第103話 動揺する

今話はオーラ・コンナー回です。そろそろ気づいた方もいるやもしれませんが、この章は主人公、ヒロイン、オーラの三人の視点から形成されます(たまに別視点入ります)。よろしくお願いします。



―――――



「おーい! 第四王子フーリン様の一行とお見かけする! 俺は王国のA※ランク冒険者のオーラ・コンナーだ! この先には魔獣が出没して、いまだ捕えていない魔族もいる! どうか速度を緩めて話を聞いて欲しい!」


 オーラ・コンナーは大声を出して、第四王子一行を呼び止めた。


 ここはイナカーンの街から巨狼フェンリルの背に乗って二、三時間ほど――


 穀倉地帯の収穫物を一時的に納める倉庫や納屋が並んだ広場で、今はまだ収穫時期ではないのでここら一帯の畑では夕方に近づくにつれ、人々も街に帰ってがらんとしている。


 そんな静かな広場に続く街道の中央にオーラは陣取って仁王立ちしていたわけだが……


「おい! 聞こえてないのか? 話を聞いて欲しい!」

「…………」

「こらっ! てめえら! ちっとは俺の話を聞けえええええ!」

「…………」


 オーラが幾度も声掛けすれど、第四王子フーリン・ファースティル率いる一行は返事をせず、速度も全く緩めなかった。


 むしろ、騎兵隊の突撃の如く、オーラへと真っ直ぐに迫ってくる……


 どうやら第四王子フーリン一行は早駆けにて日が沈まないうちにイナカーンの街に到着したいらしい。


 これにはオーラも「ちい!」と舌打ちするしかなく、先頭を走る第四王子フーリンの馬が広場に入る直前に仕方なく横へと飛んだ。同時に――


「巨狼よ。認識阻害で姿を隠してあの馬鹿王子と並走しろ!」


 自らの召喚獣にそう命じて、第四王子フーリンの背中を仕方なくじっと見送った。


 王子の周囲にいた近衛騎士はわずか十人ほど。その一行のほとんどはイナカーンを治める領主の騎士たちで、百人にも満たない中隊規模だ。


 もっとも、イナカーンの街には衛士や神聖騎士団もいるし、街を取り囲んで威嚇するには十分な人数だろうか……


「さて、と――」


 オーラは立ち上がってぽりぽりと頬を掻きながら、そんな一行が通り抜けて、土埃が落ち着くのを待った。


 さらに腰に帯びていた短剣に手を伸ばし、漂う土埃からは距離を取って、あえて広場の開けた場所にゆっくりと進み入る。


「おい、そろそろ出てきたらどうだ? もったいぶることもないだろう?」


 そんなふうにオーラがまだけぶる土埃に向けて声を掛けると、


「ふん。なるほど。A※ランク冒険者のオーラ・コンナーという名乗りは本当のようだな。こちらこそ聞きたいのだが……なぜ貴様がこんなところにいる?」

「そういうあんたは――第四王子付きの騎士イヤデス・ドクマワールか?」


 実際に、土埃の中からは近衛騎士イヤデスが出てきた。


 どうやら一人だけ馬の脚を緩めて土埃に紛れて引き返してきたらしい。


 もちろん、第四王子フーリン一行を追いかけた巨狼の目を通じて、オーラはその踵返しを確認していたので、こうして土埃の中で不意打ちされるのを防ぐことが出来たわけだが……


 その近衛騎士イヤデスはというと、いったん馬から下りて、冒険者風の装いに付いた土埃をぱんぱんと払ってから、


「質問しているのは俺様だ。なぜ貴様ほどの人物がこんなところにいる?」

「たまたまだよ。俺が法国の第七聖女様や王国の神聖騎士団長と一緒になって魔族討伐をしたって話はさすがに知っているだろう?」

「まあな」

「その帰路でイナカーンの街に寄ったときに……どういう理由かは知らねえが、第四王子フーリン様の一行がイナカーンの街にやって来ると冒険者ギルドで耳にしてな。まだ魔獣が徘徊して、魔族も見つかっていない状況だから、こうして注進の為にわざわざやって来たってわけだ」


 オーラは肩をすくめて、いかにも恩着せがましく言った。


 もちろん、オーラは第四王子フーリンの目的を知っていたし、ギルマスのウーゴ・フィフライアーと謀って一行を足止めする為に来たわけだが――


「まあ、せっかくの注進だってのに……肝心の第四王子様はさっぱり止まってくれなかったがな」


 そう愚痴までこぼすと、近衛騎士イヤデスはオーラを値踏みするかのようにじろりと睨みつけてから言った。


「その注進ってやつは、冒険者ギルドからの依頼クエストか何かかね?」

「まあ、そんなこった」

「報酬は金か? それとも何かアイテムか?」

「あんたに話す義理はねえよ。冒険者の守秘義務ぐらい知っているだろ?」

「ふん。別に構わんが……だったら、今度はこちらの依頼をこなすつもりはないか?」

「ほう、内容は?」


 すると、近衛騎士イヤデスはにやりと笑ってみせた。


「正直、ここで貴様と化かし合いをするつもりはなくてな。だから、はっきりと言おう――オーラ水郷長・・・。俺様たちの側につけ。第七聖女の拘束に協力しろ」

「一応聞いておいてやるが……その報酬は?」

「ムラヤダ水郷の水質の保全かな」

「テメエ!」


 オーラは怒鳴った。


 同時に、すぐに気づいた。近衛騎士イヤデスはドクマワール伯爵家出身だ。暗殺一家たる実家に連絡を取るだけで、ムラヤダ水郷の水源に毒を混入することだって可能だろう……


 つまり、これは依頼でも協力要請でも何でもない。ただの脅迫なのだ。


 逆に言えば、それだけなりふり構わずに近衛騎士イヤデスはA※ランク冒険者のオーラと対峙すること――はたまたイナカーンの街への途上で留まることを避けたがっているといえた。


 当然、オーラは怒りに打ち震えながらも、その一方で努めて冷静になって考えた。なぜ第四王子フーリン一行はそこまで急いでイナカーンの街に赴くのか――


 老騎士ローヤル・リミッツブレイキンを欺いて、いて出てきたからか?


 その老騎士が着々と迫って来ているせいか? あるいはウーゴが懸念していたように秘密裏に帝国と連係でも取っているのか?


 もしくは……いまだ表立って分かっていない何かしらの事情があるのだろうか?


「なあ、オーラ水郷長よ。難しい話ではなかろう? 俺様たちにつけば、貴様の水郷には何も起こらず、平穏無事に田舎でスローライフの余生を送れるってもんだ。何なら、第四王子フーリン様に渡りをつけてやってもいいんだぞ? 地方の郷長には望めない縁故コネだ」

「はん。よせよせ。馬鹿王子とつるむ気なんぞ毛頭ないさ」

「ふふ。馬鹿王子ね……貴様、さすがに不敬に過ぎるぞ?」

「そう言うわりには、さして怒っているようには見えないがな」


 オーラがそう鋭く指摘すると、近衛騎士イヤデスは「ふん」と鼻で笑ってみせた。


「まあ、たしかに……フーリン様はそう言われても仕方ないことをこれまで仕出かしてこられた。だが、今回の遠征はそんな若気の至りとは全く違うものだ」


 近衛騎士イヤデスはそう言い切って、顎を上げてオーラを見下してきた。


 もちろん、オーラは「下らん。ただのブラフか?」と眉をひそめた。


 ただ、イヤデスがやけに自信満々なことが気にかかった。第四王子フーリン同様に頭に蛆でも湧いていなければ、さすがにこれほどの大見栄は切れまい……


 それとも、噂通りに第四王子フーリンは馬鹿中の馬鹿で、その付き人も想像以上の馬鹿揃いということなのだろうか?


 となると、常識人を自称するオーラにとって、彼らを推し量るのは至難のわざになるわけだが――


 もっとも、そんなタイミングでイヤデスはふいに囁いた。


「俺様とて、こんなところで貴様と腹の探り合いをしている暇はないのだ。そもそも、今回の遠征には……法国の審問官が一人ついている。この意味が貴様に分かるか?」

「法国の……審問だと? ま、まさか!」

「そう。そのまさかだよ」

「てことは、法国は魔族討伐を果たした第七聖女の栄誉を称賛するのではなく、何かしらの理由で弾劾するつもりでいるってことか?」

「まあ、あちらさんもどうやら一枚岩ではないってことさ」


 オーラはさすがに顔面蒼白になった。


 こうなると、はなから盤面がひっくり返る事態に陥る。


 第七聖女は法国から密命を受けて、『初心者の森』の奈落を封じる為に来た――それが実のところ逆で、最初から第七聖女を害する為の謀略だったとしたら?


 第七聖女はここで確実に命を落とす運命にあったのだとしたら? それが失敗したから、今度は因縁ある第四王子フーリンを担いで第七聖女を捕らえに来たのだとしたら?


 どちらにせよ、法国にも、王国にも、第七聖女に生きていては困る勢力が一定数いるということだ。


「さて、俺様からの依頼クエストだ――俺様と共に来るか、もしくはこれからやって来る者全て・・をここで迎え撃つか」


 近衛騎士イヤデスはそう言って、馬にまたがった。


 イナカーンの街を共に攻めるか、そうでないならば老騎士ローヤルの邪魔をしろということだろう。


 おそらく暗殺一家ドクマワールの手の者がすでに足止めに動いているはずで、オーラを万一の備えに据えるつもりなのかもしれない……


「…………」


 何にせよ、オーラは呆然自失としたまま、今はイヤデスのにやけ顔をじっと見つめることしか出来なかった。


 事態はまさに風雲急を告げていたのだった。

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