第85話 司祭(前半)

タイトルにルビが振れないのでここで注釈しますと、タイトルは――『司祭おやじ』になります。


主役リンムがやっと出てきたというのに……司祭おやじの話になります。



―――――



「あの人物は今も、どこかで生きているってこってす」


『放屁商会』に所属するハーフリングの冒険者こと果てのマニャンがそう言うと、リンム・ゼロガードは驚きのあまりに後退あとずさった。


司祭おやじが……生きている、だと?」


 さらに、リンムは「馬鹿な」と呟きながら頭を横に振った。


 たしかに当時は『初心者の森』に数日入って依頼クエストをこなしていたので、死に際には会えなかった。


 だが、葬儀の納棺時には、孤児院の子供たち、それに帰ってこられた出身者、さらには街の皆で囲んで盛大に送ってやった。


 司祭おやじは確実に亡くなっていたはずだ……


 すると、マニャンはダークエルフの錬成士チャルを牽制するようにちらりと視線をやってから、リンムに向き直って尋ねた。


「リンムさんに幾つか質問いいっすか?」

「……か、構わない」


 リンムは何とか声を絞り上げて応じる。


「この街の教会に勤めていた司祭の名前は――セラーホ・・・・で間違いないすよね?」

「ああ。そうだ……その通りだよ。司祭おやじの名前は……セラーホだ」

「でもって、そのセラーホなる人物は三年前にこの街で亡くなって、領都から急遽派遣されてきた司祭が葬儀を執り行った?」

「全くもってその通りだ」

「ついでに聞くと、その三ヶ月後に現在の女司祭マリア・プリエステスが法国から正式に着任した。それも間違いないんですね?」

「間違いない」


 リンムが短く答えると、マニャンは「なるほど。街で聞いた通りすねえ」と呟いた。


「ということは、新しくやって来た女司祭マリアは――やはり、この件にかかわっていない可能性が高いですなあ」


 マニャンがそう断定すると、チャルはじれったくなったのか、「なあ、マニャンよ」と声を掛けた。


「そのセラーホなる司祭とは私も面識があった。いかにも昼行燈のような人物で、ろくでもない司祭だなとは思ったものだが……少なくとも悪人には見えなかったぞ」

「ふむん。街の皆さんもそう言ってましたすよ。司祭らしさの欠片もない人物だったようですけど、概ね好印象だったみたいすねえ」

「ならば、亡くなってから三年も経って、今さら何をこそこそと探っている?」


 チャルが改めて聞くと、マニャンは「ふう」と息をついた。


 そして、リンムに対して「落ち着いて聞いてくださいね」と、わざわざ声を掛けてから話を切り出す。


「法国出身の司祭セラーホ――その人物は三年前どころか、云十年も前・・・・・にとっくに亡くなっているんです」


 その言葉にチャルは片眉を吊り上げ、リンムもまた「はあ?」と呆けるしかなかった。あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。それでも、マニャンはさらに続ける。


「さすがに古い話なので詳しくは調べられなかったんですが、イナカーンの街に着任する途中で野獣、もしくは魔獣に襲われて命を落とした可能性が高いんすよ」


 マニャンがそこまで淡々と告げると、リンムは声を震わせた。


「じゃ、じゃあ……あの司祭おやじはいったい?」

「その事故または事件の際に本物の司祭セラーホと成り代わった人物です」

「なぜ……そんなことを……?」

「さっぱり分からないっす。そもそも、あの人・・・の考えることを、あてが推し量れるわけもないっす」


 直後、これまでどこかぼんやりとしていたリンムの目がやっと煌めいた――


「今、あの人……と言ったな」

「はいな」

「まるで旧知の人物のような口ぶりに聞こえるが?」


 リンムはそう言って、この会話の中で初めて一歩進み出た。


 そもそも、亜人族のハーフリングは人族の倍以上の寿命を持つ。人族にとっては遥かに遠い云十年前の出来事でも、彼らにとってはせいぜい数年ほど前の感覚なのかもしれない。


 さすがに記憶に新しいとまでは言えないものの、それでも風化してしまうほどでもないのだろう……


 すると、マニャンは両手を上げていかにも降参といったふうなポーズを作った。


「さすがっすねえ。なかなかの慧眼です」


 マニャンは肩をすくめて、「やれやれ」と、わざとらしくため息をついてみせる。


「とはいっても、そこまであの人については詳しくはないんすよ。そもそも、商隊として取引をしたこともなければ、直接会って話したこともないんです。ただ――」


 マニャンはそこで言葉を切ると、「ちっち」と意味ありげに指を振ってみせた。


「あの人について言えば、この大陸に住んでいて知らない人はいないほどの重要人物なのは間違いないですよ。少なくとも、あてらはあの人のことを――法国の司祭だとは一切認識していないです」






 さて、リンム・ゼロガード、ダークエルフの錬成士チャルやハーフリングの冒険者マニャンが朝市で話し込んでいた頃、イナカーン地方の中心にある領都――その二階建ての領主館では、まだ朝も早いというのに馬を駆って出て行った第四王子フーリン・ファースティルたち一行を見送りながら、


「はあ。やっとあの馬鹿王子も出て行ったか」

「ろくな野郎じゃなかったな。あれが王子とは世も末だぜ」

「それでも他の王子はあれよりマシなんだろ? 少なくとも第一王子は武術に秀でた厳格な方だって聞くぜ」

「第二王子だって知性に優れた学究肌でしょう? いったい、どちらが王になられるのやら……そういえば、第三王子も性格が穏やかで民に親しまれているそうじゃないの?」


 使用人たちはそこで「はあ」と息をついて、まるで示し合わせたかのように――


「そんな王子たちに比べて、第四王子フーリン様のお馬鹿っぷりといったら……」


 と、嘆くしかなかった。


 しかも、よりによって彼らの仕えている領主がその馬鹿王子派なのだ。


 つい先日も、第四王子フーリンが「こうなったら、イナカーンの街に攻め込むぞ!」というのにろくに止めもせず、


「では、共に行きましょうぞ、フーリン様! なあに、ちょいと脅せばまるっと収まりますよ」


 などと適当なことを言って、結局のところ、自らが治める街に第四王子と一緒になって、こうして朝っぱらから出兵してしまったのだ。


 幾らイナカーン地方が豊かな水資源と肥沃な穀倉地帯に恵まれて、食うに困らない領民たちも穏やかで、領政に文句の一つも言ってこないからといって、さすがに領主自らが内乱を起こすのは狂っていると、使用人ですら気づくというのに……


「まあ、目的は聖女様の身柄拘束みたいだし……」

「さすがに本当に聖女様を討って、イナカーンの街を焼き払いはしないだろうし……」

「それに第四王子様には近衛騎士たちも付いているから、最悪でも止めてくれるだろうし……」

「神聖騎士団や元近衛騎士次席のウーゴ様もあの街にはいらっしゃるから、早々には酷いことは起きないと信じたいけど――」


 といったところで、使用人たちは全員、「まさか……やらかさないよなあ」と首を傾げた。


 領主の阿呆っぷりは日ごろから目の当たりにしているし、第四王子フーリンの馬鹿っぷりは噂以上だった。


 はてさて、イナカーンの街が火に包まれたならどうなってしまうのかと、おかげで使用人たちも頭痛しかしなかった……


 が。


 その直後だ。


 ド、ゴ、ゴゴゴゴゴゴンッ、と。


 領主館の一部が崩落したかのような音が轟いたのだ。


 使用人たちがすぐさま駆けつけてみると、二階奥の執務室とその周辺が跡形もなく崩れていた。


 当然、イナカーンの街に出兵せずに領主館を守っていた衛士たちが「何事だ!」とやって来るも……崩落跡から瓦礫をどかして、塵芥を払ってゆっくりと進み出てくる人物を見つけて、全員が「ぎょえ」と、蛙が潰れたかのような声を上げた――


「あー。痛たた。ちょいとばかし飛ばし過ぎたぜ」


 というのも、出てきたのが紺色の癖毛の女性だったからだ。


 しかも、その片頬にはの字の深い傷が付いている上に、巨大な盾のような鋏を「よいしょ」と担いでみせる――


 王国の冒険者で最強にして最高、そして二つ名は『全てを断ち切る双鋏そうき』。Aランク冒険者のアルトゥ・ダブルシーカーだ。


 たとえ領主館を潰しても、けろりとしていられる大人物で、この登場の仕方にはさすがに衛士たちも、使用人たちも、呆然とするしかなかった。


 そもそも、領主館を破壊したとがで捕まえようにも、衛士たちにそれだけの実力がないのだ。しかも、Aランク冒険者は王族にすらかしずかない無礼者ばかりと相場が決まっている……


 ……

 …………

 ……………………


 おかげで、その場にいた全員が沈黙して、当のアルトゥをじっと見守っていたら、


「もしかして……あたい、領主を殺っちゃった? この瓦礫の下に領主は埋まっちゃった?」


 アルトゥは傷のある頬をぽりぽりと掻きながら、さして申し訳なさそうな素振りも見せずに皆に問いかけてきた。


 だから、遅れてやって来た家宰の爺やがいかにも「やれやれ」と頭を横に振って答えた。


「いえ。領主様は早朝のうちにイナカーンの街に出張・・なさったばかりです……どうやら見渡す限り、執務室は半壊しましたが、使用人や衛士たちに被害は出ていないようですな」

「あー、爺さん。お久しぶり。まだくたばってなかったんだね」

「ええ。おかげさまでぴんぴんしておりますよ」


 いかにも不穏な会話だったが、神聖騎士団長となったスーシー・フォーサイト同様にアルトゥもこのイナカーン地方の立身出世の代名詞だ。


 そんなわけで、アルトゥは領主とも、家宰の爺やとも、もちろん衛士や使用人たちとも面識はあったし、それにこの地方出身ということもあって、領主は何か面倒事が起きたら冒険者ギルドを通じてアルトゥに頼りがちだったので、アルトゥは悪びれもせずに言い放った。


「そっかー。領主の野郎を殺れなかったかあ。残念。本当に悪運だけは強いよな、あの阿呆領主」

「…………」

「とりあえず、修繕費は王都の冒険者ギルドに請求しツケておいてよ。あと、何か文句があるなら、あたいに直接言いに来なとも伝えておいてくれる?」


 その言い草に家宰の爺やが「はあ」と小さく息をつくと、アルトゥは巨大な鋏を持ちあげて悠々と前庭へと出て行った。


「じゃあ、あたいは行くからよろしくね」


 次の瞬間、アルトゥは鋏を宙に思い切り投げつけた。


 同時に、宙をあっという間に駆け上がってその鋏に乗ってみせるとイナカーンの街の方向に消え去ってしまった。


 Aランク冒険者は人外ばかりとはいえ、これには家宰の爺やも、衛士や使用人たちも、一言も発せずに――皆がやれやれと頭を横に振りながら、とにもかくにも仕方がないので瓦礫の撤去を始めることにしたのだった。



―――――



『ドラゴンボール』でお馴染み(?)の桃白白タオパイパイの柱ってやつですね。ご存じない方は検索すれば一発で出てきます。ちなみに、空想科学読本的には柱や鋏を投げずとも、桃白白も、アルトゥも、自力で飛んでいくようです。


あと、飛ぶ鋏のイメージは、『ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・ザ・キングダム』に出てくる翼のゾナウギアみたいな感じでしょうか。

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