第104話 決意する
※2023年9月26日02:05に更新しています。私のミスでどうやら書き途中のVer. が上がっていたようです。申し訳ありません。
前回に引き続き、元Aランク冒険者ことオーラ・コンナー水郷長回です。
―――――
「さて、俺様からの
第四王子付き近衛騎士のイヤデス・ドクマワールが騎乗したまま、にやにやと嫌らしく笑っている
「ちくしょう……最悪だぜ」
と、オーラは幾度も呟いた。
なぜ第七聖女ティナ・セプタオラクルをそこまでして害したいのかは分からないが――王国、法国、そして帝国までもが手を結んでいる可能性を鑑みるに、オーラは苦り切った表情になるしかなかった。
これがブラフなのだとしたら、この近衛騎士イヤデスは相当に役者だろう。だが、オーラが見るところ、イヤデスは嘘をついているようにも、演じているようにも思えなかった……
「…………」
オーラは無言のまま考え抜くしかなかった。
これが冒険者の立場なら簡単な話だった――無視を決め込めばいいのだ。自由気ままな冒険者稼業で何かしらに束縛される必要はない。
ただ、今、オーラは生まれ故郷のムラヤダ水郷の郷長という立場にある。先ほども近衛騎士イヤデスが「郷の水源に毒を混入させるぞ」と脅してきたが……ここで無視を決めようものなら後で報復されかねない……
「そもそも、王国、法国……それに帝国が第七聖女様を害する理由は何だ?」
オーラは再度、小声で自身に問いかけた。
王国が聖女ティナを煙たがっているのはよく分かる。何せ現王に愛されていた第四王子フーリン・ファースティルをよりにもよって社交界にてぐーで殴りつけたのだ。
王家とセプタオラクル侯爵家の関係も相当に冷え切っただろうし、そのおかげでティナは家を勘当されて法国にて修道生活を余儀なくされた。そんな法国がティナを害したいと考えるとしたら――
「おそらく……聖女レースに絡んだことかもしれないな」
こればかりは法国内に詳しくないオーラには推測するしかないことだ。
だが、聖女ティナがこちらでも腫れ物になっているだろうことは想像には難くない。何しろ、王国の貴族子女でありながら、神聖騎士団長スーシー・フォーサイト同様に色んな過程をすっ飛ばし、鳴り物入りで聖女になったのだ。そんな逸話はオーラだって耳にしている。
しかも、およそ聖女に向かない頭のおかしい……もとい破天荒な性格もあって、
守護騎士をあえて外部から採ったのは、聖女ティナがリンム・ゼロガードに惚れたという以外にやむを得ない事情もあったのだろう。
「さて、残るはもう一つだが……」
最後に帝国が聖女ティナを敵視するのは当然だ。
今回、ティナは『初心者の森』の奈落を封印したばかりか、帝国と縁のありそうな魔族まで討伐したのだ。実のところ、それを成し遂げたのはリンム・ゼロガードという一介の冒険者の尽力が大きかったわけだが、王国や法国の上層部では第七聖女の手柄として喧伝されている。
帝国が警戒の度合いを強めて、早いうちに始末しようとするのは理にかなっている。
「…………」
オーラは相変わらず無言を貫き通した。
つまるところ、オーラにとって聖女ティナにつくのは百害あって一利なし――といった状況なのだ。特に郷長という立場から考えれば、馬鹿で有名な第四王子に尻尾を振っても損はない。
が。
オーラはいまだに苦渋の表情を浮かべていた。
「だがなあ……はあ。こんちくしょう……やっちまったもんなあ」
そう。何より、オーラには聖女ティナに対して小さくない
「こんなんだったら、リンムの手料理とかいう罠に引っ掛からずに三馬鹿どもと飲んでりゃよかったぜ」
オーラの貸し――それは
……
…………
……………………
「一応、たとえ頭がおかしくても……あれは第七聖女様だ。そう。聖女様なんだ……さすがにげろんぱしたのがバレたら……何をふっかけられるか分かったもんじゃねえ」
オーラは誰にも聞かれないように呟いて、両手で頭を抱えた。
すると、近衛騎士イヤデスがいかにも何を悩むことがあるのだと言わんばかりに、馬上から鼻息を荒くして聞いてくる。
「おいおい、オーラよ。そこまで考え込むことか?」
「うっせえ! ちっとは黙ってろ! あ! そ、そうだ……ちなみに聞くが……テメエに娘はいるか?」
「はあ? 急にどうした? まあ、調べればすぐに分かることだが――いるぞ。六歳と二歳の娘がいる。目に入れても痛くないほどに可愛らしい娘たちだ」
「ついでに聞くが……そんな娘たちに俺がげろんぱしたら、お前だったらどうする?」
「当然、貴様を殺す。ただでは殺さん。俺様が直々に拷問の上、毒でじわじわと嬲り殺してやる!」
「まあ……そりゃあ、当然の反応だよな」
「まさかとは思うが……娘を盾に俺様を脅すつもりじゃなかろうな?」
「しねえよ。テメエと一緒にすんな」
オーラはそう唾棄して、再度、努めて冷静に考え抜いた――
聖女ティナはセプタオラクル侯爵家とは縁が切れかかっているだろうから、ティナの父親から嬲られることはないはずだ。
問題は……むしろリンムか。押しかけ妻ではあるが……あの勢いと若さならばリンムとて落ちるのは時間の問題だろう。そうなると、今後、リンムにげろんぱがバレたときにどうなるか?
「普通に考えれば……リンムのことだから寛容に笑って許してくれるはずだが……いかんせん、あの頭のおかしい女が話を盛りまくって俺のことを責め立てる可能性が高い。いや、そうなるに違いない」
オーラはそこまで呟いて、ついに「はああ」と息をついた。
水源に毒を混入されるのと、誤解したリンムの剣技を捌き切るのと、いったいどちらが対処可能か?
「やれやれだぜ……」
オーラはまた深くため息をついてから、近衛騎士イヤデスとしっかり向き合った。その目つきはまさに覚悟を決めた者の曇りなき
「ほう。やっと決心したか? では、俺様は急いでフーリン様を追いかける。後事は頼んだぞ」
イヤデスはそう言って、足で蹴って馬を駆けさせようとしたものの――
「待てよ」
二つ名『狂犬』を持つオーラはスキルの『威嚇』だけで馬を怯えさせてると、
「おっとっと……?」
近衛騎士イヤデスをついには落馬させた。
「貴様……邪魔するつもりか?」
「邪魔だあ? 笑わせてくれるぜ。こちとらどう謝るか――いまだに必死で考えてるってのによ!」
「はあ?」
「こうなったらテメエの首でも持って、馬鹿王子の前に掲げてやるぜ。そうすりゃ、あの頭のおかしな女だって、ちっとはげろんぱのことだって許してくれるだろうさ」
「げ、げろんぱ? いったい、何のことを言っているのだ?」
「つまり、テメエとは結局――」
そこで言葉を切ると、オーラは腰に帯びていた短い双剣を構えてみせた。
「こうなる運命だったってことさ!」
「ふん! 所詮は冒険者上がりってことか! では、ここでくたばれ!」
近衛騎士イヤデスも奇妙に歪んだ長剣を抜いた。
オーラは「魔剣か?」と呟くも、自らの視界がやけに揺れていることに今さながら気づいた――そう。このとき、オーラはすでに暗殺一家ドクマワール家の手中に落ちていたのだった。
―――――
というわけで、次回は誰にげろんぱされたか露知らない第七聖女ティナのさらなる奇行の話です。
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