ファーストライフ編Ⅱ

第101話 おっさんは貸しを作る

「何だかイナカーンの街がヤバいことになっているみたいだぜ」


 盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーは襤褸々々ボロボロの格好ながらも、藪の中から進み出て、リンム・ゼロガードに一枚の羊皮紙を手渡した。


 そんな闖入ちんにゅう者の登場に、「サッスオジ、サッスオジ!」と盛り上がっていた神聖騎士たちはというと――


「誰だ? あの小汚ないのは?」

「サスオジ殿の熱烈なファンかもしれんぞ」

「だとしたら、この森の封鎖している街の衛士たちはザルではないか」

「まあ、愛の前に封鎖など、障害の一つにもなりはしないさ」


 そんなふうに勝手に納得して、「うんうん」と、盗賊のゲスデスを生温かい視線で見つめたものの……


「何だと? 馬鹿・・頭のおかしい娘・・・・・・・を討伐するかもしれない……だと? この内容は本当なのかね?」


 リンムがそう呟くと、今度は騎士たちも水を打ったかのように静かになった。


 さすがに手紙内にて、「馬鹿」については脚注が付いて、王国の第四王子フーリン・ファースティルのことだと説明されていたものの、「頭のおかしい娘」については一切触れられていなかった。


 それでも、後者が法国の第七聖女ことティナ・セプタオラクルなのだとリンムが認識出来るわけだから……今のところリンムがティナをどんなふうに捉えているのかよく分かると言うものだが……


 何にしても、神聖騎士団の幹部こと女騎士メイ・ゴーガッツがリンムに近づき、


「サスオジ様……いったい、どういうことですか?」


 そう尋ねてきたので、リンムは羊皮紙をメイに手渡した。


 それをメイは同僚のミツキ・マーチと肩を並べて読み始めるや否や――


「馬鹿な!」

「そんな……嘘でしょう?」


 女騎士のメイも、ミツキも、驚愕の表情を浮かべてみせた。


 同時に、皆が一斉に胡乱な目つきで盗賊のゲスデスに改めて視線をやったが、当のゲスデスはというと、小憎らしいくらいに落ち着き払って、衣服の汚れなどをぱんぱんと叩いてみせる。


「何だよ……嘘でも、詐欺でもねえよ。冒険者ギルドのウーゴとかってやつと、何より俺に依頼クエストを出してきた張本人のオーラにでも確認してみてくれ」


 しかも、真顔でそう返したことで、さすがに全員に動揺が走った。


 直後、リンムはやれやれと肩をすくめて皆に告げる。


「俺はこれから頭のおかしい娘……いや、失礼。ええと、聖女ティナ様を探すよ。オーラの手紙に書いてあった通り、一緒にどこかに雲隠れでもした方がいいのだろうな」


 そんなリンムに対して、女騎士のメイやミツキだけでなく、その場にいた神聖騎士たちはいかにも申し訳なさそうな顔つきになった。


 メイが騎士たちを代表してリンムに伝える――


「今回の件といい、数日前の魔族討伐といい、サスオジ様には多大な恩義がありますが……さすがに王家が相手となると、ぼくたちではかばうのが難しいかもしれません」

「構わないよ。それが立場ってものさ。騎士は自由気ままな冒険者ではないのだからね」

「誠に申し訳ない」


 そんなふうに頭を下げてくる女騎士メイたちを見ながら、リンムも実感するしかなかった。


 今となってはリンムだって立派な騎士なのだ。


 いまだに騎士号は正式に叙勲されておらず、どちらかと言うと安請け合いしたままで、はてさてこれから守護騎士を続けるかどうか、まだ決めかねていたものの……


 どうやら事態はリンムにゆっくりと考える時間すら与えてくれないようだ。


 すると、それまで黙っていたダークエルフの錬成士チャルがリンムにではなく、『放屁商会』の冒険者ことハーフリングのマニャンに言った。


「おい。ここは商人らしく、リンムに恩の一つでも売っておいたらどうだ? 絶好の商機だろうに?」

「ははん。良いことを言ってくれったすねえ」


 マニャンがそう応じると、リンムは「ん?」と眉間に皺を寄せた。


「もしかして……商隊に紛れ込ませて俺たちをどこかに逃してくれるとでも言うつもりかね?」


 もっとも、マニャンは「まさかあ」と頭を横に振った。


「さすがに王家に盾突くような真似は、あてら・・・にも出来ませんよ。そんなのがバレたら、王国内での商売が禁止されちゃいます」

「まあ……そうだろうな」

「あてらが提供出来るのは、逃走経路や隠れ家ではありません。あくまでも――情報です」

「情報?」

「はいな。頭のおかしい娘が今、どこで何をやっているのか。はたまた、馬鹿がどこらへんにいて、あとどれくらいでイナカーンの街に到着するのか。そういったお話っす」

「本当にそんなことがすぐに分かるのか?」


 リンムが驚くと同時に、女騎士のメイやミツキも興味を持った。


 当然、神聖騎士団も『放屁商会』との付き合いはあって、魔獣や魔族の情報を提供してもらっている。


 だから、「そんな簡単に調べることが出来るものなのか?」と、つい身を乗り出してきた格好だ。


 とはいえ、マニャンは「ちっち」と、指を振ってみせてから、


「さすがに情報だって立派な商品なので、今はリンムさん以外に詳しいことはお知らせ出来ません。さあ、騎士の皆さまがたはあちらに行って。ほら、あっちですよー」


 そんなふうにしてメイやミツキの背中を押して遠ざけた。


 リンムはその様子をいったん見守って、次いでダークエルフのチャルにちらりと視線をやった。


 どうやらチャルはそのネタ・・について知っているのか、仲間外れにはされないようだ。いまだにリンムのすぐそばにいる。


 さて、リンムはこれみよがしに「はあ」とため息をついて、リンムたちのもとに戻ってきたマニャンに対して素直に伝えた。


「商品と言っていたが……俺はそんなにお金を持っていないぞ?」

「ふふん。ならば、貸しで構いませんよ」

「ありがたい話だが、借金はしない主義なんだ」

「おやおや、手堅いですね。もちろん、気にしなくていいですよ。これはあてにとって投資みたいなものですから」

「投資だと?」

「はいな。いずれ英雄・・の後を継ぐ、リンムさんに対する貸し一つというわけです。あとでみっちり回収させてもらうつもりですから、その点はご安心をば」


 その言葉にリンムは眉をひそめるしかなかった。


 たしかに今ではFランクではなく、A※ランクの冒険者になった上に、守護騎士まで兼ねるほどに至ったリンムならば、かなり有望な投資先にも見えるわけだが……


 どうにもマニャンの口振りはさらに先を見据えているようで、おかげでリンムはというと、


「…………」


 どうにも押し黙ってしまった。


 そんなリンムなど気にせずに、マニャンはアイテムボックスから掌サイズのモノリスを取り出した。


 以前、リンムの師匠である吸血鬼のラナンシーや、その姉である夢魔サキュバスのリリンが扱っていた魔導通信機だ。リンムもリリンから一つだけもらっている。


「それでは、各地に飛ばしているかかしファンネルドローン対象自動読取装置セロシステムを起動するっすよ」


 マニャンがそう言って、モノリスの画面をタップすると、そこから宙に向けて幾つかの映像が浮かび上がった。


「こ、これは……」


 リンムにとっては手品のようにしか見えなかった。


 もっとも、リンムは目敏く、その映像の中に不思議な光景を見つけた。


 それはイナカーンの街の門前で・・・街の人々と一緒になって、なぜか完全装備フルプレートにて仁王立ちしている頭のおかしい娘――法国の第七聖女ティナの姿だった。


 しかも、その足もとにはこれまたどういう訳か……縄で適当にぐるぐると簀巻きにされた、神聖騎士団長スーシー・フォーサイトが転がって、「うーん」と呻っていたのだ……



―――――



なぜそんな頭のおかしな事態に? という顛末は次話になります。

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