第93話 おっさん一行は合流する

「さあ、覚悟を決めるか。こうなったら騎士たちを援護するぞ!」


 リンム・ゼロガードがそう声をかけると、ダークエルフの錬成士チャルはアイテムボックスからメイスを取り出し、またハーフリングの果てのマニャンは短剣と丸盾バックラーを構えた。


 すると、樹々などを押し倒して、乱戦中の一団がリンムたちの前に雪崩れ込んできた。


 マニャンが予想した通りに神聖騎士団の一行――女騎士のメイ・ゴーガッツとミツキ・マーチ、それに分隊規模の騎士たちが魔獣の集団に押されていたのだ。


 その魔獣の構成はというと、以前に湖畔でリンムが対峙した合成獣キメラが四体、それらよりは小さいながらもこの森の野獣を改良したと思しきもの数体、さらにリンムたちが逃がしたばかりの狼の魔獣まで乱入している。


 メイとミツキがそれぞれ大きな合成獣を二体ずつ、他の騎士たちがそれ以外に対応して、ずっと押されてきたところに狼の魔獣が背後から来たものだから……最早、騎士たちの統率は失われて、混戦もいいところだ。


「ちい!」


 これにはリンムも舌打ちした。


 全ての魔獣がリンムに向かってくるなら、かえって得意の居合で半数はすぐに削れただろう。だが、これほどごちゃごちゃに戦っていると、騎士たちまで斬りかねない……


 それにリンムはあくまでも単独ソロでこつこつと活動してきた冒険者だ。こういった混戦どころか、パーティー戦闘の経験自体ほとんどなかった。


 だから、女騎士のメイが目敏めざとく、遠くにリンムがいることに気づいて、


「そこにいるのは……サスオジ様か! 申し訳ないが――」


 そこで言葉を切って、メイは巨斧で合成獣の爪を大きく弾いた。そして、巨斧を振り回して合成獣たちをいったん遠ざけてから、


「守護騎士として、戦場を俯瞰してぼくたちに指示を出してほしい!」


 と、声を荒げた。


 とはいえ、リンムとしては困惑するしかなかった。


 たしかにリンムは守護騎士だが……そもそも騎士として戦ったことがない……


 陣の組み方も、隊の整え方も知らなければ、集団戦闘の経験さえろくにない……


 リンムとしてはいっそ騎士たち全員に退場してもらって、一人で戦いたいぐらいだったが……これだけの乱戦となるとそれも難しいだろう。


 はてさて、どうすべきか――


 リンムが下唇をギュっと噛みしめていると、ふいに背後から声が掛かった。


「めちゃ振りっすなあ。餅は餅屋といいますからね。神聖騎士団の戦い方なんて、リンムさんに分かるはずないすよね?」


 ハーフリングの果てのマニャンが呆れ返っていた。さすがに商隊の護衛をしているだけあって、乱戦でもよく落ち着いたものだ。


 それにマニャンの指摘で、リンムもやっと見えてくるモノがあった――


 なるほど。たしかに餅は餅屋だ。所詮、冒険者上がりのリンムに騎士たちの指揮など出来るはずがない。


 ならば、それを出来る者に託した方がいい。


「なあ、チャル? 女騎士たちが戦っている四体の合成獣を認識阻害か何かで俺の方に意識を向けられるか?」


 リンムが背後にいたダークエルフの錬成士チャルにそう話かけると、チャルは「造作ぞうさもない」と短く答えた。


 しかも、即座に詠唱破棄でもって合成獣たちの認識を狂わせたのだろう。四体の合成獣は女騎士二人を無視して、今度は一斉にリンムへと向かってきた。


「メイ! それにミツキよ! この四体は俺が引き受ける! この場のリーダーは君たちだ! 隊を立て直してくれ!」


 リンムがそう叫ぶと、メイとミツキは一瞬だけ眉をひそめた。


 当然だろう。二人で相対しても押される一方だった魔獣四体をリンムが一人きりで対応すると言い出したのだ。


 だが、二人はすぐに思い出した。リンムは昨日の冒険者ギルドの練習場で幹部四人をあっという間に打ち負かしたのだ。


「それでは頼みました! サスオジ様!」


 二人は声を合わせた。こうなると、二人に最早、迷いはなかった。


「グオオオオオオオオ!」


 当然、リンムの眼前には巨体の合成獣が迫ってくる。


 樹々など邪魔だとばかりに薙ぎ倒して……あるいはリンムの方に放り投げて……その勢いはさながら台風みたいに苛烈だ。


「ひょえ! リンムさん、マジっすか?」


 ハーフリングのマニャンが慌てた。


 もっとも、その口ぶりには意外と余裕があったが……一方でチャルが「さらに認識阻害で惑わすか?」とリンムに尋ねると、


「いや、必要ない……魔核の場所だけ教えてくれないか?」


 リンムはそれだけ伝えて、ゆっくりと片手剣の柄に手をかけた。


 刹那だ。


 リンムまであと数メートルと迫っていた合成獣たち全ての四肢が一気に飛んだ・・・


 居合でもって敵の動きをまず制したのだ。もちろん、相手は魔獣なので魔核を潰さなければ消失せずに、ゆっくりと再生を始めるわけだが――


「リンム。魔力マナ経路の流れを確認してみたが……全匹、鳩尾みぞおちあたりに魔核があるぞ」

「ありがとう。助かったよ」


 その瞬間、魔獣たちの胸にぽっかりと穴が開いた。


 牙突だ。目にも見えぬ剣技で、リンムは全ての魔核をくり抜いてみせたのだ。


「ひょわわわわわ」


 これにはさすがにハーフリングのマニャンも呆けるしかなかった……


 かなりの強者だとは思っていたが、せいぜい人族の範疇だと思っていた。


 実際に、内包する魔力マナは大したことがないし、ためしにプレゼントしてみた魔剣もさして反応しなかった。


 なるほど。これがあの英雄の血――いや、司祭オヤジ子供たち・・・・か。


 一方で、そんなリンムの活躍を横目でちらりと確認したのか、女騎士メイとミツキが同時に声を上げた。


「法国の守護騎士に負けるな! 王国の神聖騎士団の意地を見せつけろ!」

「おうっ!」


 こうして形勢は一気に逆転して、『初心者の森』にいた魔獣たちは駆逐された。


 さすがの劣勢に今回ばかりは死を強く意識した神聖騎士たちだったが……噂で聞いていたリンムの凄まじさを目の当たりにして、


「さすがは守護騎士殿だな」

「しかも、団長の剣の師匠なんだろ?」

「ところで、お名前はリンム・ゼロガード殿だったはずだよな……なぜメイ隊長とミツキ隊長はさっきからサスオジ様と言っているんだ?」

「分からないが……何となくサスオジと呼びたくなるな」


 そんなこんなでリンムは神聖騎士たちに囲まれて、「サッスオジ! サッスオジ!」と持ち上げられたわけだが――


 直後、獣道を伝って一人の男がよろよろと・・・・・現れた。


「さ、探したぜ……リンムよ。さっきの鋭い剣戟は……やっぱりお前だったか」


 盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーだ。やけに襤褸々々ボロボロになって、倒れかけていたのがリンムは気になったものの……


 何にせよ、ゲスデスの持ってきた情報がリンムたちに風雲急を告げることになる。



―――――



というわけで、合流したのはリンムたちと神聖騎士の小隊だけでなく、ゲスデスまで加わったのでした。なぜ襤褸々々だったのかについては、二、三話後に語られます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る