第98話 第四王子一行の事情(前半)
王国の第四王子フーリン・ファースティルは救いようのない馬鹿である。
頭が悪いだけならまだいい……
剣を持たせても、婚約者だったティナ・セプタオラクル侯爵令嬢にすら敵わなかったし……魔術や法術の才能など欠片もない……
しかも、性格まで破綻しているときたら、最早、人として終わっていると言ってもいい……
ちなみに、王国には現在、七人の王子がいて、長じているのはそのうち四人――
第一王子は武術に秀でて、第二王子は魔術が得意で、第三王子は性格が穏やかで皆に好かれている。
いわば、上三人は全員、サラブレッドなのだ。
では、いったい……第四王子フーリンは何を持って生まれてきたのか?
その答えは――
第四王子フーリンはえげつないくらいに美男子なのだ。
どれくらい美しいかというと、十歳にならないうちに多くの者から愛を
これで子供のうちに性格が歪まないわけがなく……
挙げ句の果てには貴族の奥方連中まで虜にして、幼いうちから後ろ楯となる侯爵家子女の婚約者ティナがいながら、第四王子フーリンは不倫をしまくってきたのだが――
実のところ、それが大きな問題になったことは一度としてなかった。
というのも、現王もまた、第四王子フーリンを深く愛していたからだ。その現王、曰く、
「他の子供たちが何かしら才能を持って生まれてきたのに対して、フーリンはその片鱗を見せずにきた。だが、朕には分かる。よーく分かる。この美しき子には、他の息子たちの上に立つ才があるに決まっている!」
親馬鹿ここに極まれりである。
王国を長らく無難に統治してきた現王ですら、第四王子フーリンに対する
当然のことながら、人を率いる才能などこれまた微塵も持たない第四王子フーリンはというと……この現王の宣言でさらに増長していった。
つまり、馬鹿王子伝説が始まったのだ。
これには馬鹿で浮気性ながらも、見たくれだけはいいということで溜飲を下げていた婚約者のティナも……しだいに堪えられなくなった。
「男って……やっぱり強さと甲斐性よね」
結果、ティナは第四王子フーリンを社交界で
が。
「ティナよ……見ておれ。貴様だけは決して許さん!」
現在、イナカーンへと駆ける馬上の第四王子フーリンは鉄仮面を着けていた。
ただ、少しばかり妙な面ではある……
というのも、顔の左側だけ隠すように覆っているのだ。
もちろん、第四王子フーリンがそんな面を着けている理由を知る者は限られている――フーリンに近しい王族、また王城の執事やメイド数名、さらにはフーリンの護衛をする近衛二人のみだ。
なぜなら、第四王子フーリンの顔はついに性格同様、歪んでしまったのだ。婚約者だったティナのぐーによって……
当時はまだ第七聖女ではなかった上に、本人にも一切の自覚はなかったものの、ティナは大陸でも屈指の
そんなティナが「あたたたた!」と、何とか神拳もかくやとばかりに殴りまくったものだから、法術で簡単に治せる傷になるわけもなく……
おかげで現王の寵愛も失って……不倫相手も一気に減って……婚約者だったティナまで法国へと離れていって……
かくして何もかも無くしてしまった第四王子フーリンはというと、
「楽に死ねるなどと思うなよ……たとえ泣き、叫び、喚き、殺してくれと呻こうとも、ティナ――貴様だけは永遠に許してなるものか! 待ってろよおおお!」
そう言って、馬に鞭を入れたのだった。
つまるところ、今回の遠征、もとい第四王子フーリンによる環境整備という名の巡幸は、単なる気紛れなどではなかった――
法国に
当然、今のフーリンにとってイナカーンの街が枯れ果てようが、知ったことではなかった。
そんな第四王子フーリン・ファースティルには幼い頃より二人の近衛騎士が付き従っている。
そのうちの一人はローヤル・リミッツブレイキンで、近衛騎士団長で王国最強のジャスティ・ライトセイバーの師に当たる老騎士だ。
人格も、武芸も、優れていて、王家に対する忠誠も厚く、長年にわたって『近衛の鏡』と謳われてきた気高き騎士であって……今回の遠征にはもちろん参加していない。
というか、そもそもローヤルが健在だったならば、第四王子フーリンの愚行を必ず止めていたはずだ。
それが出来なかったのは――さすがに寄る年波には勝てず、病にやられてベッドでしばらく伏せていたせいだ。
実は、遠征の数日前に、そんなローヤルを第四王子フーリンはわざわざ訪ねていた。
「ローヤル……いや、
いかにも祖父を心配する孫みたいな甘い声音で、第四王子フーリンはベッドのそばの椅子に座った。
老騎士ローヤルは「ごほっ」と、幾度か咳をこぼすも、何とか上体を起こして、第四王子フーリンに敬意を示してみせると、
「問題ありません。すぐに回復してみせます」
「そうか。良かった」
「今日、わざわざお越しになったのは、いったいどのようなご了見でしょうか?」
「なあに……爺の様子を見に来ただけさ」
鉄仮面を着けてはいたものの、かつては幾人もあっという間に魅了した微笑を浮かべて、第四王子フーリンは席を立った。
そして、もう一人のお付きの近衛であるイヤデス・ドクマワールに「おい」と声を掛ける。
すると、そのイヤデスはアイテム袋から木箱を一つ取り出した。
「その箱は……いったい?」
老騎士ローヤルが首を傾げると、第四王子フーリンは破顔して言った。
「酒だ。百薬の長というからな。爺への見舞いだよ。ムラヤダ水郷で醸造された高級品だぞ」
「これはこれは……わしの為にわざわざご下賜くださり、誠にありがと――」
「やめろ。俺と爺の仲だ。労わるのは当然のことだ」
第四王子フーリンはさらに「早く元気になってくれよ」と付け足すと、イヤデスを連れて出ていった。
老騎士ローヤルはさすがにベッドから出て見送ることが出来なかったものの、フーリンたちがいなくなると、「おーい!」とすぐに家人を呼んだ。
そして、表情に影を落とし、駆けつけた家人に伝える。
「この酒を調べに出してくれ。毒が含まれている可能性がある」
「はっ」
家人もすぐに事情を察したのか、問答などは一切せずに顔見知りの薬師のもとに持っていった。
というのも、老騎士ローヤルはすでに気づいていたのだ――
最近、やけに老衰がひどいのは、おそらく同僚のイヤデスによって毒を盛られたに違いない、と。それはとりもなおさず、第四王子フーリンの指図である、とも。
「フーリン様はいったい、何をやらかすつもりなのか……そのことを思うと、かえってわしの心も本当に病んでしまいそうだわい」
結局のところ、酒に微量の毒が見つかって、それを契機に老騎士ローヤルが第四王子フーリンの動向を家人に注視させたことによって、今回のイナカーンの街への遠征が早期に露見して、元近衛騎士次席だったウーゴ・フィフライアーのもとに報告がもたらされることになる――
「やれやれ、これはどうやら……わしの最期のお勤めやもしれんなあ」
第四王子フーリン一行からわずかに遅れて、そんな老騎士ローヤルも病体に鞭を打って、イナカーンの街へと馬で向かったのだった。
―――――
今回は初出の人物が二人出てきました。それから、さりげなくではありますが、第七聖女ティナが異性に求めるものも見えた回になりました。
そこらへん、もうちみっとエピソードを付け足したいのですが……はてさて書けるかなあ。
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