第110話 Aランク冒険者
王国の
「やらかしちゃったあー」
といったふうな顔つきで、額に片手をやった。
その片頬には
こんなふうに「あちゃー」と肩を落としていると、どこか愛嬌があって、その肉感的な外見と合わさって、とても魅力的な若い村娘にも見えてくるから不思議なものだ。
もっとも、そんなアルトゥに反して周囲の状況はというと、まさに悲惨そのものだった――
まず、巨鋏での着地失敗の余波で、ドクマワール一家の手下たちの半数が
次いで、Dランク冒険者スグデス・ヤーナヤーツの巨斧で何とかその衝撃波を和らげた、スグデスとオーラ・コンナーだったものの……
こちらはこちらで、さっきよりもよほどズタ
そんな二人を目の当たりにして、アルトゥはニカッと、愛想笑いを浮かべて、
「おやあ……そこにいるのはオーラのおやっさんじゃねえか。久しぶりだねえ」
空気を読まず、呑気な挨拶をした。
そして、衝撃波によって死んだ者たちが堅気ではなさそうだと気づいたのか、「ほっ」と安堵の息をつくと……とにもかくにも面倒事は全てオーラになすりつければいいとばかり、
「こりゃあ、もしかしてお取り込み中だった? ごめんねー。オーラのおやっさん
これまた見事に責任転嫁して逃げ出そうとした。
当然、そんな態度にかちんときた近衛騎士イヤデス・ドクマワールはアルトゥに向けて怒鳴り散らした。
「貴様! ふざけるなあああ! ごめんで許されるならば、
もちろん、イヤデス自身がまともな騎士でないことを棚に上げつつ、こちらはこちらで何とか怒りを抑えつける為に額に片手をやった。
ここらへんはさすがに暗殺一家出身といったところか。冷静さと冷徹さを失わないようにと懸命に努めている。
「ええー。じゃあ、あたいにどうしろっていうのさ?」
もっとも、アルトゥが下唇をつんと突き出して
「貴様はAランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーで間違いないな?」
直後、アルトゥは「ええっ?」と、驚いた顔つきできょろきょろと辺りを見回した。
「アルトゥさーん。呼ばれてますよー。どこにいるんですかあー?」
いかにも面倒事ばかり起こしてきた者特有の挙動不審な反応だったが……
これにはさすがにイヤデスも「ちいっ」と舌打ちをして、むしろ埒があかんとばかりにオーラを睨みつけた。
「おい! オーラ! 間違いないよな?」
「ああ……まあ、そうだ。こんなイカれた娘でも……一応は俺の後継者、王国の現役Aランクだよ」
「ああっ! おやっさん、ひどい! この裏切り者!」
さらにアルトゥがいじらしく拗ねるも、近衛騎士イヤデスは「はああ」とため息混じりに告げた。
「いいか、アルトゥ・ダブルシーカーよ。貴様には責任を取ってもらう――俺様と組め。俺様の命令をこれからよおおく聞くんだ」
「ええと、それって
「こんなことを仕出かしておいて! 依頼のはずがなかろう!」
「うっわ。ドケチだねえ。ろくに稼いでないの? あたいは安くないよ。最近、めちゃ金欠だしさあ」
「な、な、何だとおおお」
お金をたかってくる上に、全く話の合わないアルトゥに対して、近衛騎士イヤデスはまたまた頭に血が上りかけたものの……
眼前にいるAランク冒険者をここで手駒にしておけば役に立つはずだと頭を切り替えて、再度、「すう、はあ、すう、はあ」と深呼吸を繰り返した。
「いいか。よく聞け! 報酬は……貴様の働き次第だ!」
「ふうん。まあ、いいよ。じゃあ、そこにいるオーラのおやっさんでも、さくっと殺ればいいのかい?」
アルトゥがそっけなく言ったので、さすがにオーラはギョッとした。
ちなみに同じAランクとはいえ、オーラは比較的常識的な冒険者として知られている。
そもそも、まともでなければ、引退後に故郷を守る為にわざわざ戻りはしないだろう。
一方で、アルトゥは前任に比して自由気ままに過ぎると言われてきた。
同世代かつ同郷の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトに対抗心を燃やしているので、魔物の討伐依頼はよく引き受けるのだが――
それ以外のことについてはあまりに無頓着なのだ。王家や公侯爵家からの依頼でも、気分次第で
もちろん、近衛騎士イヤデスはそんなアルトゥの仕事ぶりや性格を聞きかじっていたので、「さくっと殺ればいいのかい?」というところで、にやりと笑みを浮かべつつも、
「いいや、そこのオーラについては俺様が引き受ける」
と、頭を横に振ってみせた。
そもそもからしてオーラにはこれから魔虫の蠱毒の実験体になってもらうのだ。
「貴様には……これからすぐにでも向かってほしいところがある」
「どこだよ?」
「イナカーンの街だ。この広場から伸びる一本道の先、『初心者の森』の手前にある。ここからならばさほど遠くはない」
近衛騎士イヤデスが指差すと、アルトゥは「ほうほう」と肯いた。
行ってほしいも何も、ちょうど帰郷の途上だった。だから、「別にいいよ」と応じようとして――
「おや? あんたってば……もしかして?」
今さらになってアルトゥは話し込んでいる相手が近衛騎士ではないかと眉をひそめた。
近衛騎士特有の煌びやかな
王城でちらりと見かけた記憶がここにきて脳裏を
それがいったいなぜ、オーラ・コンナーとこんなふうにガチで殺り合っているのか?
ちなみに、この時点ではまだ、アルトゥは第四王子フーリンの遠征についてろくに知らなかった。
そもそも、帰郷したのも育ての親のリンム・ゼロガードに再会する為である。
だから、これはいったいどんな厄介事なのかと判断する為に、
「んー。イナカーンの街かあ。どうしよっかなあ。あたい……これでも忙しいしなあ……余計な事に首を突っ込みたくないんだよなあ」
と、わざと言葉を濁して、オーラにちらちらと視線をやった。
もっとも、オーラにはアルトゥが何を悩んでいるのかさっぱり分からなかったし、この隙を突いて、いかにアイテム袋から毒消しのポーションをこっそり取り出すかで苦心していた。
「おい。俺様の話を聞いているのか? アルトゥ・ダブルシーカー!」
「アルトゥさーん。また呼ばれてますよー」
「な、な、何だとおおお」
ここにきて近衛騎士イヤデスはついに冷静さを失ってしまった。
「ちい! いいか。報酬の話は後だ! 貴様はさっさと
口は災いの元と言うべきか……
アルトゥの出身地を知らずに、侮辱してしまったのだ。
直後、アルトゥの雰囲気が変じた――急に怒気と殺意に
「今……あんた……何て言った?」
「貴様にさっさと行けと言ったはずだが?」
「違う! その前だ!」
「く、糞……ド田舎のことか?」
次の瞬間、近衛騎士イヤデスを守ろうと進み出てきた手下たちは――全員ぶっ飛ばされていた。
「……は?」
イヤデスをもってしても見切れなかった。
アルトゥは巨大な鋏を全開にして、それを長柄武器のように振るったのだ。
「全員、散れえええ!」
イヤデスがそう叫ぶも、アルトゥは巨鋏を閉じて、伸ばした右腕に乗せた。
そして、さながら
それが次々と手下を撃ち抜いていくと、さすがにこれはマズいとみたイヤデスは鼓舞するかのように、
「俺様と共にかかれえええええ!」
手下と共に、一気呵成に――
数を頼りに襲い掛かるも、アルトゥは鋏を二つに割って、今度は双剣のように振るった。
このとき、イヤデスはというと、よほど眼前の光景が信じられなかったのか、真っ青になっていた。
というのも、ドクマワール家の手練れたちが総がかりでも、アルトゥに傷一つ付けられなかったのだ。
これが王国の最強にして最高と謳われる
今さらながらイヤデスは思い知らされた。
だから、広場に立っている手下がいなくなった時点で、
「ま、待て! 待ーってくれ! 貴様に……い、いや、アルトゥ殿に謝る! イナカーンの街を侮辱したことについて正式に謝罪する!」
イヤデスは大声を張り上げた。
すると、アルトゥはやっと怒気をわずかばかり薄めた。
「イナカーンの街が貴女の思い入れのある場所だとは知らなかったのだ」
「故郷だ」
「そ、そうだったのか。それは……すまない! 郷里を馬鹿にしてしまった!」
「で?」
「ええと……で? とは?」
「謝罪は言葉だけか?」
アルトゥにじろりと睨まれて、イヤデスは情けなくも「ひい」と呻った。
すぐさま頭を下げて、「こ、これでよろしいだろうか?」と、いかにも恭しく手もみまでして、機嫌を取るような眼差しをアルトゥに投げかける。
「ふん。今後は言葉に気をつけろよ」
「畏まりました!」
「それじゃあ、あたいは帰る」
そう言って、アルトゥがくるりと背中を見せた瞬間だ――
「ふん! 行かすかよ! この
近衛騎士イヤデスはその隙を見逃さず、アルトゥに向けて全力で襲い掛かった。
だが、アルトゥは「はあ」とため息をついて、イヤデスの攻撃など気にせずにイナカーンの街に向けて巨鋏を投げる仕草をする。
「じゃあね、
「おう。こいつらの始末は任せておけ」
刹那、近衛騎士イヤデスはどさりと地に崩れた。
すぐ背後にいたオーラ・コンナーによって首を締め付けられたのだ。
倒れていた手下たちもDランク冒険者のスグデスによって無力化されていた。どうやら二人ともアルトゥとイヤデスたちが戦っている隙に回復出来たらしい。
「へえ。二人ともやるじゃないか。さっきまで何であんなに
もちろん、その襤褸さ具合の半分ほどはアルトゥがここに吹っ飛んできたせいだったのだが……
「やれやれ、とんでもない目にあったもんだぜ。ここ最近、こんなのばかりで嫌になってくるな」
オーラはというと、そう嘆くしかなかった。
とはいえ、このときもっと酷い事態がすぐに起こることなど、さすがに元Aランク冒険者をもってしても予見することは出来なかったのだが……
―――――
次話は渦中のイナカーンの門前にはまだ行かず、この広場での出来事が続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます