第87話 おっさんたちは蠢く

 イナカーンの街の冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーは魔導通信機を使って、王都に連絡を取っていた。


 ギルド内にいる者に聞かれないように認識阻害機能を使っているとはいえ、元Aランク冒険者のオーラ・コンナーには無駄らしく、ウーゴの話し相手が王都のギルマスことビスマルク・バレット・ファイアーアムズから、しばらくしてとある人物・・・・・へと取り次がれたときには、


「おいおい、まさか……そこまでやるつもりかよ。馬鹿王子相手に本気ガチじゃねえか」


 と、ウーゴの意地の悪さ、もとい狡猾さに舌を巻いたものだが……何にせよオーラ自身は腕を組み、カウンター内で泰然自若としていた。


 魔導通信機が鳴ったことで一時は騒然としたギルド内だったものの、今ではずいぶんと落ち着いている。


 オーラが余裕を見せつけたことで、冒険者たちも「ほっ」と一安心して、朝の依頼クエストを受けて、さっさと出掛けたのだ。


 おかげで今は普段通りのギルドの姿に戻って、カウンターに立っているのも、受付嬢のパイ・トレランスだけ――他の者は奥の職員室で事務仕事をしている。


 そうはいっても、根本的な問題はまだ何一つとして解決していない……


 第四王子フーリン・ファースティルが兵たちを率いてイナカーンの街に攻め込んでくるのは間違いなく、近衛騎士の小隊に加えて、領主の騎士団も付いて相当な戦力だ。


 さらに、この街に派遣されている衛士たちや神聖騎士団も駐屯している。しかも、後者はよりにもよって団長のスーシー・フォーサイトだけでなく、幹部たちまで揃っている有り様だ。


 こうなると最早、敗北が決定付けられているようなものであって……ギルマスのウーゴが第七聖女ティナ・セプタオラクルや守護騎士のリンム・ゼロガードを差し出すと言ったのも仕方のないことではあった。


 事実、聖女ティナやリンムが抵抗を試みようとしても、冒険者たちはおろか、市民の支持もろくに得られないことだろう……


 そもそも、『初心者の森』目当てでやって来た冒険者たちに騎士団の相手をしろというのもこくな話だし、何より王族に盾突きたい市民などいるはずもない……


「はてさて、ウーゴのやつはどんな奇策を講じるつもりかね」


 オーラは腕を組みつつも、こっそりとギルマスのウーゴのひそひそ話に聞き耳を立てていた。


「ほう。これはこれは……面白そうなことになりそうだな」


 と、オーラが呟いたタイミングで、冒険者ギルドの扉をバタンと開いて入ってくる者たちがいた――


「うー。飲み過ぎたぜ。頭痛え」

「オレなんか昨晩に乾杯した後からの記憶がないんだけどよ?」

「あー、スグデスの兄貴のグラスには酒じゃなくて灯油を入れてたっスからねー」

「何……だと?」


 衝撃の事実を知らされて、スグデスは腹を押さえてすぐにでも死にそうな顔つきになったわけだが……


 何にしてもタイミングが悪いというか、良いというべきか――盗賊の元頭領ゲスデス・キンカスキー、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツにフン・ゴールデンフィッシュの三人組がやって来た。


「よう。お前ら……本当に良いところに来やがったな」


 当然、オーラはにやりと笑った。まさに悪魔の笑みである。


 三人組は「あ、急に用事を思い出したぜ」と、口を揃えて踵を返そうとするも、カウンターを飛び越えてきたオーラにがっちりと抱きかかえられたこともあって、まずはゲスデスが抗議の声を上げた。


「勘弁してくれよ。いったい……何事だ?」

「大したことじゃねえんだ。俺様からの依頼クエストさ。ありがたく受け取ってくれ」


 今度はスグデスがちらりと掲示板に視線をやって、「はあ」とため息をついた。


「そんな依頼……どこにも載っていやしねえじゃねーか」

「当然だ。これから出す予定だったんだ。まあ、報酬に色は付けてやるぜ」


 すると、最後にフンが疑わしそうに声を絞り上げた。


「元Aランク冒険者からの依頼で色が付くって……ヤバい案件に違いないっスよね?」

「なあに。仕事自体はただのおつかい・・・・だよ。大したもんじゃねえって」


 オーラ水郷長はそれぞれに応えて、受付カウンター内にて魔導通信機の受話器をがちゃりと置いたギルマスのウーゴに視線をやった。


「終わったか、ウーゴ?」

「はい。何とかなりそうです。ただ……」

例のもの・・・・が届くのに時間がかかるってわけか……ふむん。何なら認識阻害が得意な知り合いチャルがいるんだが、そいつに頼んで本物が来るまで偽造してもらうってのはどうだ?」

「いやあ……さすがに王印・・の偽造はマズいですよ」


 王印と聞いて、さすがに三人組は顔から血の気が引いた。


 明らかに良からぬ事態が起きていて、それに有無を言わさずに巻き込まれそうな雰囲気だった。ここらへんはさすがに長らく盗賊や冒険者をやっていただけあって、ゲスデスたちの嗅覚は鋭い……


 が。


 こっそりと抜き足差し足で、三人組はその場からまた離れようとするも、


「がるる」


 冒険者ギルドの入口にはいつの間にかオーラの召喚した巨狼フェンリルが横たわってくつろいでいた。


「おいおい、お前ら? なーに、逃げようとしてんだあ?」

「に、逃げてねえよ」

「た、たまたま……オレの足が後ろ向きに滑っただけさ」

「親分んんん……それに兄貴いいい……素直に断りましょうっス。絶対にヤバい案件っスよ、これえええ」


 オーラに挑発されて、ゲスデスとスグデスは強がったが、フンはいかにも小者らしく二人に泣きついた。もちろん、今回に限ってはそれが正解である。


 とはいえ、オーラはさすがに逃がすまいと今度は甘い声で話しかける。


「まあ、安心しろや。本当に依頼自体は大したことじゃねえんだよ。まず、ゲスデスにはリンムを探し出してきてもらいたいんだ。盗賊だったんだから探し物は得意だろ?」

「リンムだあ? 別にいいけどよお……あのおっさん、どこにいやがるんだ?」

「そろそろ『初心者の森』に入った頃合いだな。孤児院の子供たちの為に狩りをするって言ってたから、野獣や山菜の多い場所に分け入ったんじゃねえかな」

「待てよ。『初心者の森』っていやあ……今は神聖騎士団に封鎖されているんじゃなかったのか?」

「リンムはもうA※ランク冒険者になった。魔獣討伐も出来る実力者だから、騎士団に止められるいわれがない」

「はん。そりゃあ御大層ごたいそうなこって……でもよ。その場合、俺はどうすりゃいいんだ?」

「そこは盗賊時代に培ったスキルで何とかしろよ。こっそり入ることぐらい出来るだろ? 当然、それ込みの依頼だよ」


 オーラ水郷長がそう言うと、ゲスデスはやれやれと肩をすくめた。次いで、オーラはスグデスに向き合う。


「で、お前は聖女様を探し出してきてくれないか?」

「教会に行けばいいのか?」

「いや、まだリンムの家に滞在している可能性が高い。ゆっくりと休んでいるはずだ」

「はあ? リンムの野郎……もうあんな若くてきれいな嫁さんを抱いたのか。ちっ! 許せねえぜ!」

「…………」


 その若くてきれいな嫁さんに豪快に「げろんぱ」してみせたオーラはというと、無言になるしかなかった。


 そもそも、見目だけはたしかに良いが、中身はそこらへんのおっさんよりもよほどおっさんらしい自称嫁、もとい聖女様だ。


 まあ、その話は今、わざわざ触れて回る必要もないかと、オーラは判断して依頼の話を続けた――


「何にしても、聖女様にこの封書を渡してくれ」

「封書だあ?」

「ああ。リンムの家には神聖騎士団長のお嬢ちゃんがいて、聖女様の護衛として付いているはずだが……そのお嬢ちゃんに中身を知られたくない。つまり、お嬢ちゃんを出し抜いて、聖女様本人に直接読んでもらえるように上手く手渡してくれ」


 そう言って、オーラは封書をぽいっとスグデス・ヤーナヤーツに投げた。


 ちなみに、封書の中身は第四王子フーリン・ファースティルが聖女ティナを狙って、この街に攻めてくることを記したものだ。


 その上でリンムと合流して、早々にこの街から出る――何なら『初心者の森』に逃げて、森からムラヤダ水郷に抜ければいいと書いてある。


 ただ、この時点では神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトが味方になるかどうか分からないので、オーラとしてはリスクを冒したくなかっただけだ。


 ともあれ、オーラが二人に依頼を出してくれたことにギルマスのウーゴは視線だけで感謝して、受付カウンターからわざわざ出てきてからフンに伝えた。


「さて、フンくんには、神聖騎士団の次席イケオディ・マクスキャリバー殿をここに呼んできてもらいたいのです。まあ、一番楽な仕事ですね」

「ほ、本当っスか! マジでそれだけでいいんスか?」


 フンが喜色を浮かべると、頭領のゲスデスは「楽でいいよな」と不満をこぼして、兄貴分のスグデスは「テメエばっかり楽しやがって」と小突いた。


 もっとも、そんな三人組に対して、ウーゴはにっこりと笑みを浮かべてみせる。


「ただし、他の神聖騎士団の騎士たちには気づかれずにこっそりと伝えてもらえますか? 騎士団は教会の隣の三階建ての館に詰めているはずですから、その最奥の執務室にイケオディ殿はいるはずです」

「気づかれずに……てことは、ま、まさか?」

「はい。そのまさかです。詰め所には侵入してほしいのです」


 直後、フンは「あばばばば」と倒れかけた。


 それこそ他の騎士たちに見つかったら斬り捨てられてもおかしくはない最悪の仕事だ。何にせよ、こうしておっさんたちの午前中は過ぎていったのだった。



―――――



タイトルにも、最後の文章にも、おっさんたちとありますが、ウーゴはまだ三十に手が掛かる年なので、本人はまだまだ若いと認識しています。いやはや、無駄な思い込みですよね(にっこり)。なお、フンはまだ二十代半ばで若者です(まあ、二十代なんてあっという間です)。

さて、次話からは、ちょいとばかし長めのスーシーとティナの話になります。

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