第94話 若手冒険者は苦労する

 時系列的には第91話の途中ぐらいです。つまり、神聖騎士団のメイ隊とミツキ隊が魔獣と接敵したタイミングで、今回の話はスタートします。



―――――



 Dランク冒険者のフン・ゴールデンフィッシュは神聖騎士団の詰め所の様子をはす向かいにある一軒家の陰からじっとうかがっていた。


 ギルマスのウーゴ・フィフライアーから預かった封書を副団長のイケオディ・マクスキャリバーにじかに手渡す為だ。


 フンの見たところでは、詰め所として使用されている三階建ての洋館入口に二人の騎士が立哨し、また幾つかに分かれて街全体を巡回しているようだ。


 おかげでフン程度の実力では容易に侵入出来るはずもなく、物陰でずっと立ち往生するしかなかった……


「マズいっすよ……ギルマスからの依頼クエストを失敗したなんてことになったら――」


 フンはそう呟いて頭を抱えた。


 盗賊時代の頭領ゲスデス・キンカスキーや兄貴分のスグデス・ヤーナヤーツからげんこつを喰らうならまだマシだ。


 下手をしたら、せっかくスグデスと共に改心して、まともな冒険者生活をこなしていこうと決めたのに、その前途が一気に怪しくなるかもしれない……


 そもそも、手強い野獣を討ち漏らしたならまだしも、街中のお使いすら出来ないとなったら、フンが散々馬鹿にしてきたFランク冒険者ドしろうと以下だ。


 もっとも、そのリンムが今となってはA※ランクなのだから、フンも「はあ」とため息をつくしかなかったのだが……


「てか、神聖騎士団の詰め所に侵入しろって……土台無理な話なんじゃないっスかね?」


 今さらながらフンはそのことに気づいたものの、最早あとの祭りである。


 ともあれ、はなから無理難題に過ぎたのか――斥候スカウト系にそこそこ長けていたフンだったのに、背後から肩にぽんっと手をかけられた。


「ここでいったい何をしている?」

「ひえっ!」


 フンは飛び上がって驚いた。


 神聖騎士たちの巡回に引っ掛かったのだ。ずっと民家の陰で独り言をぶつぶつ呟いていたのだから、通報されて当然だろう。


 それこそ、ド素人みたいな失敗だ……


「な、な、ななな何でもないっス!」


 フンはそれだけ言って、逃げ出そうとした。


 だが、肩をがっちりと掴まれていたこともあって、ずるりと勢いよく転んで、そのままゴツンと民家の角に額を打ちつけてしまった。


「……あ、これ……ヤバ、いっ、ス」


 こうしてフンの意識は遠くなっていったのだった……


 ……

 …………

 ……………………


 が。


 しばらくして……うっすらとした意識の中で……どこからか声が聞こえてきた――


「では、この貧相な若者は……紛れもなくこの街の冒険者ということか?」

「はい。どうやらそのようです」

「どう見ても、ちんけな盗人にしか見えないが?」


 余計なお世話っス、と。


 文句を言いたかったが、フンはぐっとこらえた。どうやらフンはどこかのベッドに寝かされているらしい……


「まあ、若い駆け出し冒険者の見た目なんてそんなもんですよ」

「では、なぜあんなところに隠れてこちらを監視していたんだ?」

「これを見てください。彼の懐に一通の封書が入っていました」


 そんな会話の最中に、うっすらと片目を開けて周囲をちらちらと見回してみると、そこは建物内の一室で、幾つかベッドが並べられていた。


 もしかしたら、神聖騎士団の詰め所の医務室に運良く担ぎ込まれたのかもしれない……


 しかも、フンの他に寝ている者はおらず、さらに医務官らしき者もいない。


 会話をしているのは、フンを捕らえた青年の騎士のようで、扉を開けて廊下にいる上官とちょうど話し込んでいた。


「その封書の内容は何だったのだ?」

「封蝋されていましたが……先ほど鑑定スキルを持った者に封を切らずに中身を確認させた結果――」

「ふむん?」


 上官が小さく息をついて話の先を促した。


 フンは「あわわ」と、起きがけなのに真っ青になった。


 ギルマスのウーゴから副団長のイケオディに直に手渡せと言われた封書なのに、すでに内容がバレてしまったからだ。


 これはもしや依頼失敗かなと、フンが半目で暗澹たる思いでいたら、


「どうやら内容は……ただのラブレターでした」


 ずこー、と。


 フンは横になっていたにもかかわらず、ベッド上で器用にずっこけた。


「ラブレター……だと?」

「はい。イケオディ副団長に宛てたものです。熱い愛の言葉がつづられていました」

「一応、聞くが……ファンレターではなく、ラブレターで間違いないのだな?」

「この詩的な情熱の叩きつけは、紛う方なくラブですね。私にはよーく分かります」


 なぜそう断言出来るのかと、上官は問いつめたかったが……やれやれと、これ以上はつっこまないことにしたようだ。


「とにかく、それであんな物陰で出待ちしていたというわけか?」

「そう推測出来ます。おそらく害意はないでしょう」

「まあ、イケオディ副団長は現場の叩き上げだからか、冒険者連中からも好意的に見られがちだからな」

「はい。私も大好き・・・です!」


 突然の青年騎士の告白に、結局のところ、上官も何も言えなくなったのか、しばらく痛々しい沈黙だけが流れた。


 だが、ちょうどそのときだ。


 建物の入口あたりから大声が響いたのだ――


「メイ隊とミツキ隊が『初心者の森』で魔獣四体に接敵! 森の入口方面に誘き出すので、総員で攻撃せよとのこと! 各員、現場へ急げ!」


 直後、話をしていた二人の騎士たちは駆け出していった。


 神聖騎士団とはいっても、お忍びの聖女を護衛する為に幹部四名と小隊規模でしか駐留していないこともあってか、魔獣複数体の討伐となると総出にならざるを得ない。


 これにはフンも心の中で「やったっス」と喜んだものの……


「でも、手紙の内容は……ラブレターなんスよね?」


 果たして本当に手渡していいものかどうか、大いに首を傾げた。


 何にせよ、渡せと言われた以上、「仕方ないっスね」とフンも諦めて、まずは上体を起こして、静かになった廊下に耳をやって誰もいないことを確認すると、一応は足音を殺して廊下に出た。


 どうやら騎士団は門前で立哨している者たち以外は出払ったようだ。


 目当ての人物まで出ていたらどうしようかと、フンは「うーん」と唸ったものの、それならそれで三階にあるはずの執務室あたりにでも置いておけばいいかと割り切った。


「じゃあ、上階に行って、さっさと仕事を終わらせるっスよ」


 と、フンが気配を殺して、二階の踊り場まで上がった瞬間だ。


「何者だね?」


 ふいに上から声が掛かった。


 そこにはいつの間にか、副団長のイケオディ・マクスキャリバーが毅然と立っていた。


 どうやらフンが忍び足で上がってきたことを不審に感じて、ここまでわざわざ下りてきたらしい……


 しかも、フンのことを盗人か何かとみなしているのだろう。その手は片手剣の柄にかかっていた。


「ま、ま、待ってくださいっス。怪しい者じゃないっス」


 とはいっても、どこからどう見ても不審者以外の何者でもなかったが……


 フンは無害であることを示す為に両手を上げて降参のポーズを取った。その際にひらりと封書が落ちてしまったので、フンはそれを慌てて拾ってから、はてさてどうしようかと考えるよりも先に――


「好きでス! どうか受け取ってくださいっス!」


 さっきの青年騎士の想いにでも当てられたのか、一気呵成にそんなことを口走って両手で封書を差し出した。


 当然、そんな無防備な姿勢に斬りかかるわけにもいかず、面食らったイケオディ副団長はやれやれと肩をすくめると、もう一方の手で慎重に封書を受け取った。


「繰り返すが……貴様は何者だ?」

「Dランク冒険者のフン・ゴールデンフィッシュといいまっス!」

「冒険者がなぜここにいる?」

「手紙を渡すようにギルマスから言われましたっス!」

「ウーゴ殿が?」

「はいっス!」

「私宛てなのか?」

「もちろんっス!」


 イケオディ副団長は封書に視線を落とした。


 たしかにイナカーンの街の冒険者ギルドのマークでもって封蝋されてある。青年騎士は知らなかったようだが――つまり、これは機密文書ということだ。


 だから、イケオディ副団長は器用に片手だけで短剣で封を切って、中から手紙を取り出した。


「ほう。なるほど。これは見事な……恋文だな」


 刹那、フンは「やっぱり」と落胆するのと同時、ギルマスのウーゴを心の中で罵った。


 なぜそんなものを持たせたのか、と。もしかしたら間違えて違う文書を中に入れたのか、とも。


 何にせよ、フンは悪くない。そんな封書を押し付けたギルマスが悪いのだと、フンはここにきて自己弁護しようとした。


 だが、そんなふうに百面相しているフンに対して、イケオディ副団長は唐突に笑い出した。


「全くもってやれやれだよ。これは……読み解く・・・・のに時間がかかりそうだ」

「……へ?」

「ああ。これは恋文に見せかけた暗号だ。四大騎士団の上席騎士にだけ伝わっているものだな。ウーゴ殿は元近衛の次席だったろう?」

「……はあ」

「なるほど。断片的にだが……分かってきたぞ。これは非常にマズい事態になっているようだな」


 イケオディ副団長はため息をつくと、ぼんやりと突っ立っているフンへと視線を戻した。


「君は冒険者だったな?」

「はいっス」

「一応、身分を証明する為に冒険者ライセンスを見せてほしい」


 フンは慌てて懐に手を入れた。


 もっとも、その直後だ――腹部に片手剣の柄頭がめり込んで、「ぐふっ」と、くの字に体が曲がったところにイケオディ副団長はフンの首筋に手刀を入れた。


「な、なぜ、っス……か……?」

「すまないな。この手紙を受け取ったということにはしたくなくてね。君にはウーゴ殿のもとに戻ってほしくないんだよ」

「…………」

「私は何も読んでいない。何も知らされていない。イナカーンの街を取り巻く事態には全く気づいていない――あくまでもそういう状況にしておきたいのだ。いわゆる責任逃れというやつだね。叩き上げの経験から培った世渡りのすべさ」


 イケオディ副団長はそこまで言ってから、「悪く思わないでくれよ」と呟いたが、そのときにはもうフンは踊り場に倒れていた。


 そんなフンを肩に担いで、イケオディ副団長は医務室のベッドにまた寝かせてあげたわけだが……


 翌日、がばっと起き上がったフンのそばには青年の騎士が座って監視していた。


「大丈夫かい?」

「……へ?」

「丸一日も昏睡していたから、よほど頭の打ちどころが悪かったのかと心配していたぞ」

「……は、はあ?」

「何にしても良かった。同士・・が無事でほっとしたよ」


 どうやらイケオディ副団長同好の士ラバーズということで、フンと青年騎士との間には奇妙な友情が勝手に芽生えたようだった……


 当然のことながら、フンにその気は全くなかったのだが……不思議な縁で二人の交流は神聖騎士団がイナカーンの街から去った後も、文通などで続いたという。


 こうしてイケオディ・ファンクラブ発足へと繋がったものの、その次席・・となったフンはずいぶんと苦労したらしい。



―――――



というわけで、若手冒険者の苦労エピソードでした。ここからスグデス、ゲスデスと話が続きます。


ちなみに一日経って、フンが目覚めたときに青年騎士が横にいたくらいですから、例の騒動はそのときには決着した可能性が高いとも読めます。そこらへんはここから幾話もかけて、熱い情熱でもって叩きつけていきます!

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