第97話 元Aランク冒険者が当然一番苦労する

 元Aランク冒険者のオーラ・コンナーは盗賊のゲスデスやDランク冒険者のスグデスに依頼クエストを出して、わざわざ彼らの背をばんばんと叩いて見送ってあげた後に、


「じゃあ、俺も行ってくるわ。これでもしあいつ・・・が捕まらなかったら、計画は全ておしゃかだからな」


 冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーにそう言って、両開き扉を開けた。


「ええ、行ってらっしゃい。頼みますよ、貴方の働きが今回の計画のきもです」

「ふん。そっちこそ頼むぜ。この件が終わったら――」

「冒険者の人的交流・・・・でしょう? 駆け出し冒険者にムラヤダ水郷で接客サービスを経験させてみるというのは……まあ、なかなかに良い社会学習だと思いますよ」

「それだけじゃねーよ」

「はいはい。もちろん忘れていませんよ。水郷に新しく出来るお店のスタッフ探しですね」

「むしろ、そこが一番大事なところだからな。本当に頼むぜ」


 オーラはきちんと釘を刺してから、ギルドの建物を出た。


 当然のことながら、幾らご近所だからといって、オーラが無償でイナカーンの街の手助けをするはずもなかった――


 万が一にも第四王子フーリン・ファースティルが癇癪を起こして、この街を焼き討ちにでもしたら……その戦火から逃れた人々はムラヤダ水郷に押し寄せるだろう。


 水郷は観光業を中心にしているので、難民受け入れの宿屋はたくさんあるものの、そうなると逆に商売が成り立たなくなる。


 つまり、第四王子フーリンの気分次第でイナカーン地方の街が二つ共に潰れかねないわけだ。


 さらに言えば、この二つの街は森や山々に隣接しているとはいえ、帝国の国境近郊に位置している。


 駆け出しばかりとはいえ、たくさんの冒険者が集まる――イナカーン。


 また、元Aランク冒険者がおさを務めてその自警団も健在――ムラヤダ。


 帝国を瀬戸際で牽制出来る拠点も兼ねているというのに、この二つを自ら潰そうなどと考える為政者はいない。


 しかも、第四王子フーリンの目的は法国の第七聖女の拘束、もしくは討伐だ。


 いわば、今回の王子の行動は、法国に喧嘩を売って、帝国の外患誘致を試みる――まさしく売国奴の所業だ。


「はてさて、誰の入れ知恵かね……だが、まあ、あの馬鹿王子なら、本当に何も考えずにやりかねないから救えねえんだよなあ」


 オーラは「はあ」とため息混じりにぼやくしかなかった。


 ともかく、イナカーンの街の正門から出て、まずはムラヤダ水郷に向けて伝書鳩を飛ばす。


「頼むぜ。俺が戻るまでにあいつ・・・の身柄をしっかりと拘束しておいてくれよな」


 伝書鳩に持たせた封書には、現在も水郷に滞在しているはずの人物について、自警団でしっかりと留めておくように記してある。


 実のところ、その人物がやんごとない事情で公国に留学・・していたとは……元Aランク冒険者のオーラも知らなかった。


 だから、ギルマスのウーゴの魔導通信を盗み聞いたときには、その場で「げっ!」と飛び上がったものだ……


「まあ、何にせよ……時間の勝負だ。俺も急がないとな」


 オーラはそう呟いて、巨狼フェンリルを召喚すると、その背に乗って駆け出した。


 ただ、オーラがすぐに向かった先は水郷ではなく、むしろ領都方面だった。


 水郷でその人物を確保する前に、第四王子フーリン率いる近衛と領主の騎士団がどれほどの規模、かつ速度でやってくるのか――


 その斥候をした上で、ギルマスのウーゴに伝書鳩を出してから、ムラヤダ水郷に向かう予定だ。


 もっとも、第四王子フーリン一行がイナカーンに着くまでに、二、三日はかかるだろうと見込んでいたわけだが……


「がるるる」

「何……だと?」


 巨狼の耳と鼻によって、第四王子フーリン一行がすでにイナカーンの街まであと半日ほどの距離にいると知ったオーラは愕然としつつも、そこで急遽作戦を変えざるを得なかった。


 あえてオーラ自身がその身を晒して、第四王子一行を一時的に留めようとしたわけだ。


「ここらへんがちょうどいいかな」


 穀倉地帯の収穫物を一時的に納める倉庫や納屋などが並ぶ広場の手前――


 道幅もそこそこ広い田舎道に、オーラは巨狼と共にどんっと仁王立ちした。


 時刻はすでに夕方に差し掛かる頃合いで、遠目に第四王子一行を見つけると、


「おーい! 第四王子フーリン様の一行とお見かけする! 俺は王国のA※ランク冒険者のオーラ・コンナーだ! この先には魔獣が出没して、いまだ捕らえていない魔族もいる! どうか速度を緩めて話を聞いて欲しい!」


 オーラはそう大声を発して、ついに問題の一行に接触したのだ。






 同時刻、ムラヤダ水郷の自警団に所属する門番のテーレ・ビモネンとラージ・オモネンはオーラ水郷長の放った伝書鳩が二階の櫓に飛び入ったことを確認して、その足に着けた筒から文書を抜き取ると、


「こりゃ大変だっべ!」

「んだ。はよ、やつを確保すっべ!」


 そう言って、すでに拘束を解かれて、因縁をつけた飯屋で数日間の無償労働をさせられていたとある人物のもとに急いだ。


 もっとも、その人物は意外にも逃げずにいた上に、飯屋の看板娘よりよほどしっかりと働いていた。


 今では飯屋のオヤジに頼りにされているぐらいで、そこらへんはさすがに公国で・・・Bランク冒険者をやって、数々の依頼クエストをこなしてきただけのことはある……


 そんな人物を自警団のテーレとラージは目敏めざとく見つけて、


「あっ、いたべ! なあ、あんた――」

「たしか名前は……ドウセ・カテナイネンだったべな?」


 そう言って、二人は店内に押し入った。


「ああ、いかにも私はドウセだが……いったい何事だね?」


 もっとも、テーレとラージは二人がかりでドウセをがっちりと捕まえると、声を合わせて告げたのだ。


「あんたをまた拘束すっべ! 罪状は――身分詐称だべ!」



―――――



 オーラはまだ苦労したというほどではありませんね。ここから本番にかけて苦労していく予定です。何はともあれ、意外な人物の再登場リサイクル。果たしてドウセは何者なのか。

 その前に次話では、問題の御一行についに視点が移ります。

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