第83話 またまた出番がなくなる

第81話以降は、とある一日(もしくは数日)を様々なキャラクター視点からお伝えしていきます。今回はオーラの視点になります。



―――――



「皆さん、よく聞いて下さい。非常事態宣言を発動します。王国内で内乱が発生しました。現在、イナカーンの街に軍隊が迫っています。その軍隊を指揮する者は――王国の第四王子フーリン・ファースティル様です」


 イナカーンの街の冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーがそう告げると、受付嬢のパイ・トレランスを含めて受付内にいた全てのギルド職員がざわついた。


 ただ、魔導通信機の認識阻害の『静音』ではごまかされなかった元Aランク冒険者のオーラ・コンナーはやれやれと肩をすくめてみせる。


「ウーゴよ。原因もきちんと話してやれ。内乱と言っても、これは所詮――痴話喧嘩みたいなものだろう?」


 オーラ水郷長がそう言って盛大にため息をつくと、ギルマスのウーゴはいかにもばつの悪そうな表情を作った。


 だから、二人のそばにいた受付嬢のパイが代表して尋ねる。


「ギルマス? その……痴話喧嘩みたいとは?」

「第四王子フーリン様が内乱を起こした原因にあります。もともと、フーリン様は幾人かの近衛騎士を伴って、この街へと移動なさっていたそうです」

「ええと……最初は攻め込むつもりなどお持ちでなかったということですか?」

「そういうことです。領都などで歓待を受けて、悠々とこちらにお忍びで遊びにいらっしゃる予定でした」


 すると、そこでオーラ水郷長も口を挟んだ。


「実のところ、うちの水郷にも立ち寄るって話が出ていたな。要は、観光目的ってこった」


 オーラ水郷長はそこまで言うと、いかにもやれやれといったふうに肩をすくめてから話を続ける。


「そういや、似たような話をどこかの誰かさんもしていたはずだよな。結果は観光どころか、散々なもんだったけどよ。まあ、似た者同士ってこった」


 そこでパイは「はっ」とした。


 とある・・・人物もたしかに最初は森林浴が目的だなどと騙って・・・いた。しれっと何食わぬていで冒険者ギルドに依頼クエストまで出してきたくらいだ。


「そんな問題行動を起こすということは、まさか……フーリン様って……第七聖女ティナ様の元婚約者?」


 最近、問題児は全員、聖女ティナ絡みになっている気がしたが……


 何にせよ、パイがそう呟くと、ギルマスのウーゴもまた「はあ」と息をついてから額に片手をやった。


 さらにオーラ水郷長も「ふん」と鼻を鳴らしてから面倒事は御免だとばかりにそっぽを向いてしまう。


 セプタオラクル侯爵家の子女だったティナが社交界で王子をぐーで殴ったことについては、口さがない貴族たちによって、次いで昵懇の商人たちも触れ回って、結局のところ、庶民にまで知れ渡るところとなった……


 ただ、どの王子を殴ったかまではさすがに秘匿された。


 王国に王子は六人いるが、少なくとも第一から第四までは比較的年齢が近い。


 しかも、貴族の派閥は複雑怪奇ということもあって、セプタオラクル侯爵家と、第四王子フーリンの実母の伯爵家との結びつきは隠蔽された。


 結果、ティナだけが素行不良で王子を殴ったとして、貴族社会から追放されて、第四王子フーリンの面子は保たれたはずだったのだが……


 まさかこんなふうに数年も経ってから事を蒸し返すとは――まさしく噂通り馬鹿王子だなと、ウーゴも、オーラも、呆れかえるしかなかった。


 ともあれ、きちんとした説明は必要なので、ウーゴはパイたちに続きを話した。


「当初は、法国から聖女ティナ様が『初心者の森』にお忍びで森林浴に来られるという話でした。しかし、第四王子フーリン様はその情報をどこからか入手して、せっかくだから久しぶりに会おうと、ティナ様の後をこっそりと追いかけたそうです」

「普通、社交界で殴ってきた相手に会いたいとなるものですか?」

「その点は僕も不思議に思います。よほど未練があったのか、はたまた聖女となったティナ様に改めて興味が湧いたのか」

「まあ、王族の考えることなんて分かりゃしないぜ。王国一の馬鹿王子となら尚更だ」


 オーラ水郷長がそうけなすと、パイもため息をつくしかなかった。


「そのわりにフーリン様はいらっしゃるのに時間がかかったようですが?」

「先ほども言ったように、貴族たちの歓待を受けていたからです。昨日の時点でまだ領都にいらしたみたいですよ」

「それがなぜ……いきなりイナカーンの街を攻めるという話に?」


 パイがそう問いかけると、ギルマスのウーゴはその場からこっそりと離れていこうとするオーラ水郷長の肩をがっしりと掴んだ。


「お待ちください。オーラ殿?」

「俺は帰るぞ。これでも水郷のおさなんだ。王族にいちいち目をつけられたくはねえんだよ」

「そこを何とか……人助けだと思って」

「十分に付き合ってやっただろ。魔族なぞよりも、王族や貴族の方がよほどたちが悪いんだ。それくらいお前だってよく知っているだろうが」


 オーラ水郷長がじたばたとするものの、存外にギルマスのウーゴの力が強いのか、なかなか逃れられない。すると、ウーゴはオーラの耳もとで囁いた――


「そういえば……水郷で新たに盗賊たちを雇ったとか?」

「うっ」

「幾ら人手不足で、若手がいないといっても、頬に傷ある者たちを堂々と働かせるって……観光で成り立っている水郷としては如何いかがなものなんでしょうか?」

「……テメエ。お、脅す気かよ!」

「おやおや、言葉が悪いですよ。そんなつもりはさらさらありまさん。これはあくまでもビジネスの話です」

「ビジネスだあ?」

「そうです。人手でお困りでしたら、イナカーンの街から依頼クエストを通じて、若い冒険者たちを手伝いに寄越してもいいんですよ」


 ギルマスのウーゴは最後に、「あとは貴方の態度次第です」と囁くと、オーラ水郷長はがっくりとほほとその場で四つん這いなった。


 まさに悪魔の取引だ。ウーゴはその結果に満足して、パイにやっと振り向く。


「ええと、話が逸れましたが……たしか第四王子フーリン様がイナカーンの街を攻め入る理由でしたね?」

「は、はい」

「理由は幾つかありますが、主には法国の第七聖女ティナ様の討伐・・です」

「と、討伐?」

「はい。どうやら奈落から魔獣や魔族を引き入れた張本人である、と」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿なんですよ。そんなことを言い出したら、王国と法国との関係にひびが入るってことすら考えつかないほどに救いようのない馬鹿王子なんです」

「…………」

「でもって、もしティナ様を庇うようならば、イナカーンの街も制圧すると。まあ、端的に言えば、そんな理由です」

「そんな阿呆な」

「阿呆なんですよ。歓待していた取り巻きの領主も含めてどうしようもない阿呆どもなんです。ただ、馬鹿で阿呆のわりには、どうやら運だけはいいらしい」


 ギルマスのウーゴは忌々しそうにそう言うと、


「第四王子フーリン様が率いているのは供回りの近衛騎士たち、それに領都で加わった領主直属の騎士や兵たち、さらに加えて何より一番厄介なのが――」

「も、もしかして……」

「そうです。そのもしかしてなんです。領都からこの街に派遣されている衛士に加えて、神聖騎士団までいます。彼らは何せ『王国の盾』です。王族には逆らえません。つまり、私たちは抵抗する前からすでに占領されているようなものなのです。こうなってしまったらもう……」


 ギルマスのウーゴは「はあ」と、本日何度目からのため息をついてから、お手上げとばかりに諸手を上げた。


「素直に第七聖女ティナ様と、守護騎士のリンムさんを差し出すしかありませんよね」


 もっとも、そんな非道なことを言い出したわりには、ギルマスのウーゴの目はどこか怒りに沸き立っていた。

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