第95話 中堅冒険者もまた苦労する
Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツは
本来ならばどさくさに紛れて、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルに預かってきた羊皮紙を渡すつもりだった。
だが、何しろ神聖騎士団長スーシー・フォーサイトがそばを離れない上に、今となっては宿屋の元女将さんを復活させたとあって、二人はまさに渦中にいる。
おかげでスグデスの巨体だと、雑踏が邪魔で近づくことすら出来やしない……
「こうなったら近づけるやつに頼むしかねえよな」
そんなわけで、スーシー相手に棒切れでもって一本取った孤児院の子供たちを探し始めたわけだ。
子供だったらさっきみたいに二人も警戒しないだろうし、何ならスグデスがちょいと暴れてスーシーの注目を浴びている隙に、子供がティナに手紙を渡せばいい。
「悪くない作戦なんだが……」
今度は肝心の子供たちが見つからなかった。
もしかしたら
いずれにしても、スグデスが中央通りから一本外れた裏道で探していると、
「おや? あいつはたしか……?」
先ほどの子供たちではなく、眼前にはいつぞやの子供のプランクがいた。
以前に『初心者の森』の湖畔まで万能薬の素材となるパナケアの花を採りに行って迷子になってしまった少年だ。
今回は年少組のリーダーこと少女クインビと一緒で、どうやらおつかいの帰りのようだった。
プランクが
表の中央通りが聖女ティナのおかげであまりに混雑してきたので、わざわざ店の裏戸から入っているようだ。顔馴染みの子供だからこそ許される行為だろう。
何にしても、スグデスは店の裏から入ったプランクとクインビを待ち構えた。
すると、しばらくしてから新たな麻袋も合わせて両手いっぱいに抱えたプランクが先に出てきた。
「もう! 本当に大丈夫なの、プランク?」
「大丈夫……だってば、クインビ。こんなの……
「そうは言っても、そろそろ
「じゃあ
ぐう、と。腹の虫が鳴ったせいか、少年プランクはついよろけてしまった。
そんなプランクを「仕方ねえな」と言って、裏戸の脇に背をもたらせていたスグデスと、背後にいた少女クインビが同時に支えてあげる――
「ねえ、大丈夫だった? プランク?」
「う、うん」
「ええと、プランクを支えてくださってありが……げっ! あんたは?」
クインビは感謝の言葉もそこそこに、そばにいたスグデスを凝視した。
一方で、プランクは二つの麻袋のせいで視界が遮られていたようで、誰が支えてくれたのか分からず、「ありがとうございます」と素直に伝えた。
「プランク! 逃げるわよ!」
「え? どういうこと? 何で?」
「いいから、早く!」
どうやらスグデスは孤児院の子供たちに相当嫌われているらしい……
もちろん、スグデスが湖畔にいたプランクを見捨てたことについては二人とも全く知らなかった。
だが、スグデスが弟分のフン・ゴールデンフィッシュと一緒になって、リンムの悪口を言っているところはこれまで街中でも幾度となく見かけていた。
だから、子供たちにとってスグデスとフンはちょっとした
「そんなぐいぐいと背中を押さないでよ、クインビ。危ないよ」
「いいの。逃げるよ」
「だから逃げるってどうしてさ?」
少年プランクが何とか麻袋の間から顔を出して、やっと支えてくれた人物を視認した――
直後、「うげ」と、プランクも眉をひそめた。
いかにも会いたくない人物に出くわしたといった表情だ。これにはさすがに神経の図太いスグデスとしても、「はあ」とため息をついてから、
「分かったよ。余計なことしたな。いいから、さっさとお
と、片手で払う仕草をした。
少女クインビは「べー」と人差し指を瞼の下に置いて、「行こう、プランク」と言った。
だが、少年プランクは「う、うん」とこぼしつつも、そこでいったん立ち止まって、「むー」と唇を真一文字に引き結んでから、ふとスグデスに振り向くと、
「森ではぼくを助けてくれてありがとうございました」
そう言って、荷物があったので小さく会釈だけをした。
というのも、湖畔にいたプランクを一番最初に見つけてくれたのはスグデスたちだったと、リンムから知らされていたからだ。
もっとも、やはりと言うべきか、お辞儀をした直後に麻袋からずさーと、買ったものが落ちてしまった……
「もう! 馬鹿プランク!」
「だってえ……」
スグデスは仕方なく、一緒になって拾ってやった。
結局、少年プランクも、少女クインビも、スグデスに「ありがとう」と素直に伝えて――とはいっても、簡単には打ち解ける相手でもないので、そそくさとその場から離れていった。
スグデスは「はあ……しゃーねーなあ」と、頭をぽりぽりと掻くしかなかった。
子供を通して聖女ティナに手紙を渡す作戦はどうやら実行する前から失敗のようだ……
朝から昼にかけて全く隙を見せない神聖騎士団長のスーシー相手に、「こうなったら何とかするっきゃねえかな」と、スグデスは気合を入れ直すしかなかった。
とはいえ、ちょうどそのときだ――
背後からふいに女性に声を掛けられたのだ。
「当教会で預かっている子供たちに何か御用でもございましたか?」
「うわあああっ!」
スグデスは驚きのあまり飛び上がった。まさに隙を突かれた格好だ。
振り向くと、そこには教会の女司祭マリア・プリエステスが立っていた。
スグデスはつい背負っている巨斧に手を伸ばしかけて、「何だ……あんたかよ」と、小さく息をついた。
もちろん、スグデスはマリアと全く親しくない。というか、これまでろくに会話したことすらない。
ただ、スグデスもかつては王都でBランク冒険者だったこともあって、マリアがただの女司祭でないことには感づいていた。
一方でマリアからすると、子供たちのおつかいをこっそりと見守っていたら、スグデスがおかしな動きをしていたので声を掛けたに過ぎない。
「何も御用がないのでしたら、私はこれで失礼いたします」
だから、スグデスに一応警告だけして、女司祭マリアは立ち去ろうとした。
が。
スグデスにとっては渡りに船だった。
「ちょっと待ってくれ。あんたに頼みたいことがあるんだ」
「……私に、でございますか?」
「ああ、そうだ。第七聖女様とは教会――いや、法国繋がりで親しいんだろ?」
そう言って、スグデスは懐に忍ばせていた羊皮紙を取り出した。
「これを聖女様に手渡してくれねえか?」
女司祭マリアは眉をひそめつつも、それを受け取った。
「まさかとは思いますが……聖女様への恋文ですか?」
「ちげーよ。元Aランク冒険者のオーラ・コンナーの旦那に頼まれたんだ」
「オーラ様が? 聖女様宛て、ですか?」
「ああ。何でも王印がどうこうと言っていたから、王族絡みの面倒事らしい」
スグデスの言葉で女司祭マリアはぴんときた。聖女ティナで王族絡みといったら婚約破棄した第四王子フーリン・ファースティルに違いない……
「ここで内容を確認させてもらってもいいですか?」
「いいんじゃねえか。オーラの旦那からは、神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトに知らせるなとしか言われてねえ」
女司祭マリアはその言葉に片眉を吊り上げながらも、即座に手紙に視線を落とした。
そして、内容を把握して大きく両目を見開いた――書いてあることが本当ならば、王国と法国との間に戦争が起きるし、何より聖女ティナの命が危うい。すぐにでもその身柄をどこかに隠さなくてはいけない。
「畏まりました。この羊皮紙は責任を持って、私から聖女様にお伝えします」
「そうか。助かる。じゃあ、頼んだぜ」
スグデスはそれだけ言って、踵を返そうとした。
これで半日ほども手こずっていた
あとは昼下がりから酒場で安酒でも
「お待ちください」
だが、またもや背後から女司祭マリアに止められた。
「何だよ?」
「よろしければ、この場で私からの
「…………」
スグデスは当然断ろうと思ったが、マリアに頼むだけ頼んでおいて、相手の話は知らんぷりするのもばつが悪かったので、「しゃーねえなあ」と、また頭をぽりぽりと掻いた。
「で、オレに何の用だよ?」
「とある方をすぐにでもお招きしてほしいのです」
「とある方だあ? いったい誰だ?」
もっとも、数日後に――スグデスは後悔することになる。
というのも、女司祭マリアが頼んだのは、それこそ
実際に、スグデスは幾度も
「まあ、急いで出迎えるだけの話なら、別に問題ないぜ。受けてやるよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、オレは出発するから、羊皮紙を聖女様に渡す件の報告も含めて、後でギルドに話を通しておいてくれよな」
と、安易にその依頼を受けてしまったのだった。
―――――
実は、登場回数はまだ二回ほどしかなかったはずですが、拙作にはもう一人、デス系の名前のキャラがいます。つまり、スグデスが新たに受けたお使いとは……
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