第107話 錬成士は重要な役割を担う

ここにきて初めてリンム、聖女ティナ、オーラ・コンナーの三人以外の視点が入ります。タイトルにある通り、錬成士ということは……



―――――



「ふむん。別に荒らされた形跡はないな。ここらへんに魔獣を幾度も寄越してきたということは……てっきり私のねぐらでも狙ったのかと思っていたんだが」

「魔獣程度じゃあ、チャルさんの認識阻害を見破れなかったってことっすかねえ」

「それでも、魔獣のもととなったフォレストウルフは戦闘能力はともかく、鼻の利く野獣のはずだろう? この程度の結界を破れないものなのか?」

あちき・・・はここらへんの野獣の生態には詳しくないんすけど……もしかしたら魔獣に合成する過程で能力も変じてしまったのでは?」

「その考察はなかなか面白いな。つまり、造った魔族本人も、使役する魔獣の能力を把握しきれていないということか」


 ダークエルフの錬成士チャルはそこまで言って、顎に手をやって考え込んだ――


 これまで合成獣キメラを造っていた魔族サラ、もとい魔王アスモデウスは相当知識に長けていたように見えた。


 一方で、今回魔獣をけしかけてきた者はアスモデウスよりも格下なのか……それとも魔獣の合成が本分ではないのか……


 何にせよ、チャルは再度、根城にしている洞窟に認識阻害をかけて、ムラヤダ水郷近くの高台へと続いている地下通路に、『放屁商会』の冒険者ことハーフリングのマニャンと盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーを案内した。


 全員で同じ『浮遊して移動する板』に乗ったわけだが、ゲスデスはいまだに慣れていないようだ。振り落とされないようにと端にしがみついている。


 もっとも、チャルはそんなゲスデスなど気にせずにマニャンに商談を持ちかけた。


「ムラヤダ水郷では大きな商いをしようと思っているんだ」

「ほう。となると、薬師の範囲内でなく、錬成士の仕事も請け負うってことっすか?」

「いや、商売はあくまでもポーションや毒消しなどに留めるつもりだよ。そもそも、ムラヤダ水郷は保養地だろう? 武器や防具などの錬成を求める客がそんなにやって来るとは思えん」

「まあ、その通りっすね。錬成するなら温泉の水なんかを素材にして、遥かいにしえの時代に流行ったとかいう『マイナスイオン水』とか、『水素水』とかっていう怪しげな商品で客を騙すってやり方もあるにはあるっすが……」

「さすがに人族に詐欺を働くつもりはない」

「じゃあ、大きな商いって何をやるつもりなんすか?」

「薬学の研究所を造ろうと思っているんだ。実際に、本土・・でも師匠について魔術研究所にいたからノウハウはあるしな」

「ほうほう、それは面白いことになりますなあ」


 マニャンは身を乗り出した。


 この大陸には法国に法術、王国に魔術を研究する機関はあるものの、薬学に関しては薬師に師事する以外に学ぶ手立てがない。


 それだけ治療や施薬については法国の聖職者がこの国でも幅を利かせていると言えるわけで、もしチャルの造る薬学研究所が成功すれば、ムラヤダ水郷はただの保養地だけではなく、王国――延いてはこの大陸でも無視出来ない郷になるだろう。


 オーラ・コンナーが水郷長でいる間に研究所がそこまで大きくなるかどうかはともかく、この計画はチャルなりの恩返しに違いない……


 マニャンはそう見立てて、すぐさま研究所設立への見積もりをぱぱっと頭の中で作り出した。


 すると、いまだに端にしがみついていたゲスデスが話に割って入った。


「その話なんだが……俺も一枚、噛んでいいか?」

「ほうほうほう、それはどういうこってすかね?」

「ムラヤダ水郷には俺の子分がまだ何人も残っている。研究所ってことはガワを新しく作るか、もしくはどこぞの宿屋でも買い取って改装するかだろ? 子分どもに仕事を与えてやってくんねえか?」


 ゲスデスが頬をぽりぽりと掻きながら言うと、マニャンはまずチャルに視線をやった。


「構わん。しっかりと働いてくれるなら経歴は問わんよ」

「じゃあ、決まりっすね。たしか……ゲスデスさんでしたっけ?」

「おう」

「ムラヤダ水郷に着いたら『放屁商会』と契約を交わしましょう。これで一番問題だと思っていた人手は確保っすね。あちきとしてもうれしい誤算ですよ」


 マニャンとゲスデスは握手した。


 同時に、浮遊する板はちょうどムラヤダ水郷そばの岩山の影に着いたようだ。ゲスデスは「相変わらずはえーな」とぼやきつつ階段を上がった。


 水郷の高台に出ると、ちょうど夕日が差し掛かった頃合いだった。赤い日差しが湖に反射して煌々と輝いている。これにはゲスデスだけでなく、チャルも、マニャンも、「ほう」と感嘆の息を漏らした。


 そんな景色を眺めながら水郷を目指して、門前にやって来ると、そこでは幾人かが揉めていた――


「こんな暗くなる時間に馬で早駆けしても、田畑に突っ込んで怪我するだけだろ!」


 どうやら門番のテーレ・ビモネンとラージ・オモネンの二人が一人の中年冒険者と押し問答をしているようだ。そのうちのテーレとラージが矢継ぎ早に言った。


「だけんども、おさがこうして、すぐんでも、って二羽目・・・の伝書鳩を寄越してきたんだべ。イナカーンの街で何かあったに違いねえべ」

「んだんだ。あんたなら馬の早駆けくらいよゆーだべ」

「だから、俺は騎士じゃなくて冒険者なんだ! 夜中の早駆けの経験なぞ、ろくにねえんだよ!」

「でえじょうぶだあ」

「この馬っこは優秀だべよ」

「かあー。人の話をろくに聞かない連中だなあ! これだから田舎モンは嫌いなんだ!」


 その冒険者は公国のBランク冒険者ことドウセ・カテナイネンだった。


 どうやら門番のテーレたちはオーラ・コンナー水郷長の一羽目の伝書鳩でドウセを確保して、さらに二羽目でイナカーンの街に急いで向かわせろという指示を受けたらしい。


 とはいえ、ドウセの言う通り、慣れない夜道での馬の早駆けは危険以外の何物でもない……


「いったい、何の揉め事だ? さっさと入れてほしいのだが?」


 そんなわけで、ムラヤダ水郷に入る為に門番二人にダークエルフのチャルが声を掛けたところ、


「おんやあ? あんた、いつもの薬師さんだべか?」

「んだんだ。やけに日焼けしてるけんども、間違いなく薬師さんだべが」


 今後のことも考えて、チャルは認識阻害を解いて、ダークエルフの姿のまま来訪したのだが……門番のテーレも、ラージも、何事もなくチャルを受け入れた。ここらへんは牧歌的な水郷らしいところだろうか……


 ともあれ、「聞いてくんろ、薬師さん」とテーレたちに拝まれて、チャルは仕方なく門前での揉め事を聞いたわけだが――


 直後、非常に嫌らしい笑みを浮かべて、ハーフリングのマニャンに曰くありげな視線をやった。


「はあ……もしかして……やる・・んすか?」


 マニャンがやれやれと肩をすくめてみせると、ゲスデスは「俺はそこまで付き合わねえぞ」と言った。チャルはそんなゲスデスに「ふん」と鼻を鳴らして、「別に構わんさ。ここでゆっくりしていけばいい」と伝えてから、


「さて、門番の二人よ。この冒険者は私が預かろう。最短でイナカーンの街まで送ってやる」

「おお、本当だべか」

「でも、薬師さんは徒歩でここまで来たんだべよな?」

「問題ない。日の変わらないうちにこの男をイナカーンまで連れていく。その代わりと言っては何だが……」


 チャルはそこでわざとらしく、「おほん」と咳払いしてから、いかにも恩着せがましく言った。


「オーラにはこの貸しをきちんと伝えるんだぞ。そうだな……少し大きめな宿一つぐらいで手を打ってやるとな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る