第105話 幕が切って落とされる

※前話ですが、私のミスで書き途中のVer. が上がっていたようで、その日の深夜に大幅に更新しています。よろしくお願いいたします。



―――――



 今、イナカーンの街の門前では二つの勢力が対峙していた――


「第七聖女ティナ・セプタオラクル様に告げる! 短慮は止めて人質を解放してください! このままでは当騎士団は貴女を罪人として処さなければいけません! 当騎士団は可及的速やかに今回の事態の鎮静化を望みます!」


 そんなふうに生活魔術の『拡声ハウリング』でもって、第七聖女ティナ・セプタオラクルに伝えているのは――神聖騎士団の副団長イケオディ・マクスキャリバーだ。


 第四王子フーリン一行急襲の情報を仕入れて、早々に風見鶏を決め込んだイケオディだったが……さすがに頭のおかしい聖女の行動までは読めなかったらしい……


 今では中間管理職の悲哀さながら、目もとに涙を浮かべて訴え続けている。


 そんなイケオディは聖女陣営の様子をうかがいながら呟いた。


「いやはや、このままフーリン様が到着したら最悪だ。戦争……いや、反乱が起きるぞ」


 ギルマスのウーゴの手紙には、第四王子フーリンは帝国にそそのかされた可能性があると示唆されていた。


 となると、神聖騎士団としても容易には支持出来まい。だからこそ、様子見を決め込んだわけで、ここまでくると副団長イケオディの一存だけでは判断しかねる事態だ。


「そもそも……なぜ、聖女様がうちの団長を人質に取っているんだ?」


 もしや秘かに聖女と共謀しているのでは?


 と、余計な勘繰りまでしたくなる始末だが……何にせよ副団長イケオディはしぶとく交渉をするしかないと考えた。


 今となっては神聖騎士団で攻勢をかけてスーシー・フォーサイトを奪還することも困難になっていた。


 門前に現れた聖女ティナの陣営――もちろん、ただのイナカーンの街の人々――に対して、ティナはよりにもよって魔獣や魔族ですら破れない最高位の法術『聖防御陣』を張ってしまったのだ。


 本来、これは何人もの聖職者が聖女に魔力を分け与えて、巨大な聖なる防壁バリアを展開するものであって、せいぜい一、二時間ほどしかもたないはずなのだが……


 魔力マナ量だけはお化けのティナにかかると、街の人々全員を覆って、いまだに底が知れないといった有り様だ。


 しかも、副団長イケオディが部下に何かしら対処させようと微かな動きをするたびに――


 ティナはというと、にやにやと笑みを浮かべながら、


「ほーら、スーシーの服をこれから一枚、一枚、脱がしていきまーす」


 とか、


「あら、スーシーの引き締まった腹筋が出てきましたねー。ちょっとばかし、この脇をこちょこちょしちゃいましょうかあ?」


 とか、


「あはん。こうやってスーシーに密着していると……何だか、わたくし……不思議ゆりいろな世界の扉を開きそうな気がしてきましたわ……あーっ!」


 とかと、およそ聖女とは思えない悪魔が如き所業を繰り返した。


 これにはむしろ、副団長イケオディも含めて、その場にいた神聖騎士たち全員が――普段はスーシーに鬼軍曹の如くこってりとしぼられていることもあってか、


「いいぞ。もっとやれ。何ならずっとやってくれえええ!」


 と、心中で応援し始めた……


 特に男性騎士たちからは「やれ」が「犯れ」のニュアンスにしだいに変じ始めた気がしてきたが……副団長イケオディはあえて気に留めないでおくことにした。


 そんなこんなで神聖騎士団はというと、二の足を踏むどころか、ただの一歩すら出せずにいた。


『王国最強の盾』のはずなのに何かを守ることすらあたわず、ティナ一人に完全にもてあそばれてしまった格好である。


 とはいえ、副団長イケオディは叩き上げだけあってさすがに姑息だった。


「法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル殿に要求する! 人質の交換だ! こちらをとくと見よ!」


 直後、ティナがスーシーにドスケベなちょっかいを出すのを止めて、


「ん?」


 と、いったん視線をやると――イケオディのそばには孤児院の子供たちがいた。


 もちろん、スーシーとは違って荒縄などで亀甲縛りはされておらず、人質というわりにはいかにもお客さんといったふうに丁寧に遇されている。


 この処遇ばかりは仕方のないことだろうか。というのも、神聖騎士団は『王国の盾』であって、基本的に街の人々には手を出せない。


 しかも、年端のいかない子供たちばかりだ。傷一つ付けてもいけないということで、ここまで来る途中でころりんと転んで泣いてしまった子供に対して、イケオディ自らが「よーし、よーし。いい子だなあ。泣くなよお」とあやしてあげているほどだ。


 しかも、当の人質役の子供たちはというと、


「ねえねえ。これ、何のあそびー?」

「あ、スーシーお姉ちゃんだ。捕まってるー」

「じゃあ、せいじょしゃまがわるものなの? あくやくなのかなー?」

「リンムおじさんどこー? ここは正義のヒーロー登場でしょ! リンムおじさーんんん!」


 一触即発という状況なのに、子供たちには緊張感の欠片もなかった……


 そもそも、今日は久しぶりに孤児院出身のスーシー、受付嬢のパイや鍛冶屋のカージたちが集まって、リンムの手料理を皆で食べると聞いていたから、その前に何かしら前座の演劇でも始まったのかとみなしたのか、


「じゃあ、ぼく、あくやくー」

「わたしもお姉ちゃんと一緒につかまるー」

「騎士のおじちゃん! どうするの! ここは鶴翼の陣で一気に包囲するしかないでしょ!」

「いいか! 皆の者、よーく聞きなさい。正義は我にあり! 焼き討ちよー!」


 いったいどこでそんな言葉を覚えたのか、子供たちは我先にと散らばって、最早収集のつかない事態になってしまった……


 これにはさすがに百戦錬磨の叩き上げこと副団長のイケオディも両手で頭を抱えて、


「勘弁してくれ……」


 と、わんぱくたちをぼんやりと眺めることしか出来なかった。


 ちなみに現状、この事態を唯一収集出来るはずの女司祭マリア・プリエステスはというと……


 そもそもからしてティナがスーシーを亀甲縛りして、街の門前にて神聖騎士団と交渉を始めた時点から頭痛がひどくなって、最早ぼんやりと事態を静観しようと努めていた。存外にアドリブがきかないマリアなのである。


 ……

 …………

 ……………………


 さて、そんなこんなで現場の混迷は深まる一方だったわけだが、副団長イケオディが「やれやれ、仕方ない」と、冒険者ギルドのギルマスこと、ウーゴ・フィフライアーを呼びつけて助力を請おうとしたタイミングで、どこからともなく、


 パカッ、パカッ、と。


 早駆けする馬の足音が響いた。


 それは遠くから土埃を伴って、しだいに怒号のように重なって、さながらイナカーンの街を蹂躙する蝗害の如く、ついにやって来たのだ。


 そして、先頭を駆けていた若者、第四王子フーリンが騎乗したまま、聖女ティナと副団長イケオディと正三角の位置取りまで進み出ると、まずその第一声を張り上げた――


「法国の悪女ティナ・セプタオラクル! 図が高い! 俺は王族だぞ! 何にせよ、大人しく縄につけえええ!」


 今、ここに、イナカーン三陣営の三つ巴の戦いの幕が切って落とされたのである。

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