第99話 第四王子一行の事情(後半)

ついにデス系キャラの真打ち登場です!

新たな守護騎士ことライトニング・エレクタル・スウィートデス・・なる若い変態が出てきて、ちょっと混乱させてしまったかもしれませんが……やはりデス系はおっさんでなくてはいけません(偏見)。

そんなわけで、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツ、盗賊の頭領ことゲスデス・キンカスキーに続くデス系おっさんが今後どう活躍していくのか、お楽しみください。



―――――



 第四王子フーリン・ファースティルの近習きんじゅである近衛騎士イヤデス・ドクマワールは三十代も半ばを回って、騎士としては最も脂の乗った時期を迎えていた。


「今回の遠征でついにオレ様も……近衛騎士次席に近づけるというものだ。仇敵ウーゴにずいぶんと後れを取ってしまったが……ここから一気に挽回してやるぜ」


 近衛騎士イヤデスは馬上で独り言をさらに続ける。


「すぐにジャスティス団長だって超えて、オレ様みたいな新たな世代で取って代わってやる!」


 と、まあ、イヤデス本人はどうやら自分がまだ若いと思っているふしがあるものの……


 冷静に、客観的に、多角的かつ総合的にどこをどう判断してみても――イヤデスはすでにおっさんそのものだ。


 そもそも、馬上でぶつぶつと独り言を呟いている時点で、最早、独居老人の風格すらある……


 その顔つきだって、まるで毒でも盛られたかのように病んでいて、険しい皺が幾つも谷を作っている。相当ストレスを抱えてきたに違いない。


 とはいえ、存外に体は健康そのもので、騎士なのに大きな怪我をしたことが一度もない。


 それに見た目はともかく、王子付きを任されるぐらいだから、若い頃から将来を嘱望されてきたのは確かだ。


 それだけに、イナカーンの街の冒険者ギルドのギルマスをしているウーゴ・フィフライアーを同世代の・・・・騎士としてこれまでずっと目の仇にしていた――


「ウーゴめ。色目を使ってのし上がりやがって……しかも次席になったとたん、すぐに辞めて田舎に引きこもるだあ? 若手の旗頭になるでもなく……いやはや、本当に許せんやつだ!」


 もちろん、ギルマスのウーゴは実力で駆け上がったし、そもそもイヤデスよりも幾らか若いのだが……


 ともあれ、近衛騎士団は四大騎士団の中でもやや特殊な立ち位置にある。


 そもそも、王族のみを守護する役割で、王城の衛士や儀仗兵も務めるとあって、純粋に実力だけで評価されるわけではない。


 実際に近衛騎士団では、貴族の子弟の中でも家柄や見目が重視されるので、騎士の半数近くがろくに剣を振れなかったりする。


 その分、騎士団長ジャスティ・ライトセイバーを中心とした一部の者たちのみ、相当な強者だというアンバランスな騎士団になっている。


「こんなことならば……早めにウーゴの野郎を始末して、オレ様が次席になるべきだったのだ」


 かくいう近衛騎士イヤデスもそれなりの力量を持っていて、実家のドクマワール伯爵家が王国の闇の一面――暗殺一家だということもあってか、毒の扱いに長けていた。


 もちろん、第四王子フーリンもそんな事情を知っていたので、今回の第七聖女ティナ拘束計画を立てたとき、王子付きの老騎士ローヤル・ミニッツブレイキンに猛反対されるだろうと見越して、イヤデスを通じてローヤルに神経毒をこっそりと盛ったわけだ。


 何にしても、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルが片田舎のイナカーンに森林浴に向かったのは――イヤデスにとっては朗報以外の何物でもなかった。


「聖女様なぞどうでもいいが……ウーゴの始末と、何だったらフーリン様だって……」


 近衛騎士イヤデスはにやりと笑みを浮かべてみせた。


 聖女の拘束に加えて、イナカーンの街の焼き討ちだけでなく、王族まで守りきれなかったとなったら、当然のように出世の道は閉ざされるに決まっているのだが……


 なぜかイヤデスは不気味に「くくく」と微笑を続けるのだった。






 近衛の老騎士ローヤル・リミッツブレイキンもまた馬で駆けていた。


 今、身に着けているのは冒険者風の目立たない衣服で、マントにフードまで深く被って、背には長剣を帯びている。この変わり身には、王都の衛兵ですら見抜けなかったほどだ……


「思い返せば――第四王子フーリン様の短慮は生まれついてのものではなかった」


 幾ら大人の貴族たちによって性的に歪められていったからといって、もとは現王も肩入れしたほどに愛らしい御子だった。子供の時分はむしろ、そんな大人たちと距離を取るような人見知りな王子だったはずだ。


 少なくとも、今回のように大それたことを思いつくような本物ガチの馬鹿ではなかった……


 むしろ、美貌以外に何ら才能を持たない王子とそしられがちで、どこか自信のない、無口で虚弱な王子だと、老騎士ローヤルはみなしていた。


 実際に、婚約者だったティナ・セプタオラクル侯爵令嬢にぐーで殴られてからは、ずいぶんと大人しくなった。


 もちろん、鉄仮面を着ける羽目になって、表にあまり出られなくなったという事情もあるにはあったのだが……


「はてさて、それがなぜこうも変貌してしまったのか――」


 老騎士ローヤルには一つの懸念があった。


 家人に改めてドクマワール伯爵家を調べさせたとき、近年になって魔虫の研究をよくしているといった報告を受けたのだ。


 暗殺一家だから毒を持った虫のサンプルぐらい採るだろうと、当時はローヤルも一笑に付したものだが……どうやらその魔虫は人体に寄生して、その人物の思考をしだいに奪っていくという奇怪な習性があるらしい……


 最終的には、魔虫を使役する者にとって駒のようになって、人格そのものが破綻するといった内容で……結局のところ、それ以上の詳細はさすがに暗殺一家のドクマワール家ということで、優秀な家人でも調べがつかなかった。


「いやはや、まさかとは思うが……イヤデスよ。そこまで堕ちて・・・はいないよな?」


 と、老騎士ローヤルが馬上で呟いたときだ。


「おや?」


 ふいに平原の一本道の先に、手を振っている人物を見かけたのだ。


 老騎士ローヤルは急いでいたので、無視してしまおうかと考えたが……よくよく見れば、か細くて若い女性一人きりだ……


 王都や領都からはずいぶんと離れた場所だというのに……これはあまりにおかしい。


 もしや盗賊たちでもどこかに隠れていて、油断して女性に声を掛けたとたんに美人局つつもたせに変貌するたぐいかなと、ローヤルは近づきながら警戒するも――


「しかしながら、わしの後続を走っていた旅馬車がここまでたどり着くのにまだまだ時間はかかるはずだ。それまでこんな何もないところに、女性一人だけ残しておくというのもな」


 老騎士ローヤルは仕方なく馬の脚を緩めて、馬上から誰何すいかした。


「いったいどうなさったのだ、お嬢さんフロライン?」


 ローヤルが見たところ、その女性も冒険者風の衣服を纏って短剣を腰に帯びていた。


 ただ、ローヤルはすぐに妙な違和感に気づいた。ローヤルほどの眼力があれば、女性冒険者がどれほどの実力なのか、その立ち居振る舞いだけですぐに看破出来るはずなのだが……


 この女性からは弱者とも、強者ともつかない、まるで何者でもないかのような不可解さが先行したのだ。


「奇怪な……貴様、いったい何者だ?」


 老騎士ローヤルはすぐさま踵を返して、馬で距離を取ろうとした――


 が。


「あら? 勘の良いお爺さまなのね」


 その女性は「ふふ」と笑みを浮かべて、馬に対して何かしらの幻術を掛けてきた。


 直後、馬が「ひひーん」と前足を上げて驚いたこともあって、老騎士ローヤルは飛び降りて、背に帯びていた長剣を抜くも――気づけば、ローヤルの足もとの影が自らに絡みついて動けなくなっていた。


 その影が呪詞の形を取って、ローヤルの体をさながら蛇のように伝っていく。


「ごめんなさいね。ちょっとだけ言うことを聞いてほしいの」


 だが、老騎士ローヤルは「ふん!」と気合を一閃。


 それだけで身に絡みついていた呪詞が一気に霧散していった。しかも、詠唱破棄の法術によってローヤル自身の身体能力ステータス向上バフまでかかっている。


 ローヤルは長剣を正眼に構えつつ、女性冒険者に改めて尋ねた。


「まさかと思うが……貴様は『国家転覆の詐欺師』――A※ランク冒険者のシイティ・オンズコンマンで相違いないか?」

「あらあら、うふふ。その剣……近衛の印があるわね。老いてなおこれほど壮健ということは――貴方が老騎士ローヤル・リミッツブレイキンということかしら?」


 女性冒険者シイティもまたローヤルに尋ねて、認識阻害を解いた。


 その半身には魔紋に似た呪詞がありありと浮かんでいた。しかも、短い魔剣を手にして、老騎士ローヤルと距離を取って対峙する。


 しばらくの間、ひりひりとした緊張だけがその場を支配した。


 だが、ローヤルが「ふう」と息を吐くと、それに合わせてシイティも短剣を収めて、やれやれと肩をすくめてみせる。


「さすがに貴方とやり合う気はないわ」

「では、一つ聞きたい。なぜ……こんなところでわしに襲い掛かろうとした?」

「足が必要だったのよ。転移陣が暴走して、ここからすぐの林の中に飛ばされちゃったの」

「転移陣じゃと?」

「そうよ。魔導騎士団で開発して人体実験でも成功していたんだけど……どうやら私には向かなかったみたいなの」


 そう言って、シイティは入れ墨のように半身に呪詞を刻んでいる体をまざまざと見せつけた。


 どうやらシイティが体内に魔力マナを溜め込み過ぎたせいで、転移の術式に干渉して暴走を引き起こしたという経緯らしい……


 もっとも、ローヤルは転移とやらに詳しくなかったので、さらに尋ねることにした。


「その暴走によって、向こうの林に飛ばされたと?」


 老騎士ローヤルはちらりと平原の脇に視線をやった。たしかに小高い山々のふもとに雑木林がある。


「ええ、そうよ。背の高い木の枝に引っ掛かって、抜け出るのに大変だったんだから」

「それはまあ……災難だったな。つまり、ここでわしを洗脳して、馬でも奪って王都に帰るつもりだったということか?」

「さすがに奪うまではしないわよ。後ろに同乗させてもらうつもりでいたの。傷一つ付ける気はなかったわ」

「ふん」


 老騎士ローヤルはいかにも信用出来んと鼻を鳴らした。


 A※ランク冒険者とはいえ、何せ『国家転覆の詐欺師』という二つ名を持つシイティだ。転送陣も含めて話半分に聞いておいた方がいいかもしれない……


 何にせよ、シイティの目的も、なぜいきなり襲い掛かってきたのかも、一応は分かったので、ローヤルは長剣を背に収めて、馬にまたがってからシイティに振り向いた。


「すまんがわしは急いでいてな。王都に連れ戻してやれるほどの暇がない」

「あら……それは残念ね」

「あと半日もすれば旅馬車がやって来るはずだから、それに便乗するか、伝書鳩でも借り受けて王都に連絡を取ればよかろう」

「その馬車って、やっぱり領都行きかしら?」

「だろうな」

「ふうん。まあ、いっか……別に私は王都に戻りたいわけじゃないし」

「ほう。では、どこぞの領都に向かうつもりだったのか?」

「イナカーンの街よ。故郷なの」

「…………」


 老騎士ローヤルは天を仰いで目をつぶった。


 後ろに乗せてやって走ることも可能だ。早馬だが……途中の領都で馬を変えれば問題ないないだろう……


 それに第四王子フーリンをそそのかしたと思しき近衛騎士イヤデスがただの神経毒だけでローヤルを王都に留めておけるとは考えていないはずだ。


 もしかしたら、二の矢、三の矢と、この先で何かしら罠を張っている可能性だってある。


「ふむん。ならば、貴様に貸し一つということでよろしいか?」

「ありがとう、お爺さま。恩に着るわ」

「お爺さまは止めろ。むずがゆいわい。ローヤルでいい」

「そう? じゃあ、ローヤル。しばらくよろしくね」

「ふん」


 こうして老騎士ローヤルは王国のA※ランク冒険者シイティと一緒にイナカーンを目指すことになった。


 そんな旅路がローヤルの人生にとって大きな岐路となることなど、このときのローヤルはまだ気づいてもいなかった。



―――――



近衛騎士イヤデス回ではありますが、今後、リンムにとって重要な人物となる老騎士ローヤル回でもありました。


さて、イヤデスが第四王子フーリンに仕込んだかもしれない魔虫といえば……どこかの神聖騎士団長も誰かにやられていましたね……


どうやら今回の第四王子フーリンの馬鹿騒ぎは、ただの馬鹿・・というだけでは済まない事態のようです。


そんな事態はやっと長かった仕込みが終わって、ここから一気呵成に畳みかけていきます。よろしくお願いします。


次回は……ちょっとばかし人物が増えすぎたということもあって、キャラクター紹介がてら小説ではない「まとめ回」をやって、それから新章に突入します。

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