第111話 頭のおかしい者はなぜかつるむ

「それじゃあ、あたいは本当に行くよ」


 王国のAランク冒険者アルトゥ・ダブルシーカーがそう言って、巨鋏を宙に放り投げようとしたタイミングで、


「ちょっと待ってくれ」


 と、オーラ・コンナーは制した。


「何だい、おやっさん?」

「もしかして……お前さん、今回の第四王子の遠征騒動についてろくに知らないんじゃないか?」


 オーラがそう尋ねると、アルトゥはぽかんとした表情になった。


「馬鹿の遠征騒動?」


 その返事にオーラはすぐさま、「やれやれ、こりゃあ何も知らんな」と呟いたわけだが……


 そんなオーラの呆れ顔に対して、アルトゥはというと、無駄な自尊心でもくすぐられたのか、


「し、し、し、知っているともさ! あれだろ、あれ!」


 アルトゥはぷんすかと下唇を突き出した。


 そして、広場にいるDランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツをちらりと見て、答えを探るかのように眉間に皺を寄せた。


 そのスグデスはというと、近衛騎士イヤデスとドクマワール家の手下たちを拘束の魔導具でもってまとめて縛りあげている最中だった。


 その様子を見て、アルトゥはぽんと手を叩く。


「つまり、あれだよ。馬鹿王子がこの近衛騎士を連れて、ついに領主を・・・討ち取りにでも来たんだろ」

「……領主だあ?」

「ああ。第四王子も馬鹿だけど、ここの領主も大概に阿呆だからな。きっと何かやらかして、イナカーンの街まで逃げ込んだに違いない」


 そう言って、アルトゥは「ふんす」と胸を張ってみせた。いかにも「どやぁ!」と言わんばかりだ。


 朝から領主館に当主がいなくて、そこの執事爺さんが「イナカーンの街に出張した」と言っていたので、こんな当て推量に到ったわけだが……


 当然のことながらかすりもしていなかったので、オーラはやれやれと肩をすくめた。


「違う。第四王子フーリン・ファースティルがこの地方の領主と連れ立って、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル様を拘束する為に、彼女が滞在しているイナカーンの街に攻め込んだんだ」

「な、な、何だってえええ!」


 気持ちいいぐらいのアルトゥの反応に、かえってオーラやスグデスが驚いたぐらいだ。


 ともあれ、オーラはこれまでの詳細を教えてあげた――


「ええと……てことは、おやっさんの話をまとめると、帝国の陰謀に気づかずに、王国と法国の一部が乗っかっちゃって、馬鹿王子を走らせたってことかい?」

「まあ、そうなるな。馬鹿は第七聖女に恨みを晴らしたい。法国は派閥絡みでその聖女を排除したい。そして、王国はかつて王家に粗相をした聖女を表舞台から降ろしたい――そんな思惑が絡み合って、帝国にむざむざ利用された可能性が高い」

「そんなに上手くいくもんかねえ?」

「俺もそう思っていたが……これを見てくれ」


 オーラはそう言って、近衛騎士イヤデスの懐をまさぐって、そこから蟲毒の瓶を取り出した。


「うげっ! 何で近衛がそんなえげつないもん持ってるんだよ」

「こいつはドクマワール伯爵家の出身だから、毒を所持していること自体は構わんのだが……さすがにそれが魔虫の蠱毒となると看過出来ん」

「なるほどな。それで帝国に繋がるってわけか」

「しかも、このイヤデスが示唆したところによると、この蟲毒は人の魔力マナ経路に取りついて、その人物を都合よく操るものらしい」

「てことは……馬鹿フーリンもやられているってことかい?」

「さてな」


 オーラはその点は言葉を濁した。


 そもそも、王城にいる間に第四王子フーリンに魔虫を取りつかせたら、さすがに城内に勤める魔術師や聖職者に感づかれる可能性が高い。


 となると、タイミング的にはフーリンを口八丁でそそのかして、イナカーンに向けて王都から出たところで仕込んだと考えるべきだろう。


 その仕掛け人は当然――王子付きの近衛騎士イヤデスだ。それについてはこれから拷問でもして聞き出せばいい。


 もっとも、暗殺一家出身とあって、早々には吐き出してくれないだろうが……


「まあ、今回の騒動の背景はそんなところだ。現状、巨狼フェンリルの目を通して見たところ、イナカーンの街の門前で第四王子フーリンと第七聖女ティナ様が接触したばかりだ」

「ヤバいじゃん! 義父おやじはいったい何をしているんだ?」

「……義父?」

「リンム義父とうさんのことだよ」

「ああ……そうか。そういえば、お前さんもあそこの孤児院の出身だったっけか。リンムについて言うなら――まだ『初心者の森』から帰ってきていない」

「じゃあ、姉は?」

「糞……姉?」

「神聖騎士で、無駄に偉そうにふんぞりかえっている奴のことだよ」

「なるほど。姉か……団長のスーシー・フォーサイトならば――今、ちょうど捕まっているな」

「は? ええと……それは第四王子にか?」

「いや。なぜかは知らんが、護衛対象のはずの第七聖女のティナ様にだ」


 それを聞いて、アルトゥはいかにも理解が覚束おぼつかないといった複雑な顔つきになったものの、しばらくして「ぷぷぷ」とお腹を抱えて笑い出した。


「あ、ははは。そりゃあ、傑作だね! 何だって、護衛対象に捕まっているんだよ。いやあ、あたいとしては第七聖女って奴と仲良く出来そうだよ!」

「はあ。勘弁してくれ。頭のおかしいのがこれ以上つるまれても困る」

「ん? 何だって?」

「何でもないさ」


 オーラはそう呟いて、「おや?」と顔を領都の方に向けた。


 というのも、ぱからっ、ぱからっ、と。


 早馬の足音が響いてきたからだ。いったい何者かと凝視していたら――


 二人の人物が見えてきた。老騎士ローヤル・リミッツブレイキンとA※ランク冒険者の詐術士シイティ・オンズコンマンだ。


 さすがにオーラも高潔で知られる老騎士ローヤルまで第四王子フーリンに対して不義を働いているとは思えなかったが……万が一を考えてナイフを両手に持って構えた。


 というのも、オーラからすると、老騎士ローヤルより、馬で並走している詐術士シイティの方がむしろ信用出来なかったからだ。


 それだけシイティの評判は地に落ちている。悪党どもや悪徳貴族の方がまだ信頼を置けるほどだ……


 しかも、アルトゥは詐術士シイティを見かけて、なぜか「げえ!」と、蛙のようなダミ声を上げた。


 当然、オーラは「ん?」と眉をひそめるも、すぐに二人は広場に駆けつけてきた。


「どう! どう!」


 老騎士ローヤルが馬を制して、馬上からオーラたちに声を掛ける。


「そこにおるのは、ムラヤダ水郷長のオーラ・コンナー殿と、Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカー殿とお見受けする」


 そう言って、老騎士ローヤルは拘束されている近衛騎士イヤデスとその手下たちに視線をやった。


「どうやら身内の不祥事を代わりに片付けてくださったようじゃな。誠に感謝する。馬上であることに加え、簡単な謝意で済ませて恐縮じゃが……ところで、第四王子フーリン・ファースティル様の行方をご存じなかろうか?」

「あの王子ならとっくにイナカーンの街に行ったよ。今は門前で聖女様と一悶着を起こしている最中だ」


 オーラがそう答えると、老騎士ローヤルは「ふむう」と呻った。


 その表情には、いかにも間に合わなかったかと、後悔の念が色濃く浮かんでいた。


 これはどうやら敵ではなさそうだなと、オーラは「ほっ」と息をついて、そこで短剣を収める。


 一方で、同じく馬上のA※ランク冒険者こと詐術士シイティは早速、同業者のアルトゥを見つけると、


「あら? アルトゥお姉様・・・じゃありませんこと?」

「ひ、久しぶりだな……よ。げ、げ、元気そうで何よりだ」


 そんな会話を聞いて、オーラはふと、パイ>スーシー>アルトゥ>シイティの順かと理解した。単純に年齢差なのだろう。


 もっとも、アルトゥがなぜかすぐさま「ちい」と舌打ちしたのが気に掛かったが……


「ええ。おかげさまで、元気にしていましたわ。それよりも――お姉様?」

「な、何だ?」

「こないだ貸したお金を返してください」


 アルトゥはシイティから咄嗟に目を背けた。そんなアルトゥにシイティは近づく。


「どこぞの貴族を気に入らないからとぶん殴って、慰謝料を請求された分を仕方なく肩代わりして差し上げましたが――まだ一銭も返してもらっていませんわ」

「そ、それについては……依頼クエストの報酬できちんと返すよ」

「あら? ということは、今はその依頼の最中でしたの? お姉様のお邪魔をしてかえって悪かったかしら?」

「い、いや……今はちょうど……訳あって帰郷中さ」

「奇遇ですわ。私も戻るところでしたの。お義父とう様に早くお会いしたいわ」

「頼む! くれぐれも借金のことは義父おやじには黙っていてくれ!」


 アルトゥがそんなふうにシイティを拝んで泣きついたものだから、オーラは珍しいものを見たなといったふうに眉尻を上げた。


 何にしても、アルトゥ同様にオーラから詳細を聞くことになった老騎士ローヤルはというと、しばらく呆気にとられた。


 一方でシイティは、スーシーが聖女ティナに亀甲縛りされていると聞いて、「ひいひい」と、涙を流すくらいに笑ってから、


「あら、嫌だ。私ったら……心の底から親友マブダチと呼べそうな方を見つけてしまったかもしれないわ」


 などと、言い出したものだから、オーラはまたもや「はあ」と小さく息をついた。


「勘弁してくれ。頭のおかしいのがさらにつるまれても困る」

「あら? 何かしら?」

「何でもないさ」


 ともあれ、詐術士シイティはDランク冒険者スグデスのそばで拘束されて転がっている近衛騎士イヤデスにちらりと視線をやると、


「じゃあ、私が色々と吐かせてあげましょうか」


 そう言って、にこりと笑みを浮かべた。


 どうやら義姉スーシーが酷い目にあっていると聞いて、ずいぶんと気分を良くしたらしい。


 いったい孤児院出身の四人姉妹はどんな力関係なんだと、オーラもさすがに訝しんだものの……


 近衛騎士イヤデスはというと、顔から大量の脂汗を流して、猿轡されている口から情けなく息を漏らし、いかにも「止めてくれ!」と表情で訴えてきた。


 暗殺一家のドクマワール家出身だけあって、詐術士シイティがどんなふうに吐き出させるのか、それなりに知っているのだろう。


 事実、すでにイヤデスの股間はなぜか血が滲んでいた。


「あら? うふふ。こんなに勃起させちゃって。辛いのかしら?」


 直後、詐術士シイティの顔に呪詛がありありと浮かび上がる。


 さらに呪詞が黒いもやとなってイヤデスに纏わりついて、その目から、耳から、あるいは猿轡の隙間から、何より血が滲んでいる男性器から、不浄の臀部から――ありとあらゆる穴から入り込んで犯していった。


「うぐ……う、うううっ!」


 絶頂とも、絶叫ともつかない、イヤデスの声音が広場に響いた。


「これじゃあもう男性器は使い物にならないかもしれないわね。何なら、さすって楽にしてあげましょうか?」

「うげえええ! ぼぼもうだべで止めてぐでえええ!」


 最早、近衛騎士イヤデスが履いているパンツは真っ赤になって、血涙まで流している始末だ。


 こんなやり方で同僚が拷問されるのを果たして高潔の老騎士ローヤルが許すのだろうかと、オーラがちらりと視線を向けるも……


 ローヤルは毅然として突っ立っていた。やや怒気を含んでいるのは――むしろ同僚の・・・愚考を止められなかった自身に対してか。


「さあて、そろそろ頃合いかな。吐いてもらいましょうか」


 そんなローヤルの態度にシイティも気づいたのか、そこで近衛騎士イヤデスの猿轡を外してやった。


「分かった! 話す! 何もかも全てを話す! だから、もうこんなことはやめてくれえええ!」

「時間が惜しいから、要領よく話してくださいね」

「ああ、実のところ――」


 こうして今回の第四王子フーリンの遠征について、イヤデスの口から語られたのだが……


 改めて知らされた真実について、その場にいた誰もがぽかんと口を開けて、驚愕するしかなかった。



―――――



次話はついに主人公の視点に戻ります……てか、主人公っていったい誰だっけ? といった感じの作品になりつつある今日この頃……(-_-;)

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