックは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
もっとも、これから魔族の頂きに挑まんとするジウクはというと、さすがに簡単には怯まなかった。
「お久しぶりです。ラナンシー殿」
「ん? 貴様は……ああ、いつものエルフだったか。それにしても……そろそろしつこいぞ」
どうやら一応は知り合いと分かって、ラナンシーもやや怒りを静めたようだ。
ただ、リィリックに対しては相変わらず
「今回はどうしても、しかとお相手をしていただきたく、こうして参上いたしました」
「殺されたくなったのか?」
「いえ。まだ死ぬわけにはいきません。これから、
ジウクがそう告げると、ラナンシーは眉尻をやや上げ、「んー」と首を傾げてから、
「ああ……そういうことか。ふん。わざわざ律儀なものだな」
傍から聞いていたリィリックからすれば、いったい何のことやら分からなかったが……
どうやらジウクとラナンシーの間には何かしら約定があるようだ。
とはいえ、ラナンシーはいかにも面倒臭いとばかりに片手をひらひらと振って、
「まあ、戦いたいなら好きにするがいいさ。あたしの許可なんぞ、いちいちいらないよ」
「その前に……今の私を測らせていただきたい」
「察しろ。あたしは忙しいんだ」
どう見ても、さっきまでぐーすか寝ていたように思えたが……
リィリックは空気を読んでツッコミを入れないことにした。そもそも、下手に会話に割って入って、色々と巻き込まれたくもなかった。
すると、ジウクはちらちらと周囲の妖精たちに視線をやってから言った。
「もちろん、存じています。あちこちに
「そういうことだ。今のあたいはやらかし癖のある魔女探しで忙殺されているんだ。あいつを放っておくと、世界そのものが消えかねない」
「なるほど。それで今の貴殿は
その言葉にリィリックはギョッとした。
これほどに禍々しい魔力を放っていても、まだ半分なのか、と。いったい魔族の頂きとはどれほどの高みなのか、とも。リィリックは最早、呆然とするしかなかった。
何にしても、ジウクはというと、ついに帯びていた二つの剣を抜いた。
これにはラナンシーも瞠目した。
というのも、一つは魔剣――この世界の調停者と謳われる四大竜の牙を錬成した凶悪な武器。
そして、もう一つはよりにもよって聖剣――本来は帝国から門外不出、
「おやおや? これまた懐かしいものを持ち出してきたものだな」
「さすがにこの二振りをご存知ですか?」
「ご存知も何も……それはもともと本土のものさね」
「その通りです。この二つの剣ならば――貴殿に届く。いや、届かせてみせます!」
「面白い。少しだけ
「いざ、いきます!」
こうして『妖精の森』にて、女将軍と大妖精は激突したのだった。
―――――
あれ? 主人公リンムの出番と活躍……(´;ω;`)ウッ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます