第84話 やっと出番が来る
主役なのになかなか出番がまわってこないおっさんについにぴかっと光明が!
何にせよ猛暑日が続くので、そんな日差しは避けて、日陰になるべく入って、涼しいお話を読んでくださいね。
この話? ええと……おっさんを見て、涼しいと感じる特殊な方にお勧めですよ!
―――――
リンム・ゼロガードはダークエルフの錬成士チャルを連れて朝市にやって来ていた。
「おい、チャル。朝市に着いたぞ」
「うーい。ひっく……」
「なあ、どうすればいいんだ? 『放屁商会』のハーフリングたちをここで探し出せばいいのか?」
「うええ……頭痛がするううう」
もっとも、連れて――とはいうが、実際にはリンムはチャルを背負っていた。
昨晩、いかにも涼しい顔して、「『火の国』の酒に比べれば水みたいなもの」と豪語したにもかかわらず……
結局のところ、チャルはその
法術を使えば『酩酊』も治せるはずだが、これだけ頭痛がひどいと祝詞に集中出来ないらしく、早朝、そんなチャルを錬成室内で発見して、すぐさま神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトに法術をかけてもらったのだが――
「駄目ね。ひどい酩酊の状態だわ。私の法術のレベルでは治せない。せめてティナが起きてくれればいいんだけど……ねえ、ティナ? 起きれる?」
「ぐーすかぴいいいいー。ふぐおおおおおおおお!」
当の第七聖女ティナ・セプタオラクルはというと、およそ聖女にあるまじき
「俺……やっぱり守護騎士になるの、止めようかな」
そんな百年の恋、もとい確固たる決意も冷めるような姿に、リンムはまた挫けそうになったわけだが――
何にしても、チャルが朝市に行きたがっていた上に、ハーフリングたちは旅商人だからいなくなってしまう可能性も考慮して、リンムは錬成室に転がっていたチャルの頬をぺしぺしと軽く叩いた。
「なあ、チャルよ。その
さらに、いかにも気持ち悪そうにしているチャルの背中をさすってあげる。
昨晩、チャルは「隣の錬成室で休ませてもらうさ。そっちの方が落ち着くからな」と強がっていたものだが……どうやらこの二日酔いの姿を見せたくなかったのかもしれない。
幾つか描きかけのふにゃふにゃな錬成陣が床に残っていたから、祝詞がまともに謡えないとあって、『酩酊』を治すポーションでも作ろうと悪戦苦闘したのかもしれない……
そんなぐでんぐでんなチャルに水をやりながらリンムは改めて尋ねる。
「なあ、チャル。本当にどうするんだ? ここで寝ているか?」
「いぐううう」
「朝市に行くってことでいいんだよな?」
「うああああ」
ろくに答えになっていなかったものの、チャルが這いずりだしたので、リンムは仕方なく背中を貸した。
はてさて、こんな状態でハーフリングたちを見つけてどうするつもりかね、とリンムは疑問に思いつつも、何はともあれこうしてチャルと共に朝市にやって来たわけだ。
もちろん、認識阻害で人族に化けてもいないダークエルフを背負っていたらすぐに騒ぎになるので、マントのフードを目深に被らせている。
とはいえ、そんなふうな不自然さでもって人を背負っているリンムの姿はかなり目立ったらしく、
「おんやあ。そこにいるのはあのときのおにいさんじゃないですかあ」
何とまあ、探し出す手間もかからずに向こうからやって来てくれた。
まさに
「
どうやらリスに似て、くりくりとした瞳が印象的な栗毛の少女はマニャンというらしい。
そのマニャンはというと、いかにもやれやれといったふうに肩をすくめてから、アイテム袋からポーションを取り出してチャルに渡してやった。それをごくごくと飲んでいる間に、リンムはマニャンに感謝する。
「助かったよ。一日中おぶっている羽目になるかと思った」
「いえいえ。
マニャンはそう言って微笑を浮かべた。
ハーフリングらしい可愛らしい笑みだったので、リンムもそこでやっと「ふう」と、小さく息をついてから背負っていたチャルを地面に下ろした。
「ところで……マニャンだったか」
「はいな。何ですか? ちなみに、あての名前はマニャンですが、正確には果てのマニャンなんすよ」
「果てのマニャン?」
「はいな。というのも、あての兄弟姉妹は全員がマニャンという名前なんですわ」
「それは……分かりづらくて大変じゃないのか?」
「だから、
「じゃあ、イナカーンに来ているハーフリングたちも全員、何たらのマニャンなのかい?」
「いいえ。マニャンを名乗れるのは母
マニャンはそう言って、敬礼のポーズを取った。
そんな姿を見て、リンムは「ふうん」と肯いた。ややこしいネーミングだが、王国の貴族にも似たような名付けをする家があったはずだから、別段におかしな話ではない。
「それより、果てのマニャンに返すものがあったんだよ」
リンムはそこまで言ってから、冒険者服のポケットをごそごそと手探りした。
出してきたのは――マジックアイテムの鈴だった。以前に『初心者の森』に隠れ住むチャルに会う為にマニャンがこの朝市で貸してくれたものだ。
「これを返すよ。おかげでこうしてチャルとも出会えた」
「おおっ。律儀な
フラグがいったい何なのか、リンムにはさっぱり分からなかったが……
ちょうどそんなタイミングでチャルがやっと復活したらしく、「ぷはあああ」と、オーラ・コンナー水郷長ばりに酒臭い口撃をあたり一帯に吐き出すと、
「はあ。えらい目にあったよ。まさかリンムの家で一服盛られるとはな」
「え? 俺はそんなことしていないぞ」
「だろうな。そんなことをする必要性なぞ微塵もないだろうしな」
「となると、まさか……手伝ってくれたパイか?」
「ふむん。おそらく、あの聖女でも狙ったのだろうな。私とオーラはその被害者といったところだ。くそっ。次に会ったら覚えていろよ」
「…………」
リンムは遠い目になるしかなかった……
優等生だと思っていた受付嬢のパイ・トレランスが小さな頃から酒を飲んでいたとか、こうして一服盛るとか、いやはや分からないものだなと、リンムは子供の成長に目を見張る思いだったが――何にしてもパイに代わって謝っておこうと思った。
すると、チャルは片膝に手をやって、何とか立ち上がってから、
「それよりマニャンよ。大切な用事の前に一つだけ聞きたいことがあったんだ」
そう言って、どこか非難めいた眼差しをマニャンへとやった。
「いったい、『放屁商会』のハーフリングたちはこのイナカーンの街にわざわざやって来て……何をこそこそと探っている?」
どうやらチャルは昨日の午後から『放屁商会』を探しても一向に見つからなかったことを不審に思っていたらしい。
すると、マニャンはぽりぽりと頬を掻いて、「いやあ。さすがにチャルさんには気づかれましたかあ」と、とぼけた声を上げた。
そして、果たしてリンムにも教えていいものかどうか、少しだけ悩んでから「まあいいすか」と呟くと、
「実は、探し物をしていたんですわ。それは――この街で三年前に亡くなったとされる人物の遺体です。事実、海岸沿いにある墓地を暴いてみたんですが、全く見つけられなかったんすよねー」
その話にリンムは眉をひそめた。
墓を暴くとは感心しない行為だったし、何より墓下に遺骨がなかったという話には戸惑うことしか出来なかった。
しかも、リンムはちょうど三年前に
そんなリンムの機微に気づいたのか、マニャンは「ふう」と小さく息をついてから話を続ける。
「そうなんすよ、リンムさん。三年前までこの街で司祭を勤めていた人物……その遺体がなかったんすよ。つまり、誰かが先に暴いて持っていったか、もしくは――」
そこでマニャンは言葉をいったん切ると、リンムをじろりと睨みつけた。
「あの人物は今も、どこかで生きているってこってす」
―――――
内乱に加えて、さながらサスペンスみたいな不穏な展開も加わりましたが……それはさておき、今回出てきたマニャンは『トマト畑 一巻』の最後にちらっと出てきたハーフリグの商隊の娘――より正確にはその
家系図的には、その娘→この話でちらりと出てきたモニャン→マニャンの順ですね。
ちなみに、ハーフリングの商隊は『トマト畑』のWEB版には出てこない書籍オリジナルよキャラクターたちです。
さらにぶっちゃけると、マニャンについて言えば、『ファイアーエムブレム』の商人アンナみたいな存在を想定しています。
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