第106話 二手に分かれる

最近、毛髪同様にその存在まで薄くなってきたのではないかと疑問のおっさん主人公ですが……今回はそんなリンムがきちんと出てくる話です。



―――――



「俺はこのままイナカーンの街に取って返す。勝手知ったる森なので、足場の悪いところも気にせずに駆け足で通り抜けるつもりだが――」


 リンム・ゼロガードがそこで言葉を切って、同行していたダークエルフの錬成士チャルと『放屁商会』の冒険者ことハーフリングのマニャンに視線をやると、二人は「うーん」と渋い表情を作った。


 そのうちのチャルがまず肩をすくめてリンムに言葉を返す。


「私はもともと洞窟にある自宅が無事なのかどうか確認しに来ただけだ。このまま帰宅しても全く問題ない」

「つまり、同行はここまでということでいいか?」

「ああ。ついでにムラヤダ水郷にでも足を伸ばしてくるさ。しばらくはそっちで店を構えて拠点にするつもりだからな」

「そういえば、オーラとそんな話を詰めていたものな。まあ、あまりオーラを虐めないでやってくれ」


 リンムがそう釘を刺して、今度はハーフリングのマニャンに向くと、そのマニャンも「ふう」と一息ついてから言った。


あちき・・・もチャルさんに付き合いましょうかね。そっちの方がお金の匂いがぷんぷんとしますし……それに何よりリンムさんに同行して王族と対立するような真似は避けたいっすからねえ」

「何だかすまんな」

「いえいえ、無事を祈っていますよ。まあ、リンムさんなら何ら問題ないと思うっすけど……あ、そうだ。もし『放屁商会』にご入り用の際は、この鈴を鳴らしてくださいな」


 マニャンが懐から小さな鈴のペンダントを取り出してリンムに手渡した。


「これは……?」

「以前、チャルさんを探す時に渡したものと同じものっす。振ってもろくに音は鳴らないんですが、特有の周波を出すので、それに大陸中の宙にいるかかしファンネルドローンが反応してくれるんすよ」

「な、なるほど。いまだによく分からない話だが……要は、これを鳴らせば君と渡りがつくわけだな?」

「まあ、そんなとこっす」


 マニャンの返事にリンムは肯くと、次に盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーに話を振った。


「ゲスデスはどうするんだ?」

「俺もチャルと一緒にムラヤダ水郷に行くぜ。子分どもがまだ拘留されているはずだからな」

「そうか。そういえば……盗賊の仕事はまだ続けるつもりなのかね?」


 リンムがさりげなく尋ねるも、ゲスデスは「しっ」と唇に人差し指を当てて神聖騎士団の方にちらりと視線をやった。


「勘弁してくれ、リンム。俺をここで縛り首にするつもりか?」

「すまんすまん。晴れて天下御免の盗賊になったのかと思っていたよ」

「何だよそりゃあ。まあ、たしかに俺たちの盗賊団は領都の貧民街スラム出身だから義賊を気取ったことだってあったが……どのみち脛に傷持つ身には変わりねえよ。きれいごとじゃ世渡りなんざ出来ねえんだから、結局のところ、お前さんらとは交わらない運命なのさ」

「そうか」

「ああ。まあ、そうだな……かつての弟分だったスグデスやフンはこれから真っ当な冒険者として生きていくだろうから、何だったら目をかけてやってほしい」

「分かったよ。じゃあ、達者でな」


 リンムはそう言って、左腕を掲げてぽんっとゲスデスと合わせて、互いの今後を称え合った。


 そして、何やら議論を重ねている神聖騎士たちに「諸君ら――」と声を掛けた。そんなリンムに対して幹部の女騎士メイ・ゴーガッツが振り向く。


「俺は急いでイナカーンに戻る。獣道よりも遥かに通りにくい箇所を選んで、最短で進むつもりだ」

「そうですか。聖鎧を着込んだぼくたちでは、同行するとかえって邪魔になりますね」

「君たちはどうするつもりだ?」

「もちろん、イナカーンの街に戻ります。一応、他に魔獣が残っていないかどうか確認するつもりでいますが――」


 女騎士メイがそこまで言うと、ハーフリングのマニャンが横から声を掛けてきた。


「もうこの森には魔獣・・はいないっすよ」

「そこまで分かるのですか?」

「ほいな。かかしファンネルの『魔力探知』は優秀なのです。まあ、あちらさん・・・・・がまた魔獣を新たに造らなければという話っすけど……」


 マニャンはあえて話の後半から女騎士メイに聞こえない程度の声音にして、帝国の山々から『初心者の森』に入って、魔獣たちをけしかけてきた魔族のリィリック・フィフライアーの存在について言葉を濁した。


 魔族リィリックとエルフの女将軍ジウク・ナインエバーはちょうど『妖精の森』に侵入した頃合いで、リンムの師匠でもある女吸血鬼ラナンシーと対峙するはずだ。


 マニャンはすでにその情報を持っていたので、ここで神聖騎士団をけしかけてラナンシーの邪魔をしてはかえって悪いと考えたのだろう。情報を出し惜しみした格好だ。


 そんなマニャンに対してメイはやや訝しんだものの、すぐさま騎士たちに号令をかけた――


「全員、整列!」

「はっ!」

「我々はこれからイナカーンの街に戻る! 途中、森の入口広場にていったん待機! 先遣を出して、街の門前にて事態の収拾に当たっているイケオディ副団長と接触する! それでは全員、移動開始!」


 メイがそう大声を出すと、女騎士ミツキ・マーチを先頭にして神聖騎士たちはぞろそろと獣道を進み始めた。


 残念ながら湖畔方面とは違って、こちらには普段あまり冒険者は来ないので踏破された道がない。


 ついでに地図作製もかねて戻るようなので、騎士たちが広場に着く頃には日がかなり沈んでいるはずだ。夜中の森を嫌って、そこそこ開けた場所でキャンプを行う可能性だってある。


 そんな神聖騎士たちをいったん見送ってから、メイはリンムに声を掛けてきた。


「サスオジ様……イナカーンの門前ではもしかしたら対立することになるかもしれませんが……」

「構わない。先ほども言ったが、それぞれの立場があるんだ。気にする必要はないよ」

「そのお言葉、ありがとうございます」

「何にせよ、また向こうで会おうじゃないか」

「はい!」


 女騎士メイはリンムに一礼して、神聖騎士たちを追いかけていった。


「さて、それじゃあ……俺も急いで向かわないとな」


 リンムはその後ろ姿を見送ってから、チャル、マニャンやゲスデスに片手を振って、すぐさま駆けだした。


 ついにリンムがイナカーンの街へと戻り始めたのだ。



―――――



聖女ティナのターンが破天荒に過ぎて、またオーラもちょうど戦闘回ですから、どうしてもリンムが地味になってしまいますね。主人公なのに……


次回はちょっとだけリンム、ティナ、オーラ以外の視点。その次はオーラへと戻ります。ついに、やっと、後れ馳せながら、主人公的な活躍がやってくる……かも!?(←なぜか?マーク含む)

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