第109話 駆けつける(後半)

「とりあえず、旦那よ。さっさと回復しろよ。そのぐらいの時間は稼いでやるぜ!」


 Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツはそう言って、オーラ・コンナーの前に進み出ると、いかにも盾役タンクといったふうに巨斧をドシンと構えた。


 だから、オーラも「じゃあ、この場はいったん任せたぜ!」と、距離を取ろうとした。


 だが、さすがに多勢に無勢――


 近衛に扮していたドクマワール家の手下の半数はスグデスに相対して、残りはオーラを逃すまいと背後に回った。


 しかも、手負いの者から片付けるというセオリー通りに、近衛騎士イヤデスまでじりじりと迫ってくる。


「ちい! しつこいな!」


 オーラはそうこぼしつつも、スグデスにちらりと視線をやった。


 あれだけ大見栄を切ったのだから、手下ぐらいさっさと返り討ちにしたかと思いきや――


 何とまあ、スグデスはそんな手下たちにされていた……


「ちょ! ちょ! 待てよ! こいつら強えーじゃねえか!」


 オーラは天を仰いだ。


 スグデスは巨斧を得物にする、典型的な戦士だ。


 つまり、敏捷性に長けた暗殺者……それも複数の敵となると、すこぶる相性が悪い。


 せめてスグデスの後衛にフン・ゴールデンフィッシュみたいな狩人か、もしくは魔術師あたりがほしいところだが……


「そんな戦力がド田舎の一本道を都合よくほいほい歩いているわけねえよな」


 オーラはそう嘆きつつも、近衛騎士イヤデスの魔剣やその手下たちの暗器を何とか捌き切った。


 スグデスとは違って、こちらはさすがに元Aランク冒険者か。たとえ神経毒に全身をむしばまれ、さらには魔剣が幾度も掠めたはずなのに、イヤデスたちを相手に何とか渡り合っている。


 もちろん、いかにも綱渡りに近い戦闘ではあったものの……それでも土埃がなくなって視界がやっと開け、さらに相手が半数になった分、先ほどよりはマシといったところか……


「だが、これじゃあ……ジリ貧だぜ」


 オーラはそう呟いて、結局、スグデスのいる方にじわりじわりと後退した。


 さらに、そうやって幾度か近衛騎士イヤデスたちの攻撃をいなしているうちに、オーラはついにスグデスと背中合わせとなった。


 そんなオーラとスグデスをドクマワール家の手下たちは完全に取り囲む。


「おい、旦那! こいつら、いったい何なんだよ? めちゃくちゃ手練れじゃねえか!」

「第四王子フーリン付きの近衛騎士イヤデスと、その生家のドクマワール伯爵の家人どもだ」

「はあ? これがお貴族様の使用人だと?」

「お前も長らく冒険者をやっていたら、一度は暗殺一家の噂を聞いたことぐらいあるだろ?」

「ま、まさか! この王国で一番ヤバい連中じゃねえか。裏社会の犯罪組織の方がまだマシだぜ。こんちくしょう!」


 そんなふうにこそこそ話している間にも、手下たちは間断なく暗記で攻撃を仕掛けてくる。


 とはいえ、オーラがスグデスの背後を担ったこともあって、スグデスは巨斧を盾代わりにして今度は無難に捌き切ることが出来た。


 ただ、近衛騎士イヤデスのいびつな魔剣はどうやら無尽蔵に毒を宙に撒き散らすらしく、たとえオーラがかわしても、背後にいるスグデスに毒がかかって、その体を幾度も硬直スタンさせた。


 そんな隙を突いて、手下たちが襲ってくるものだから、さすがにスグデスも分が悪くなってきた。


「おい……旦那よ。召喚獣の巨狼フェンリルはどうしたんだ?」

「第四王子フーリンの一行にけたままだ」

「何でだよ! こっちにさっさと戻せって!」

「よく聞け、スグデス。俺たちが守るべきは第七聖女のティナ様だ。万が一のときは巨狼の背に乗せてでも、どこぞに雲隠れさせたい」

「んな、馬鹿な! こっちがやられたら、そんなの意味がねえだろ!」

「いいか。よく聞け、スグデス。こいつらの裏には帝国がついている。さっきイヤデスの野郎が魔虫の蠱毒を手にしていたことからそれは確定だ――魔族、魔獣、魔虫、それに帝国はセットだ」

「だから、それがどうしたってんだよ!」

「つまり、奈落を封印出来る聖女ティナ様が拘束されるか、または殺害された場合、帝国の魔族どもが国境を侵して攻めてくる」

「攻めてくるったって……それはまだ先の話だろ」

「そんなのは関係ない。帝国がやって来れば、辺境のイナカーンの街より先に、国境付近のムラヤダ水郷が蹂躙される。要は、公国と同じ状況に陥るんだよ」

「…………」

「俺だって別に慈善事業で聖女様を手助けするわけじゃない。奈落封印の抑止力ティナ様には何としても生きてもらわないといかんのだ」


 スグデスはしばし黙り込んだ。


 オーラが巨狼だけでなく、子犬たちも応援に寄越さないのは――ムラヤダ水郷に敵の間諜などが入り込まないように見張らせているのだろう。


 逆に言えば、このイナカーン地方の平和はすぐ背後にいる元Aランク冒険者のオーラの双肩にかかっているとも言えた。


 そもそも、冒険者の第一線を退いたとはいえ、オーラはこの地の重石となることを期待されて水郷に戻ってきたのだ。


 おそらくイナカーンの街に近衛騎士の次席たるウーゴ・フィフライアーがやって来たことだって偶然ではないはずだ。


 それらの布石はこうした事態が起こることを想定してのことだったと、スグデスもやっと気づいた――


「覚悟を決めろ、スグデス! こうなったら、いわゆる背水の陣ってやつだ!」

「ちい! マジかよ!」

「確実に一人ずつ殺っていくぞ!」


 オーラがスグデスにそうすごむと、近衛騎士イヤデスは「ふ、ははは」と含み笑いを浮かべた。


 そして、左手を高く掲げてみせる。直後、手下たちが暗器を構えた。おそらくイヤデスが手を下ろしたとたん、一斉に突撃してくるつもりだろう。


 これまではなぶるように、あるいは着実に神経毒が回るようにと、じわりじわりと真綿で首を絞めるように攻めてきた。


 それがこの期に及んで一斉攻撃を仕掛けてくるのだから――オーラとスグデスを間違いなく倒せるとみなしたのだ。


 実際に、オーラだけでなく、スグデスも十分に毒に侵されていた。


 背水の陣以前に、最早、二人ともただの崖っぷちでしかない……


 ……

 …………

 ……………………


 今度こそ、二人は完全に黙り込んでしまった。


 近衛騎士イヤデスと手下たちは獲物に群がるハイエナのようにじりじりと距離を詰めてきた。


 最早、オーラも、スグデスも、敗北を覚悟した。


「それでは、そろそろ終いにしようじゃないか。先ほども言ったように、貴様らは殺しはせんよ。魔虫の実験体になってもらうからな。その点だけは安心していいぞ」


 近衛騎士イヤデスはそう言って、嘲りの色を濃くした。


 全くもって安心出来ない話ではあったが、オーラとスグデスは互いに肯き合って、「くぜ」と、それぞれの最期を称えた――


 刹那だ。


「殺れ」


 と、近衛騎士イヤデスの左手が下りた。


 同時に、手下たちが見事な調和でもって、オーラとスグデスに襲い掛かってくる。


「こんちくしょう!」

「簡単に殺られてたまるかよ!」


 が。


 全員が交錯しようとした――


 その瞬間だった。宙から「すうう」と、風切り音がしたと思いきや、


 ド、ゴオオ、オオオオオン!


 と、広場に巨大で鋭利なモノ・・が唐突に落ちてきたのだ。


「ま、まさか……これは?」

「なんじゃこりゃあああ!」


 オーラは唖然として、またスグデスも驚きで顎が外れかけた。


 近衛騎士イヤデスでさえも口を大きくぽかんと開けて、何が起こったのか理解出来ないといった表情だ。


 実際に、手下の半数ほどが鋭利なモノの下敷きになって、すでに事切こときれていた……


 すると、着地と同時にけぶった土埃を払いながら、一人の女性が鋭利なモノを引きずりながら出てきた。


「あー、すまんすまん。投げミス・・・・ったあ。領主館からイナカーンの街までの飛距離を計算違いしたわあ」


 そんなふうに頬をぽりぽりと掻きながら、いかにも申し訳無さそうに現れたのは――


 王国の冒険者で最強にして最高、二つ名は『全てを断ち切る双鋏そうき』。


 そう。現役のAランク冒険者、アルトゥ・ダブルシーカーが宙から翔けつけた・・・・・のだ。



―――――



というわけでもう一人、本命が駆けつけ――もとい翔けつけたところで、次話もこの広場での戦いになります。

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