第91話 おっさん一行は過ごす

「はーくしゅん!」


 リンム・ゼロガードは急な悪寒に襲われて、盛大なくしゃみをした。


 おかげで気配を消して近づいていた狼の魔獣たちに気づかれてしまった……


 そんな素人同然の失敗に、同行していたダークエルフの錬成士チャルやハーフリングの果てのマニャンが呆れた表情を浮かべる。


「いや……すまん。なぜか突然、怖気がやって来たんだ。一瞬、悪神にでも祟られたかと思ったほどたよ」


 リンムはそう言って、また「くしゅん」と鼻を鳴らした。


 これにはチャルも、マニャンも、顔を見合わせて訝しむしかなかった。そのチャルが心配そうに尋ねてくる。


「ここまでの森に妙な原生植物がいたようには見えなかったが……まさか『風邪』などの状態異常にでもかかったか?」

「大丈夫だ。問題ないよ」

「そのわりにはさっきからくしゃみが止まらないではないか?」

「うーん。よく分からないんだが……なぜだろうな。嫌な予感がひしひしとするんだ」

「この森に相当にマズい魔獣が残っているということか?」

「分からない。この森に……というより、この地方に魔獣よりももっとヤバいやつ・・・・・がいるのかもしれないな」


 リンムがそう断じると、チャルも、マニャンも、さすがに不可解そうにまた視線を交わしたわけだが……


 何にせよ、リンム不在となったイナカーンの街では、たしかに一匹のもっとヤバい魔獣もとい女豹が着々と外堀を埋めていたわけだから、このときのリンムの悪寒はあながち間違っていなかった。


 さて、前置きが長くなったが、ここは『初心者の森』――


 リンムたちは午前中のうちに森に分け入って、チャルの住んでいる洞窟方面へと着実に歩んでいた。


 実際に、森には真正面から問題なく入ることが出来た。入口で立哨していた神聖騎士団の騎士たちの前にリンムが進み出ていったら、


「もしかして……A※ランク冒険者に昇進した、第七聖女ティナ・セプタオラクル様の守護騎士リンム・ゼロガード様ですか?」


 と、誰何すいかされた。


 どうやら前日の冒険者ギルドで神聖騎士団の幹部たち四人を叩きのめした模擬試合の一件がすでに団員に知れ渡っていたらしい。


 しかも、団長のスーシーの義父で、また剣の師匠ということもあって、騎士たちからすれば、最早貴賓扱いである。


 冒険者ライセンスを提示するまでもなく、顔パスどころか、握手も交わして、なぜか聖盾にサインまで求められたほどだ。


 さらに、リンムの随伴者ということでマニャンやチャルも入場を認められた――


 というのも、マニャンは『放屁商会』に所属する冒険者ということで、それだけで実力が担保された。


 そもそも、ハーフリングの商隊は各地で情報収集するので、魔獣や魔族について商会から騎士団に報告された実例ケースがこれまでも多々あったそうだ。


 また、チャルについてはすでに女騎士の幹部メイ・ゴーガッツやミツキ・マーチからダークエルフの女性がいると報告が上がっていた。


 当然、こちらも実力者ということでリンムへの同行が許可された。何よりチャルは『森の民』と謳われるエルフ種なので、森内では無類の強さを発揮する。


「それでは、守護騎士リンム様。それに『放屁商会』のマニャン殿、ダークエルフのチャル殿――お手数をおかけしますが、メイ隊長やミツキ隊長が東の『妖精の森』方面の探索に向かっていますので、北の湖畔か、西のムラヤダ水郷方面を調べていただけると助かります」


 と、騎士たちに言われるまでもなく、リンムたちはムラヤダ水郷――チャルの住む洞窟へと向かった。


 狼の魔獣の群れがスーシーやティナを襲ったのがそちらだったし、何よりチャルの住居周辺の安全性を確かめる為だ。


 今晩、孤児院で行われる食事会の為の採取や狩猟はその道すがら行うつもりでいた。


 すると、チャルがリンムに対しておかしなことを言ってきた。


「魔獣を狩って、その肉を食べればいいのではないか? 一石二鳥だろう?」

「勘弁してくれ、チャル。たしかに以前、興味本位で試してみたことはあったが……あれは煮ても、焼いても、ろくに食べられるものではなかったぞ」

「そうなのか? 本土ではよく食べたものなのだがな……」


 チャルはそう言って、「料理長やメイド長が特殊な仕込みでもしていたのだろうか」とこぼした。


 そんな二人にマニャンがさりげなく教えてあげる。


「魔獣は基本的に魔力マナの塊ですからねえ。体内に魔力経路が張り巡らされているので、野獣の肉とは全く異なるものっすよ。実際に、魔核を潰さない限り、消滅しないので家畜にすればいいようにも見えますが……あれを食べるのは至難のわざです」


 その言葉に、リンムも、チャルも、「ふうん」と相槌を打ちつつ、何にしても三人は順調に歩んでいった。


 ちなみに、二人とも気配で敵などを察知出来るものの、斥候スカウト系のスキルを持っているわけではないので、野獣や魔獣の探索にかけてはマニャンの方が長けていた。


 また、リンムが野獣を傷つけずに狩る為にいちいち設置罠を仕掛けるまでもなく、チャルが認識阻害をかければ野獣に気取られないとあって、狩猟と採取は驚くほどに効率よく進められた。


 それだけにリンムのくしゃみで、せっかくの魔獣が逃げてしまったことだけが誤算だった――


「魔獣よりももっとヤバいやつがいるのかもしれない」


 リンムがくしゃみを続けた後に、ぶるりと悪寒を抑えながら伝えると、索敵に長けたマニャンも「ふむん」と息をつく。


「ふむふむ。たしかに……ヤバいやつがいますね。しかも、森の中です」


 その呟きにチャルが眉をひそめる。


「それは魔獣か? それとも……まさか魔族か?」

「分かりません。あてらがこの森に入ったときには『妖精の森』付近にいたっす。今は森の中腹、でもってこっちに移動しつつあるっすね」

「何体だ?」

そいつら・・・・はおそらく三体。いや、四体すかね……それらに応戦している複数の人族らしい反応もありますから、騎士たちと戦いながら森の中を移動しているんじゃないですかねえ」


 リンムはそんな二人の会話を聞いて顎に手をやった。


 妖精の森付近にいたというから女騎士のメイとミツキが接敵して、森の入口まで引っ張って、神聖騎士団の本隊と合流して倒そうとしたのかもしれない……


 だが、引っ張り切れずにこちらまで一気に押されたということか。


「おや、意外ともう近くまで来ているっすよ。しかも、さっき逃した狼の魔獣たちもわざわざ折り返してきました。これは……なかなか御大層な魔物モンスターのパーティーすね」


 マニャンが淡々と告げると、たしかにリンムの耳にも剣戟の音が聞こえてきた。


 それに加えて、怒声も、悲鳴も、あるいは魔獣の雄叫びらしきものも――リンムは二人に視線をやってから、帯びていた剣に手を伸ばした。


「さあ、覚悟を決めるか。こうなったら騎士たちを援護するぞ!」



―――――



さりげなく宣伝ですが、魔物の調理が得意な料理長の話は8月30日発売の『トマト畑 二巻』に出てきます。本日の昼過ぎには近況ノートにてキャラデザも公開します。

料理長以外にも、作中に出てきた魔女モタ、夢魔リリン、それにあの女神様もいますので、もしよろしければご覧ください(twitterでは先行公開しています)。

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