第82話 また出番がなくなる
第81話以降は、とある一日(もしくは数日)を様々なキャラクター視点からお伝えしていきます。今回はパイの視点になります。
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ホームパーティーの晩、泣き上戸の女騎士メイ・ゴーガッツに飲ませまくって、見事に撃沈させた受付嬢のパイ・トレランスはふと周囲を見回した。
計画通りに第七聖女ティナ・セプタオラクルは
そんな毒口撃をした元Aランク冒険者のオーラ・コンナーは「うーん」と、意識朦朧になりながら、これまた早々には起き上がってこられなさそうだ……
逆に唯一、お酒に全く飲まれていないように見えるダークエルフの錬成士チャルはというと――
「おい、誰か? 手伝ってくれ。この者をどこかに横にしてやりたい」
チャルの肩にしな垂れかかって、「ああ、新たなお姉様……」と寝呆けている女騎士ミツキ・マーチにくいっと指を差した。
だから、そばにいたパイは「はいはい」と立ち上がった。当然、今晩のホストのリンム・ゼロガードや上司のスーシー・フォーサイトもすぐに反応する。
「どこに寝かせるつもりなの、
スーシーが声をかけると、リンムは「うーん」と悩ましげに顎へと片手をやった。
「寝室の俺のベッドでも構わないかな? それともやはり男のベッドは嫌なもんか?」
「年頃の女の子じゃあるまいし、気にしないわよ。夜営で土の上に寝ることだってあるんだし……それより義父さんはどこで寝るのよ?」
「そこらへんでオーラと一緒に雑魚寝するさ」
「別に……外の草むらに転がしても構いやしないのよ? そんなにやわな鍛え方はしていないわ」
「はは。手厳しいな。今日ぐらいは部下にやさしくしてあげる日だったんじゃないのか?」
リンムがそう言うと、スーシーは「ふむん」と息をついた。
そして、ロングテーブルに顔を突っ伏して寝ているメイにも肩を貸して、二人の女騎士をリンムの寝室のベッド上に運んで並べてあげると、
「ねえ、スーシーちゃん?」
ふいに広間からパイの声が届いた。その声音に困惑が混じっていたので、スーシーは急いで広間に戻る。
「いったいどうしたの、姉さん?」
「さっきから聖女様に生活魔術をかけて、汚れをきれいにしてあげようとしているんだけど、魔術が上手くかからないのよ」
「あー。ティナの冒険者服は幾つか術式耐性を付与した特注品なのよ。それで水や風の基本魔術を弾いちゃうんだと思うわ」
「逆に言うと、そんな服を口撃で汚したオーラ様が凄かったってこと?」
「まあ、そういうことね。伊達に元Aランクじゃないわ……それはともかく、全く洗えないってことはなくて、昔ながらの手洗いなら何とかなるはずよ」
「あら、何だ。そうだったの」
「ええ。私がやっておくから、脱がした後のティナをベッドに連れて行ってくれない?」
「だったら、洗いものは私がやるわよ。力仕事はむしろスーシーちゃんにお願いするわ」
「本当にいいの? そこに転がって寝ている
「ふふん。これぐらい孤児院で慣れたものよ。子供の頃に泥だらけで帰ってきたスーシーちゃんに比べたら大したものじゃないわ」
たしかに孤児院時代はパイがお姉さんで、スーシーは弟分として役割分担して様々なことを仕切ってきた。
スーシーは男の子たちをよくまとめて、力や体力が必要なことを任される一方で、パイは司祭を手伝いながら家事などをこなして、二人で上手く乗りきったものだ。
もっとも、今回パイがそう申し込んできたのは、こんなふうに
すると、そんなパイたちには我関せずと、いまだに一人でちびちび飲んでいたチャルがついに立ち上がった。
「さて、リンムよ」
「急にどうした?」
「明日は、この街の朝市とやらに付き合ってもらえないか?」
「ああ……たしか『放屁商会』を探すっていう話か」
「そうだ。お前がいた方が見つけやすいかもしれん」
「分かった。構わないよ……だが、ずいぶんと飲んでいたようだが……本当に朝早く起きられるのか?」
「ふん。なめてもらっては困る。この程度の酒なぞ、『火の国』の麦酒に比べれば水みたいなものだよ」
「火の国……?」
「昔の話さ」
それだけ呟いて、チャルは立ち上がると……千鳥足で《・・・・》玄関に向かった。だから、リンムが心配して声をかける。
「なあ、チャル。いったい、こんな夜更けにどこに行くつもりだね? 本当に大丈夫なのか?」
「なあに、隣の錬成室で休ませてもらうさ。そっちの方が落ち着くからな……そうそう、幾つかあの
「構わんよ。俺では手に負えない代物も多い。何なら見繕って、持っていってくれると助かる」
「分かった。じゃあ、朝市の時間になったら起こしてくれ」
チャルはそれだけ言って出て行った。当然、チャルと薬師の老婆の関係性を知らなったスーシーやパイが「あの娘?」と、リンムに尋ねてきたので、三人はソファに背を深くもらたせて昔話に花を咲かせたのだった。
翌朝、イナカーンの街の冒険者ギルドの受付は目まぐるしいほど忙しかった――
「おーい、嬢さん! この
「パイ先輩! 依頼報酬がまだ依頼主から届いていなんですけど……」
「ああん? 『初心者の森』が数日ほど、神聖騎士団の訓練で使用するから閉鎖だあ? 聞いてねえぞ、そんなことおおお!」
「パイくん。すまないが、君にしか話したくないという冒険者が来ていてね」
そんなこんなで四方八方から頼られて、受付嬢のパイ・トレランスはてんやわんやだったのだ。
王国の辺境ことイナカーンの街の冒険者ギルドとはいっても、『初心者の森』の人気もあって、決して小さなギルドではない。受付カウンターは幾つかに仕切られていて、忙しい時間帯は四、五人で対応している。
しかも、割の良い依頼は朝のうちからすぐになくなっていくので、冒険者ギルドの朝はずいぶんと早い。さながら朝市の店じまいセールの如く、冒険者がわらわらと一斉に押し寄せてくる。
もっとも、パイは慣れた顔つきだった。昨晩、あれだけ飲んでいたはずなのにけろっとしている。
そもそも、孤児院でたくさんの子供たちの
「おいおい、受付の姉ちゃんよおおお。こりゃあ、どういうこったあああ? ろくな依頼がねえじゃねえかよおおお」
「ええと……ろくな依頼とは?」
「俺様のランクで出来るもんがねえって言ってんだよおおお。そもそも、何で『初心者の森』が
パイは肩をすくめて、「はあ」と息をついた。
たまにいるのだ。初心者のくせに
もちろん、パイはあくまで受付嬢に過ぎないので、強引に迫られたら対処の仕様がないのは事実だ。
ただ、そのようなことは滅多に起きない。実際に、こういうときはすぐそばにいる
「やれやれ。何か当ギルドに御用でしょうか?」
「ああん? ……げっ! あ、あんたは!」
どうやら初心者であっても、元近衛騎士団の次席で、現在はギルドマスターのウーゴ・フィフライアーのことは知っていたようだ。
しかも、今、このイナカーンの冒険者ギルドには
「なんだあ? 受付嬢にけちをつけるって、
「ひいいい! あ、あ、あんたはあああ!」
どうやら初心者であっても、これまた王国の元Aランク冒険者こと二つ名『狂犬』、オーラ・コンナーのこともよく知っていたようだ。どうやらギルドの奥の部屋でウーゴと何やらひそひそ話をしていたらしい……
何にせよ、「すいやせんでしたあああ!」と、走り去っていった柄の悪い冒険者を「またいらしてくださいね」と、涼しげな顔つきで見送ったパイはというと、二人に対して「わざわざありがとうございました」とお辞儀をした。
直後だ――
じり、じり、じり、と。魔導通信機が急に鳴り出したのだ。
これには受付にいた全てのギルド職員が目を大きく見開いた。ギルマスのウーゴでさえたじろいだほどだ。唯一、眉をひそめるくらいで済ましたのはオーラだけだった。
それも仕方のないことだろう。本来、魔導通信はBランク以上の冒険者たちの派遣を必要とする魔獣の発生や、もしくは王国地方を揺るがしかねない事態が起こったときのみ、地方のギルドが王都に対して報せる為にある。その逆は基本的にあり得ない。
だから、ウーゴが「ごくり」と唾を飲んで、「いったい何事だろうか」と受話器を手に取ってから、魔導通信機に仕込まれている認識阻害でもって周囲に『静音』をかけると、
「――――」
二言、三言ほど、ウーゴの口もとだけが動いてから、次いで、ガチャン、と。
ウーゴはいかにも忌々しそうに受話器を置いた。ただ、さすがに元Aランク冒険者のオーラの耳は認識阻害ではごまかせなかったようで、そのオーラはというと、
「最悪の事態だな」
それだけ呟いて、「はああ」とため息をついてみせた。
パイは両手を胸の前で組んで心配そうにウーゴとオーラに交互に視線をやった。
すると、ウーゴは魔導通信機による『認識阻害』を受付内部にまで延ばして、広間にいる冒険者たちには聞こえないようにしてから淡々と告げた。
「皆さん、よく聞いて下さい。非常事態宣言を発令します。王国内で内乱が発生しました。現在、イナカーンの街に軍隊が迫っています。その軍隊を指揮する者は――王国の第四王子フーリン・ファースティル様です」
―――――
ここから幾人か新しいキャラクターが登場します。どんなキャラクターが出てくる予定だっけ? と、忘れかけている方は第68話の冒頭に簡単に載せていますのでご覧くださいませ。
ちなみに、チャルの話に出てきた火の国は、『トマト畑』に出てくる国家です。リンムたちのいる大陸には存在しません……
8月30日発売の『トマト畑 二巻』にちょっとだけ載っていますので、よろしくお願いいたします(宣伝)。
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