第92話 女将軍の謀

謀と書いて、「はかりごと」と読みます。ルビが振ってないと分かりづらいですよね。

せっかくリンムがこれから戦うという見せ場なのですが……今回はちょっとした短い間奏インタルードとなります。



―――――



 ここで少しだけ時間は遡る――


 帝国の女将軍で自称リンム・ゼロガードの妻こと、隻眼のエルフのジウク・ナインエバーは魔族のリィリック・フィフライアーを引き連れて、帝国南方の山々を超えて『初心者の森』の最深部まで下りてきていた。


 そこでジウクは目を閉じて、エルフ種特有の長い耳を澄ますと、「ふむん」と短く息をつく。


「どうやら……この森には複数の人族の足音があるみたいですね」


 その呟きに対して、魔族のリィリックは言葉を返した。


「ここは王国領イナカーン地方の『初心者の森』です。駆け出し冒険者たちが経験を積むのに最適なダンジョンとみされているので、おそらく彼らの足音かと思われます」

「そのわりには動きが規則正しい。それに、あちらこちらに散っているわけでなく、二隊に分かれて行動しています」

「たった二隊? 夜ならまだしも……この時間帯に二つのパーティーしかいないというのは不可解です」

「しかも、この足並みは冒険者のものではありませんね。よく訓練された軍隊のものです。おそらく騎士団の可能性が高い」


 エルフの女将軍ジウクが断言したので、魔族のリィリックは「はっ」と、そこで腑に落ちた顔つきになった。


「もしかしたら……魔獣の討伐隊が出たのかもしれません。そうなると、イナカーンの街に駐留している神聖騎士団の可能性が高いかと」

「なるほど。魔王アスモデウスが放った合成獣キメラがまだ残っているとみて、森を一時的に封鎖して巡回しているわけですか」

「はい。如何いかがしますか?」

「如何とは?」

「イナカーンの街の入口にも神聖騎士団が待機しているやもしれません」

「ほう?」

「何でしたら、私がおとりとなって――」


 直後、女将軍ジウクは魔族リィリックを袈裟に斬った。


「ぐ、う、うあああ、あああああっ!」


 リィリックからすれば、当然のことながら意味不明だった。


 魔核こそ避けられているものの……


 これほどの深傷ふかでを負わされるほど、ジウクのかんに触ることを言ってしまっただろうか……


 はたまた、もしや皇帝へーロス三世に森内でリィリックを処分せよと命じられていたのだろうか……


 リィリックはそこまで考えて、咄嗟に距離を取ってから、今さらながらろくに警戒せずにジウクに付いてきた自身を呪った。


 だが、ジウクはというと、追撃せずにやれやれと肩をすくめてみせる――


「ふむん。その程度の腕では、ろくな囮にならないでしょう。王国の神聖騎士団は無能の集まりではありません」

「い、いい、いったい! なぜ……急に攻撃を――」

貴女あなたはすでに一度、盗賊の姉御として彼らと戦ってきたのでしょう? 『王国の盾』と謳われる彼らの特筆すべき点は、その学習能力にあります。魔獣や魔族への対応力に秀でているのです」

「…………」


 魔族のリィリックは無言のまま、エルフの女将軍ジウクに反撃すべきかと考えた。


 だが、体が震えていてろくに動けなかった。本能が怯えているのだ。エルフといえば本来は狩人や狙撃手など後衛職に長けているはずだが……


 このジウクの剣戟はあまりに凄まじかった。それこそリンム・ゼロガードを彷彿させるほどに。


 しかも、リィリックは魔族なので魔核さえ斬られなければ肉体は消失せず、再生可能なはずなのに……傷が全くと言っていいほど治ってくれなかった。


 おそらくジウクの手にしている剣に何かしらの仕掛けがあるに違いない。聖剣か、魔剣か――いずれにせよ、今ここで立ち向かうのは得策ではなかった。


 すると、ジウクはいかにも興味も失せたといったふうに剣を鞘に収めてみせる。


「ともあれ、貴女には役に立ってもらいます。そうでなければわざわざここまで連れてきた意味がない」


 エルフの女将軍ジウクはそう告げると、法術によって魔族のリィリックの傷を治してやった。


 これにはリィリックも瞠目せざるを得なかった。高位法術の『完全回復』だ。


 たしかにエルフは長寿の種族で、その長い生の間に多くの経験値を積んでいくものの、鮮やかな剣戟を見せつけられた上に、法国の聖女もかくやと言うほどの法術まで扱える――


 さすがに帝国に長年仕えて、歴代帝王の片腕とされてきた女将軍だけある、と。


 リィリックは彼我の実力差に忸怩たる思いに駆られた。この人物は間違いなく、あの方・・・の覇道の邪魔になるに違いない……いずれは消さなくてはいけない相手だ、とも。


 そんな内心を気取られないように、リィリックは「ぜい、ぜい」と、息を整えながら尋ねた。


「役に立て……とは?」


 刹那、エルフの女将軍ジウクは微笑を浮かべた。


 リィリックは魔族ながらも、それが底知れない悪魔の笑みにしか見えなかった。まるで何もかも見透かされているかのような不快感に怖気が走ったほどだ――


「貴女が魔王アスモデウスの種族スキル『色欲』を継いでいることは知っています。魔族として、そういう特性持ち・・・・だということも」

「…………」

「リィリック・フィフライアーに命じます。『色欲』の呪いによって魔獣を作成して、神聖騎士団にぶつけなさい。『妖精の森』から遠ざけさせるのです」

「……畏まりました」


 魔族のリィリックは不承不承ふしょうぶしょうながらも頭を下げた。


 とはいえ、なぜ『妖精の森』からわ神聖騎士団を離したいのか分からなかった。さっきみたいに理不尽に斬られるのは御免なので、この上司の意図を確認する。


「ところで、ジウク将軍?」

「何ですか」

「神聖騎士団の二隊を『妖精の森』から遠ざけるということは……もしや私たちはイナカーンの街に行くのでなく、まず『妖精の森』に立ち寄るということでしょうか?」


 その問いかけに、エルフの女将軍ジウクは笑みを消した。


「そうです。これから私は『妖精の森』に侵入します。目的は――大妖精ラナンシーと戦うことにあります。さすがに私でも勝てるかどうかは分かりません。何なら、今ここで貴女は逃げだしてもいいのですよ?」


 なぜそんなことをするのか、魔族のリィリックにはさっぱりと理解出来なかったものの……何にせよリィリックは引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。


 その戦いで盾役にくかべにされるに違いないし……とはいっても逃げたら背後から斬られるだけだ。


「ご一緒させていただきます。せいぜい足を引っ張らないようにいたします」


 魔族リィリックは恭しく頭を下げることしか出来なかった。

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