第89話 乙女たちは過ごす(中盤)

 イナカーンの街の孤児院で育った子供たちの多くは冒険者になる。


 これは街のそばの『初心者の森』の影響が大きいが、その一方でわずかながらも手先の器用さを活かして職人になる者たちもいる。


 今、神聖騎士団長スーシー・フォーサイトの眼前にいる鍛冶職人のカージもその一人で、世代的には冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスと同じで、スーシーより二、三歳ほど年上だ。


 もっとも、子供の時分でスーシーの方がよほどわんぱく、かつ腕自慢だったこともあって、当時の男の子たちは全員、スーシーの下に付いていた。


 ちなみに鍛冶職人というと、筋骨隆々のドワーフみたいなおやっさんのイメージが付きまとうが、カージはどちらかというと学究肌だ。


 ゴーグルをかけて、黒髪は短いながらもぼさぼさで、どうやらあまり外見を気にするタイプではなさそうだ。


 ただ、額が広く知的な印象で、穏やかな性格と相まって、親しみやすそうに見える。こだわりのある頑固者が多い鍛冶職人にしては珍しいタイプかもしれない……


 それに、孤児院時代もスーシーたちの扱う棒切れなどを研いで、それなりの木剣にしてくれていたので、当時からスーシーはカージを敬っていた。


 そんなカージがちょうど鑑定中だった片手剣から目を離して、入店してきた二人に視線をやった――


「スーシーか! いやあ、立派になったもんだなあ」

「カージ兄さんも……お久しぶりです」

「ああ。本当に久しぶりだね。つい見違えてしまったよ」

「パイ姉さんの手紙に、カージ兄さんが鍛冶の道に進んだと書いてあったけど……まさかイナカーンの街で店を開いているだなんて知らなかったわ」

「いやいや、この店は以前と変わらずにオヤジさんの店だよ。僕はたまたま店番をしてあげていたに過ぎない」

「あら、そうなの?」

「ああ。実は、領都の親方から免許皆伝したばかりでね。それでいったん地元に帰省したんだ。こっちでお世話になったオヤジさんに報告や相談もしたかったしね」

「じゃあ、もしかして……イナカーンの街に店を出すつもりなのかしら?」


 スーシーがそう尋ねると、カージは「ふうむ」と腕を組んでからやや渋い顔つきになった。


「たしかに『初心者の森』があって、冒険者たちがたくさん集まるから仕事にはあぶれないんだろうけど……その分、簡単な鍛冶仕事しか入らないからなあ」


 当然のことながら、駆け出し冒険者では高い武器は買えないし扱えない。


 となると、鍛冶屋としては安い仕事をたくさん受けるしかなくなる。ここの鍛冶屋のオヤジは王都の店を畳んでわざわざ越してきた変人だが、二言目には「若い連中に良い武器をもたしてやりてえ」と言っていた。


 立派な心掛けではあるものの、免許皆伝したばかりの学究肌のカージからすれば、やはり難しい鍛冶仕事――癖のある素材、高価な鋼材、洗練された設備に、物の価値のよく分かっている騎士や高ランクの冒険者を顧客にしたいと夢見るのは仕方のないことだろう。


 スーシーとしても、「何なら神聖騎士団専属の鍛冶職人になる?」と声を掛けたかったが、さすがに四大騎士団の専門職人となると、王都の有名鍛冶職人の高弟ばかりだ。


 そんな二人の葛藤がやや重苦しい空気を店に落としたわけだが……


 急に、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルが例によって、くんか、くんかと、鼻を鳴らし始めた。


「この枯れたような……やや黴臭い……それでいながらまるで由緒正しき古書を思わせるような鼻腔にツンとくる芳醇な香り――」


 すると、ティナは「そこですわ!」と、ビシッと指差した。


 指された先はスーシーとカージとのちょうど間――受付カウンター上だった。カージが鑑定中の片手剣だ。


「その剣からおじ様の香りが発せられています!」


 カージは「この頭のおかしいはいったい何者?」とは口に出さずに、スーシーに視線で助けを求めた。


 スーシーも「これでも第七聖女なのよ、兄さん」と、これまた声にはせずに視線だけで伝えた。ここらへんはさすがに孤児院時代に培った技術である。


 それはそうとして、カージも徒弟時代に奇人の多い鍛冶職人とは幾度も接してきたが、それよりよほど変人らしき娘がよりにもよって第七聖女だと知って、さすがに度肝を抜かれたようだ。


 たしかに神聖騎士団長となったスーシーと一緒に来たのだから、それなりの身分の者だろうとは思っていたが……一般市民の感覚からすれば、聖女とは王にも等しい存在だ。


 だから、カージが慌てて平伏しようとするも、


「いいのよ、カージ兄さん。気にしないで。柱のマーキングを気にする野犬か何かと思ってくれればいいのよ」


 スーシーはそう言って、ティナに早速デコピンを喰らわした。


 というのも、ティナは置いてあった剣を勝手に取って、はふはふと舌舐めずりしかけたからである。


「痛いっ……いた、いた、何するのよ、スーシー?」

「何するのって……私が聞きたいくらいよ。貴女こそ、いったい剣に何するつもりなのよ?」

「テイスティングに決まっているじゃない」

「…………」


 直後、カージからの「この娘って……本当に聖女様?」という疑問の視線がスーシーにめちゃくちゃ投げかけられたわけだが、スーシーは額に片手をやって「はあ」とため息をつくしかなかった。


 そんなわけでスーシーは仕方なく、この片手剣についてカージに尋ねる。


「この剣って……義父とうさんと何か関係あるのかしら? あんなもの、義父さんは帯剣していなかったと思うけど?」

「今朝、持ち込んできたんだよ。何でも、ハーフリングの旅商人からもらったばかりなんだってさ」

「ふうん。もらったにしては……あれって――魔剣・・よね?」


 スーシーは眉をひそめた。


 当然だろう。魔剣とは魔術付与された剣のことで、法術付与された聖剣と対になる武器だ。


 手にする人物の魔力マナと強く呼応するので、扱いづらいことこの上ない代物であって、神聖騎士団長のスーシーですら一本も持っていない。


 そもそも、神聖騎士団が相手にする魔族や魔獣などは基本的に魔術に対する耐性を有している可能性が高いので、魔剣はあまり有効な武器にはならない……


 逆に、神聖騎士たちは能力強化バフなどが付与された聖鎧を纏って、聖盾も装備する。


 何にせよ、魔剣は数が少なく、Aランク冒険者や王侯貴族のコレクターが所有していることが多いので、そんなものをリンムに軽々しくやったなどという話はさすがに眉唾だった。人の良いリンムのことだから騙されたのでは? と、鍛冶屋のオヤジは考えたらしい。


 おかげで店をカージに任せて、冒険者ギルドのギルマスのウーゴ・フィフライアーに報告に行ったとのこと……


 何だかんだ面倒見のよいオヤジである。それはさておき、「おじ様の味ー」と、ぺろぺろと舌を出すティナからスーシーは魔剣を守りつつ、


「この剣……どうするつもりなの、カージ兄さん?」

「盗品などでなかったら、とりあえずは義父さんに合わせて調整チューニングするつもりだよ」

「でも、義父さんってあまり内包する魔力マナは多くなかった気がするけど?」

「そこなんだよね。まあ、かえって鍛冶職人の腕の見せ所ってわけさ」


 カージはそう言って、腕まくりをして「ふんす」と鼻を鳴らした。


 こういうところは昔と変わらないなあと、スーシーは目を細めたわけだが……ちょうどそんなタイミングだった。


「誰か、助けて!」


 と、鍛冶屋の外から大声が上がったのだ。

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