第96話 盗賊だってもちろん苦労する

 フン・ゴールデンフィッシュが神聖騎士団の詰め所で意識を失い、またスグデス・ヤーナヤーツが女司祭マリア・プリエステスから新たな依頼を受けていた頃、盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーはというと、『初心者の森』でリンム・ゼロガードを探していた。


 封鎖中の森内だったが、ゲスデスは意外と楽に入ることが出来た――


 森への入口は大小幾つかあって、基本的に駆け出し冒険者のパーティーで渋滞しないようにきちんと踏み潰してある。


 もっとも、今はその全ての入口に街の衛士が立哨して、冒険者たちと朝から押し問答を繰り返していた。


「なぜまだ森に入れないんだよ?」

「神聖騎士団からのお達しだ。冒険者ギルドにも伝えてあるはずだが?」

「たしかにしばらく入れないとは聞いたが……いつまでなんだ? こっちも依頼があるんだ。せめて封鎖期限を明確にしてくれ」

「知らん。文句クレームがあるなら神聖騎士団に言え」


 そんなこんなでどこの入口でも、衛士と冒険者がもめていたので、ゲスデスは物陰から不審火でボヤ騒ぎを起こして、その隙にさっさと入ったわけだ。


 さて、森内に進むと、全ての小道はいったん広場に繋がって、そこがいわゆる野営の出来る安全地帯セーフティポイントになっていた。


 本来ならば、ポーションなどを売る行商人たちで賑わっているはずなのだが……現在はというと――


「どこにもいねえと思ったら、こんなところに全員集合かよ」


 ゲスデスは木陰から広場に視線をやった。


 森への入口は衛士で全て固められていたものの、肝心の神聖騎士が一人もいなかった。


 その代わりに、ほぼ全ての騎士たちがこの広場で待機していたのだ。


 てっきり、こっそりと侵入してきた冒険者たちをここで捕まえる為なのかと、ゲスデスが勘ぐっていたら、


「何だかやけに物騒だな……おいおい、全員が完全武装しているじゃねえか」


 まるで魔獣でも迎え撃つかのような陣容で、騎士たちは聖衣を着込んで、聖盾まで構えている。


 とはいえ、さすがにゲスデスも盗賊の頭領を務めるだけあって、さっきから不可解な音を拾っていた――『初心者の森』の東側から剣戟の音が絶え間なく響いて、こちらの広場に近づきつつあるのだ。


「なるほど。わざわざ森を封鎖していたのは、こないだの魔族どもが残した合成獣がいたせいか。それをここで秘密裏に殲滅するつもりってこったな」


 ゲスデスはそう察して、「まっ、俺には関係ねえこった」と結論付けた。


 幸いなことにゲスデスの目的はリンムを探すことであって、そのリンムが向かったのは森の西側――ダークエルフの錬成士チャルが根城にしている洞窟とのこと。


 だから、ゲスデスは冒険者たちによって踏みつけられて出来た小道ではなく、あえて獣道を目敏めざとく見つけつつ、そちらに向かった。


 その途上で幾度か耳を澄ましながら、先行したはずのリンムたちの足音を探ってみたわけだが……


「ちっくしょう。さっきから騎士ども剣戟の音が邪魔で、リンムたちの気配が捉えられやしねえよ」


 ゲスデスもぼやくしかなかった。


 どうやら女騎士メイ・ゴーガッツやミツキ・マーチの小隊は合成獣たちに引っ搔き回されているようで……飛び立つ野鳥や野獣の鳴き声などもあって、ゲスデスは全く集中出来なかった。


「やれやれ……勘弁してくれ。まさか斥候スキルの『索敵』なしでリンムをだだっ広いこの森で探せだなんて言わねえよな」


 ともあれ、広場から遠ざかるにつれて剣戟などの音もしだいに小さくなって、ゲスデスはやっとリンムたちらしき気配を捉えることが出来た。


 リンムたちは狩猟の為に認識阻害を使って、消えたり、現れたりしていたので、かえってゲスデスも当たりをつけることが出来た格好だ。


「へへん。こりゃあ、何とかなりそうだぜ」


 ゲスデスは「ほっ」と息をつくも……すぐに「ん?」と首を傾げた。


 というのも、背後から剣戟の音がしだいに五月蝿うるさく鳴り始めたせいだ。


 どうやら広場での迎撃に失敗して、神聖騎士団の小隊はよりにもよってゲスデスのいる方に押し込まれてきたらしい……


「……マジかよ」


 そうはいってもゲスデスは冷静だった。


 そもそも、森内だから幾らでも隠れることが出来る。


 しかも、合成獣たちは派手にばったばったと樹々を倒しながら動いているようで、ゲスデスも自身の足音などを隠す必要もなかった。


 が。


 なぜか剣戟音はそんなゲスデスを追いかけてきた……


 幾ら隠れる場所を変えても、さながらゲスデスを狙ったかのように迫ってくるので、


「どういうこったよ、これは!」


 さすがにゲスデスも毒づくしかなかった。


 とはいえ、その理由は単純だった――女騎士メイも、ミツキも、リンムが森内に入場したという報告をすでに受けていた。つまり、封鎖した森にいるのはリンムくらいだとみなして、助けを求めてゲスデスを追いかけたわけだ。


 こうして逃げるゲスデス、追うメイとミツキ達、その二人の小隊を押しまくる合成獣たち――


 といった奇妙な関係が出来上がって、ゲスデスはリンムたちの気配を探ることも出来ずにうのていで逃げ回った。


 そもそも、ゲスデスは冒険者ではない。イナカーンの領都を縄張りにしていた盗賊の頭領だ……


 たまたまリンムや元Aランク冒険者のオーラ・コンナーなどと知己を得たが、頭の固そうな神聖騎士たちが盗賊を許してくれるとは思えない。


 だからこそ、元Aランク冒険者のオーラも人目のつかない森内に行けと、ゲスデスに依頼してきたわけだし……それがまさかこんな珍奇な捕物みたいになってしまうとは……


「捕まって……たまるかよ、こんちくしょおおおおお!」


 何はともあれ……神聖騎士たちの後退よりもゲスデスの逃げ足が勝った。


 結果、合成獣や魔獣たちはリンムや神聖騎士たちによって討伐されて、「サッスオジ! サッスオジ!」と、いかにも呑気な勝鬨が上がったわけだが――


 そこで、獣道を伝ってゲスデスはリンムの前に進み出た。


 最早、襤褸々々ボロボロである


 さすがにリンムも、合成獣たちと戦いながら森内を横断してきた女騎士メイやミツキよりも、よほどひどい有り様のゲスデスに眉をひそめたものの、


「探したぜ、リンムよ。さっきの鋭い・・剣戟はやっぱりお前だったか」


 五月蠅いばかりだった神聖騎士たちの剣戟に対して、ゲスデスなりに皮肉を言ったつもりだったが……ともかく、ゲスデスは懐から一通の羊皮紙を取り出した。


 それをぽいっとリンムに手渡す。


「元Aランク冒険者のオーラから頼まれたんだ。何だかイナカーンの街がヤバいことになっているみたいだぜ」


 こうしてフン、スグデスやゲスデスたちの依頼クエストは全て達成されたわけだが、一人として無事な者はいなかったのだった。

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